祝賀会・五
同刻、不死竜が暴れまわっている会場の周辺では従業員の避難が進んでいた。
正規軍の突入ルートである正門周りを避けて裏口からの脱出だが、それが存外骨の折れる作業だった。
会場を諸共消し飛ばせる怪物が相手では、安全な場所などない。
本来ならば年少者や女を優先して避難させるのだが、怯えきった彼らはなかなか動こうとしない。
よって志願した十数名が通路に先行して安全を確保した後、轟音のする会場に背を向ける形でそのまま待機。
おっかなびっくり駆け出す脱出者を見守る形だ。
そして数十分の時間を得てようやく逃げる人間が逃げ切った形となる。
その成功は奇跡とは言わないまでも幸運と言えた。
どうも予想に反して剣聖家らは不死竜相手に善戦しているらしく、未だその脅威は会場内に留まる。
「いくらなんでも不死竜はないだろう……やっぱ王党派の差し金なのか、アンヘル先生?」
「まさか……いかにベルンハルトと言えど、今の王党派に用意できる余裕はあるまい。複数の剣聖家らの策謀だろう」
避難が終わった後、アンヘルとハインリヒはすぐに会場へ助力へは行かない。
アンヘルは葉巻、ハインリヒは残り物の肉やらを口に含んで休憩していた。
焦ってもことは進まない。
仮に会場の面々が全滅しても、二人には大きな問題ではなかった。
「なあ、そろそろ教えてくれよ先生……なんで剣聖家らは祝賀会を滅茶苦茶にするような事をしたんだ?」
口に鳥の骨を加えたままハインリヒは無遠慮に問いただす。
その行儀の悪さに、だがアンヘルは気分がいいのか咎めはしなかった。
「デスゲームというものだそうだ……数家が残るまで剣聖家で殺し合う。だがただ殺し合うだけでは元々の優劣で勝敗がある程度分かってしまう。つまり不死竜はそれを回避するためのアトラクションと言う訳だ。離島に生息する猛獣や、館に住む謎の怪人。その類だ」
「先生が昨今の娯楽小説に詳しいとは意外だな」
かつて九剣聖と呼ばれた大戦の英雄たち。
それがいつしか、その数が多すぎると争うようになった。
ルールが決められたのもいつの事だったのか。
プレイヤーは剣聖家らの当主である九名。
敗北条件は、本人が死んでも子供や孫がプレイヤーの地位を引き継ぐことになる都合上、自身と直系の子孫の死亡。
暗殺も可だが、通常はダメでこういったイベントの時に限られる。
今回の場合、不死竜が暴れている陰で他家の当主を謀殺するということだ。
そのため、実は会場にいる当主と嫡男の内、七家のうち三家は本人ではなく偽物が代行している。
一見卑怯な方法だが、偽装するために自身の護衛が会場にいるため、その間は三家の当主陣は補足されれば自分らだけで身を守らなければならない。
なお、祝賀会およびそれに伴う殺しあいへの不参加はルール違反だそうだ。
「できれば臆病者の三家全員を葬るのがランドルフ様の命なのだが、相手もさるもの……新市街でバラバラに点在していて一苦労なのだよ」
「ランドルフ様は病気で頭がおかしくなったと聞いたが、間違いないようだな」
ハインリヒの指摘にアンヘルは怒るでもなく蔑んだ。
何も知らない子供を馬鹿にするかのようだった。
「全て剣聖家らの当主が数年前に話し合って決めた事だ」
「そんな会合があったとは寡聞にして聞かねえけどな」
「どういう方法か知らないが、プレイヤー同士は距離が離れていても互いに意思疎通が可能なのだそうだ。たまに話しているのを見かける……傍目には宙に語り掛けているように見えるからスヴェンなどは気が狂ったと勘違いしているようだが」
苦笑し、もう休憩は終わったとアンヘルは葉巻の灰を床に捨てて靴で踏みにじって消火した。
小奇麗な仕立ての制服を着ていても、根っこの部分は南部出身の奴隷。
育ちの悪さがたまに出る。
「協力するのだったら、分け前を後でやるぞ……」
「俺は今回、ロゼ様に加勢するよ……母親が世話になったと聞いたんでな」
アンヘルが意外そうにハインリヒの琥珀色の目を見る。
癖の強い灰色の髪は母・エリーゼ譲りだが、その琥珀色の瞳は父・ベルンハルトから受け継いだ物。
性格は……現時点では分からない。
冒険者夫婦から生まれたと戸籍上はなっているが、それは偽装であり本名はハインリヒ・フォン・バウムガルデン。
本当の素性を知っているのはバウムガルデン家ではローベルトとアンヘルだけだった。
「エルネストか……奴は基本的には行き過ぎたジークルーネ擁護派だ、父親のベオウルフは嫌っていたがな」
「親父と母さんと周りの人間はベオウルフ卿に凌辱されたと言っていたが、エルネストはただ保護しただけと言う……」
「それでエルネストの方を信じるというのか」
「それの何が悪い……死んだ母さんが酷い目に合わなかった真実を俺は選ぶよ」
「ふん……親か」
親に育児が面倒になったという理由で捨てられた中年執事は不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「行くのならば、エルネストを回収して貰えないか……奴にはまだ使い道がある」
「なんだ、あんたも友人には情けがあると言うのか」
嬉しそうなハインリヒにアンヘルは一掃不機嫌さを露わにした。
「何も知らないガキは気楽でいいな」
「ええ、そうですとも」
表面上は半ば喧嘩別れになった二人。
アンヘルは建物の外に。
ハインリヒは会場の中へ歩みを進めた。
*****
不死竜は再び、肉体を改造していた。
全方位に息吹を放とうとした全身の口は、今や鏡面のように輝く鱗に変化していた。
その鱗が不定期に光を増すと周囲にいる人間が消え、気づいた時には不死竜の身体にめり込み、吸収されているのだ。
強制転移……一切の回避不能な反則技である。
「ロゼ……支配を」
「ダメです……さっきからやっているのですが、全く効果がない!!」
ロゼは泣き叫んばかりに訴える。
不死竜の行動を阻害した神剣スキル「支配」。
それに耐性がついたようだった。
(耐性がついた……いや)
エルネストは偽頭に魔力を注ぎ込み、索敵を強化する。
不死竜の身体は今や複数の魂が混在する奇怪な状態となっていた。
本体から切り離された複数の魂が個別に転移魔法を唱えて敵対者を吸い寄せている。
「支配」が利かないのも道理。
本体は何もしていない、動いているのは身体の各部分に配分された魂だ。
仮に分割された魂のいくつかを支配で止めてもそんなものは大多数のほんの一部でしかない。
「支配」に対抗する手段としてはほぼパーフェクトな解答。
エルネストは高笑いしそうになるのを必死で抑えた。
ある攻撃手段への解答が、他の攻撃手段への模範解答だとは限らない。
むしろ、特化している分おろそかになることも多い。
統一された肉体だからこそ、息吹や雷撃を放てるのだ。
超高速再生もバラバラの状態では効果を発揮できない。
それどころか、身体が個別管理では動くこともままならない。
もはや不死竜は転移魔法に特化した腐肉の塊だった。
余程、支配のスキルが不可解で脅威だったのだろう。
(よくやったぞ、ロゼ……不死竜討伐が上首尾に終わったのならご馳走してやろう)
こうなってくると、転移魔法も誰かを個別に狙っているかも怪しくなってくる。
分割した魂一人では人間大の物体を転移できない。
つまりは烏合の衆のようにそれぞれが標的を狙い、「運が悪く」複数の魂の標的に選ばれた人間が転移させられているのだ。
例えるならば、沼の底に引っ張り込もうとしている小さく細い手。
複数に掴まれれば終わりだが、一本程度ならば即座に払いのければ問題はない。
全体を統率する存在が不在のため、同時に襲い掛かっては来ない。
必ずタイムラグがある。
「守護結界を個別にかけろ……かけられた者は白兵戦用意!!」
エルネストが声を張り上げる。
守護結界とは不死者の魔法に対する防御魔法。
耐闇スキル持ちの自分が標的に選ばれてないことから、エルネストは強制転移がわずかな魔法防御で回避できる物だと看破したのだ。
エルネストに正規軍に命令する権限はなく、それは剣聖家らの私兵に対しても同様だ。
だが先ほど、不死竜と一人で戦っていた光景が彼らの目に焼き付いていた。
彼の言うことを聞けばもしかしたら助かるのではないか……そんな希望が命令の許容に繋がる。
「……!!」
「鱗を狙え、それが転移魔法の要だ!!」
結界をかけられて疑似的に耐闇スキルを得た兵士らが鬨の声を挙げて不死竜に突っ込む。
狙いは不死竜本体ではなく、鏡面状の鱗。
未だ不死竜を恐れている彼らは正面切って戦うには不安が残る。
あくまで牽制として運用しようというのがエルネストの方針だった。
エルネスト本人は取り囲まれて苦悶する不死竜の隙をついてその頭上に駆け上がる。
そして一閃……。
不死竜の頭頂部に這りついた人型の転移方陣を破壊する。
あくまで装備品扱いなのか、破壊されたそれは再生することはなかった。
これでもう、不死竜は自身の身体をワープさせることができなくなった。
人間側が優勢に傾く……そんな時にハインリヒが戻ってきた。
「スヴェン様……従業員の避難が完了しました。後はここにいる人だけです。この会場ごと吹き飛ばしましょう」
「何……?」
ハインリヒの提案にスヴェンが目を剥く。
持っていた大剣型の神剣を取り落としそうになっていた。
「時間稼ぎです……その間に街区ごと閉鎖して不死竜を閉じ込めるんです。冒険者ギルドと話が付きました、多額の謝礼を条件に「浄化持ち」18名含め50名がやってきます。郊外都市の正規軍本隊にも連絡を取りました……順調ならば約三日後に「浄化持ち」73名含めて数百名が到着します」
矢継ぎ早に突きつけられる裁可にスヴェンはただ目を丸くするだけだった。
だが理解できなくはない。
十数秒後、ゆっくりと頷く。
まるでそういう仕草をする人形のようだった。
その顔には無力感が満ちている。
さっと見やった大剣型神剣は、かつて偉大なる祖父ローベルトが使っていたもの。
だが神剣は無論、何も応えてはくれなかった。
「この会場ごと不死竜を生き埋めに……いや不死者だから死んでいるが。生き埋めにする……全員、足止めの後、撤退!!」
「全員、スヴェンの言う通りにしろ……助かるぞ!!」
スヴェンの号令に、エルネストが追従する。
周囲は顔を合わせるが、兎にも角にも言うことは聞くになったらしい。
まずは当主陣が逃げ始めた。
そして非戦闘員の従者、続いて戦闘系の従者も白兵戦を行っていた剣士系が攻撃魔法の援護を受けつつ撤退。
今や不死竜は戦闘中盤時のように火力で集中砲火を受けていた。
その身体が蠢く。三度目の肉体変化……だが前の二回と比べてその動きは鈍い。
肉体変化は大きな力を消耗する。
体内の黒霧が枯渇し始めたのだ。
それでもなお不死竜は改造を強行する。
その身体に巨大な翼を出現する。
流線形となった身体は飛翔するのに適したものだ。
「セシリア……!!」
「OK……スヴェン様!!」
その身体に光を帯びた糸が巻き付いていく。
拘束特化の神剣使いであるセシリア・ノールの得意技。
聖光に満ちた糸が不死竜を拘束、飛び立とうとした不死竜はたたらを踏んで倒れ込む。
不死竜は絞られたハムのよう……無様で滑稽な化け物に威厳などない。
だが腐っても不死竜は不死竜だった。
彼女にとって不幸だったのは、不死竜が未だ肉体変化の途中だったということ。
まだ転移魔法スキルは消えていなかった。
そして烏合の衆だとしても全体にかかる損害に対して、そうだという訳ではない。
共通の敵がいれば、思いが一つならば、その対象は一つに絞られる。
分割された百に近しい魂たちが一斉に強制転移を発動させる。
防御結界などその前には濁流を前にした木盾同然。
来ていた耐魔コートをズタズタにしてセシリアの煽情的なドレスを露わにさせる。
「え……」
気づけばセシリアは不死竜の身体に張り付いていた。
そのまま抵抗する間もなく飲み込まれる。
「セシリア……救助を!!」
スヴェンは周囲に助けを求めるが、他の剣聖家らは皆、これをチャンスとばかりに逃げていくだけ。
殺し合うのは当主だけだが、その従者は主の動向を意外と正確に推察する。
他家の身内がどうなろうと知ったことではない。
大戦の頃のような団結など過去のもの。
こうして剣聖家らは不死竜が暴れる死地を脱した。
スヴェンが指揮するバウムガルデン家を除いて。




