近況報告・一
祝賀会よりおよそ二週間、新市街の混乱もようやく沈静化した。
参加した剣聖家は七家。
そして七家の内、三家の当主と後継者が殺されて事実上の断絶となった。
不死竜に殺された訳ではない。
祝賀会に不穏な気配を感じ取ってあえて当主に扮した代行を送った三家だったが、その三家同士で紛争が勃発。
最終的に「共倒れ」という形となったのだ。
王室廃止が目前に迫る中、次代を担うはずの剣聖家同士の熾烈な殺し合い。
市井では表向きは平穏を取り戻しつつも、まるで嵐の前の静けさのような生ぬるい凪のような空気が蔓延している。
そんな中、エルネストら四人は新市街のバウムガルデン家の息がかかった喫茶店に集結していた。
所謂話し合いのためなのだが、事実上は息抜きだった。
短期間で何軒もの事件が発生して緊張状態が続いたため精神的に参っている。
と言うのが息抜きの理由であった。
服装は、セシリアが学院での露出が激しい改造制服とは裏腹に、膝丈まで覆うスカートにカーディガン。
ただし、カーディガンの下は胸を強調した際どいまでに前空きのVネックのTシャツ。
さらしと見まがうばかりの薄い下着はノースリーブ。
オフェリアは武芸祭での服装と同様に黒を基調とした服装だ。
フリルのついたスカートは踝まで届くほどのロングスカート。
上半身も妙にヒラヒラとしたブラウス……傍目には怪しげな魔女にも見える。
一目見れば忘れない……正直、喫茶店では浮いているがあくまでも我が道を貫く様子らしい。
ロゼは白のワンピース。
その上から暖色系のセーターを着ている。
服の端、目立たぬように動物の刺繡がされており、ワンピースには腹辺りに大きなポケット。ポケットは何枚か入れたハンカチで膨らんでいた。
見る人が見ればそれが学食で着るメイド服を魔改造したものだと気づくだろう。
ただし、裁縫が得意なロゼがセシリアやオフェリアに意見を聞きながら仕立て直したそれは一般人には多少奇抜な意匠としか見れない。
彼女の努力と才能の賜物である。
一方、エルネストは制服であった。
彼に着飾ると言う概念はない。
三人の気合の入った服装も、女はお洒落だな……の一言で内心片づけてしまった。
それを仮に友人のアンヘルが知れば頭を引っぱたいたであろう。
怒りではない。
友人のあまりの無感性ぶりを信じたくなくて……寝ぼけていると思い込みたい感情からだ。
「料理は何にしますか? 私はパンと肉と野菜」
「俺はコメと魚」
「私はパンと野菜と甘い物を」
「……パンと適当で」
オーダーを聞いたウェイターが店の奥に戻っていく。
代わりに来た別のウェイターが飲み物を持ってくる。
並べられた各々の好みに応じた飲み物がテーブルに並ぶ。
手に持ち、互いに木製のグラスを打ち付け合った。
「おつかれぇ!!」
セシリアの掛け声とともに始まる打ち上げ。
一応はこの打ち上げでは重い話は無しの予定である。
「なんかさ、この前の祝賀会でバウムガルデン家が独り勝ちしたみたいに言われてるみたいでさ……他の生き残り三家からの嫉妬が凄まじいみたいなんだ。おかげで三家からの切り崩しがえぐくてスヴェン様が参っちゃっているんだ」
「重い話は無しじゃなかったの? いきなりそれとはこれだからブラコンは」
「ブラコン……?」
開口一番のセシリアのバウムガルデン家の話題にオフェリアがボソボソと抗議する。
そしてブラコンの言葉に首を傾げるロゼ。
バウムガルデン家次期当主スヴェンの愛人扱いのセシリアとロゼの友人であるBクラスの情報屋オフェリアは知り合いだった。
それも子供の頃からの古い付き合いであり、セシリアがスヴェンの妹でそう名乗れない事情も知っている。
知らぬはロゼだけ……一人年少だからと言うのもあるが、性格の問題でもあった。
「ランドルフは何やっているんだ。息子のピンチと言うレベルじゃなくて家全体の危機だろう……」
「ランドルフ様は全てスヴェン様に任せるって……これを機にスヴェン様を成長させるって心積もりだとかなんとか」
「それだって限度があるだろう……いくら次期当主だって実績なしの学生じゃ動かすにも難しい所があるし、相手は何十年も当主をやっている輩が三家合同。ちと手に余るんじゃないのか」
「やっぱりそう思うよね……なんかおかしいんだ」
ゴクゴクと豪快にセシリアが果物ジュースを飲む。
それでも無作法に見えないのは良家の子女として礼節が身体に叩き込まれているせいか。
「ただ切り崩しだけど、余りうまくいってないみたいね。分家やら傘下の連中も誘いに乗るのを躊躇している感じ……」
情報屋オフェリアが何か知ってそうなそぶりでエルネストを見ながら喋りだす。
「わ、私はとんでもない刺客がバウムガルデンにいて、それを恐れていると言うのを聞きました」
自分が話から外れていると危機感を覚えたのかどこか慌てている様子のロゼ。
「そんな奴がいるんだったら不死竜の時に来てくれれば……」
「そいつは不死竜も単独で倒せるらしいよ、恰好いいね」
「……もしかしてその刺客って俺の事?」
エルネストがげんなりする。
確かに不死竜を撃破できる武力が人間の集団に向けられたのなら大惨事である。
裏切りに確実な死が付属するなら他家の誘いに躊躇するのも分からなくはない。
「別に俺単独で倒したわけじゃないだろう……それにあの不死竜は失敗作だ。本来はもっと厄介な相手だ。強化するために何かを入れたがそれが核になって逆に急所になってしまった……と言うかセシリア、お前そういう噂を流したな」
「何のことですか?」
露骨に視線を避けるセシリア。
認めたも同然だが、本人的にも隠す意図はないらしい。
「人間同士の争いに関わる気はないが、そちらも大変なようだし少しぐらいなら協力してやってもいいがな……」
「本当……!!」
エルネストの反応が意外だったのか、セシリアの表情が輝く。
その眩しい笑顔にエルネストはやや目を逸らした。
天真爛漫な魅力に少々、当てられたのだ。
「じゃあさ、じゃあ……私と結婚して!!」
「阿呆が!!」
エルネストの怒号はテーブル下に叩きつけられるように落ちた木製のグラスの音に半ばかき消された。
落としたのはロゼ。
幸いにも中身は入っていなかった。
先ほどから雀のようにチビリチビリと果汁に口をつけていたが、寸前で飲み干したのだ。
動揺してグラスを落とす直前に、飲食物を投げ捨ててはいけないという良識もまた同時に発動したらしい。
「いくら強くてもスヴェン様の婚約者の家臣という回りくどい関係だとやっぱ本当にバウムガルデン家のために動くか印象弱くて……私と結婚して義弟になってくれれば分家の連中もこれは裏切ったら確実に粛清に来ると確信すると思うんだ」
「理由は分かるが却下だ……第一、好き合ってもいない男女が結婚などするか!!」
「意外と純情な答えが返ってきたわね」
エルネストにかつて恋人がいたことはなく、男女交際のそれに対して潔癖と言うか世間知らずなところがあった。
親衛隊時代も裏方に回ることが多かったため、人気もあまりなく名声に惹かれた女にちやほやされた経験もない。
結果として純朴なままなのだが、交際に関しては面倒くささが先に出ているため、子供のままと言うよりも、枯れ果てた中年親父のようであった。
「とりあえず、俺はロゼが選抜戦で勝って軍入り、バウムガルデン家との婚約破棄に至るまで誰とも交際する気はない」
「じゃあ、その後は……?」
「じゃあって……」
いやにグイグイ来るセシリアに徐々に押され始めるエルネスト。
上目遣いな灰色の目が潤んでおり、腕を組んで豊満な胸を強調している。
誘惑しているのだ。
「そ、そろそろご飯が来ます……あ、来ました」
棒読みでわざとらしいロゼの口調。
ご飯はまだ来ていないが、今回はここまでとセシリアは引き下がった。
チャンスはまだある……そう言う事だった。
エルネストは戦々恐々としている。
何か逃げる算段はないかと全ての感覚を総動員して、そしてついに彼は見つけた。
徐に席を立つ。
視線の先には厨房……あそこにこちらを監視している輩がいたのだ。
エルネストが立ち上がったのを見て慌てて厨房に引っ込む。
だが補足はした。
もう逃がさない。
「どちらに行かれるんですか……?」
「ちょっとお手洗い……すぐに戻る」
そうしてエルネストは逃げるように何者かを追い始めた。




