後夜祭
「そう言えば、スヴェン兄さんって言っていたな」
「あれ……うっかり口走っちゃったかな?」
時刻は深夜。
会場よりほど近い宿を借り切って、負傷者の救護に当たっているが、その中で一番上等な部屋にセシリアは寝かせられていた。
不死竜討伐、そして各々の後処理がある程度終わったことを報告……と言う名目だが、実際は単純に心配になったからであった。
喰われかけたロゼが恐怖に苛まれていたことを考えるに実際に喰われたセシリアがトラウマになっていないか。
とはいえ、エルネストに何かできるわけではないのだが。
やつれていたものの、意外に元気そうなところを見てエルネストは安堵する。
「まあ、隠していても仕方がないか……私の父はランドルフ・フォン・バウムガルデン、そして母親は幼馴染で分家出身の元メイド長」
「スヴェンとは腹違いの兄妹か……」
「そうだよ義妹じゃないんだよ……半年も離れていないけどね」
セシリアが目を細める。
その中には言いようのない感情が浮かんでいた。
憎悪が近いだろうか……だがそれ以外の感情がいくつも混じっているため判定は不可能だった。
「スヴェン様のお母様には大分、苛められたかな……。まあ、正妻にしてみれば自分の立場を脅かしかねない妾の子供なんて殺してしまった方が安全だもんね」
「そんな大袈裟な」
「そんなもんだよ、大貴族の結婚なんて、離婚されたら実家が潰れちゃうこともあるし……自分だけの問題じゃないんだよ」
「……」
家族内の真っ黒な内情にエルネストは絶句する。
だが場の雰囲気が重くなるのはセシリアも望んでいないのか、一転して蕩けたような表情に変わる。
「スヴェン兄さんがずっと庇ってくれたんだよ……年齢一桁の時は一緒にご飯食べて、お風呂入って、一緒に寝て。だから私の食事に毒を入れられないし、風呂でも寝ているところでも襲って庇った嫡男にケガさせたら不味いし、何よりも嫡男が好意的ってことは暗殺したら未来の当主に憎まれる。スヴェン母も、殴っても罵っても言う事を聞かない息子には手を焼いていたんだ」
「……」
「兄が妹を守るのは当然って……恰好良かったよ」
過去を思い出し、箇条書きするようにつらつらと話し始めるセシリア。
まるで惚気ているようだった。
エルネストは淡々と聞いていたが、ここで重要なことに気づく。
「お前ら確か、愛人とか言われてなかったか?」
「ああ、それ……ランドルフの娘と名乗ると「スヴェン様を追い落とすつもりかと」家臣連中が煩いからそうしているんだけど」
セシリアは当主ランドルフの娘だが、妾であるし、嫡男のスヴェンがいるため次期当主になる可能性は低い。
だがスヴェンを殺せば彼女が次期当主。
異常な考えだが、バウムガルデン家の中枢は、数十年前にランドルフの父、ローベルトが兄を追い落として当主となった簒奪に協力した連中なのだ。
今度は自分たちが追い出されるのかと疑心暗鬼になっている。
「私としてはロゼちゃんの反応が面白いから、そうしているだけかな」
「なんだって!!」
今度は別の意味でエルネストが絶句する。
意味が分からない。
「意外と耳年増なんだよね、ロゼちゃん……結構えっちい本とか見てるし。……まあ、私が差し入れしたんだけど」
セシリアがいやらしい笑みを浮かべる。
悪戯と言うよりも、罠にはめて身動きできない小動物を眺める邪な物だ。
「合図とかは……」
「適当にしているだけ……。スヴェン兄さんもなんの合図か分かってないんだけど、妹の遊びかなんかだと思って合わせてくれている」
「あの堅物は、妹相手だとノリがいいんだな」
「真っ赤になっていろいろと妄想しているロゼちゃんが可愛くて可愛くて」
「そんなことしているから、警戒されるんだぞ!!」
エルネストは頭を抱えた。
ダメだ、ロゼ……こちらの方が人間的に上手だ。
完全に手玉に取られている。
「ロゼちゃんは連れて来なかったんだ」
「ああ、もしかして何か家について重大な秘密があるかもしれないと思ってな。ロゼは機密を預かるにはまだ早すぎる」
「現状、いっぱいいっぱいだからね。ちょっと負荷がかかるとパニくるんだよね」
そこが面白いんだけど……と再びセシリアが邪な笑みを浮かべる。
そして彼女は何事かを考え、少し躊躇して両腕を横に広げた。
「……?」
「鈍いな……抱きしめて」
「な、なぜ?」
「不死者に食べられちゃうような怖い目に合ったから多分、夢に見るよ。そういう時は人肌のぬくもりで記憶を上書きするんだよ……常識じゃない」
「俺が知る常識じゃないな」
「いいから……ん」
身体を突き出すように向けるセシリアにエルネストは躊躇するが、彼として断れる内容ではないので結局は従うことにする。
まず頭を右腕で抱く。
それから背中に左腕を回し、身体を引き寄せる。
ちょうどセシリアの頭を胸に包み込むような形だ。
彼女の豊満な胸がエルネストの胸と腹の中間あたりをくすぐる。
かすめただけで柔らかな感触が脳を刺激する。
そのまま揉みしだきたい衝動はもはや洗脳に近く、男ならば抗い難い。
そのまま顔をうずめてどこまでも深く眠りたくもある。
耐えるのは多くの労力を有した。
「抱きなれているね」
「バカが……大戦時は子供の相手をすることが多くてな。どんな言葉や報酬よりも一緒に添い寝してやることで奴らは落ち着くんだ」
自分が屈したかけた事を誤魔化す様にエルネストは渋面で応える。
大戦時、王都防衛戦言う名の前半戦で多くの兵力を失った連合軍は、後半の南部奪還戦で女子供も戦場に投入する他なかったのだ。
さすがに後方支援が大半だが、それだって危険なことには変わらない。
不死者が戦線を突破して後方陣地が血と肉で塗装されたことも一度や二度ではない。
「もう気がすんだか」
「うん……だけど顔は真っ赤だね」
愉しそうに笑うセシリアに、だが引っかからないと挑戦的に首を上向かせる。
いまの頭は偽頭……偽頭に顔を紅潮させる機能はない。
「首から上は偽物でも、首から下は自前だもんね。首の下半分が真っ赤だよ……もしかして欲情した? 助けてくれたお礼に一回だけなら触ってもいいよ」
「外傷は少なくとも、疲労は激しいだろう。肉体的にも精神的にも消耗している人間に何をすると言うんだ」
「見抜かれていたか……じゃあ、お言葉に甘えてお休み」
そしてばったりとベッドに倒れるセシリア。
それをすかさずにエルネストは抱き留めた。
そのまま優しく身体を横たわらせる。
横たわらせて、その手を握った。
「早く寝ろ……お前の兄さんに元気な姿を見せてやれ。スヴェンはもう錯乱寸前だったぞ」
セシリアがゆっくりと目を閉じる。
一瞬、臨終するかのように見えてエルネストは動揺した。
それほどに疲れ切っていたのだろう。
あるいはスヴェンが来るまで待っていたのだろうか。
そんなことも思う。
「格好いいよ……」
うわ言の様に呟くと、小さな寝息が室内に木霊した。
「ブラコンめ……せいぜい良い夢を見ろよ」
なんとなく遊ばれたような気がしてエルネストが悪態を突く。
実の所、彼もまたかなり体力と精神を削り取っていたのだが、そこは根性とプライドで耐える。
ここまで聞いてしまった以上、スヴェンの方も様子を見に行きたくなったのだ。
奴は事後処理を会場でしているはず。
妹の負傷と、それを許してしまった自分に対する自責、無力感で感情がごちゃ混ぜになっていた。
ハインリヒが代行すると訴えるのも無視し、しゃにむにその精神状態に見合った行き当たりばったりの指示を下していた。
その後、エルネストは会場に無理をして戻るも面会をハインリヒに止められた。
―――少しは華を持たせてやれ、お前は戦闘だけ役に立ったとしておけ
―――じゃないと今度こそプライドが粉々になる。
と言うのが理由であった。
結局、エルネストはロゼと共に学院の寮に帰還した。
ロゼには肩を貸すと言われたが丁重に拒否して「意外と見栄っ張りですね」と評されたが、
聞こえなかったことにした。




