祝賀会・三
不死者の正体は実体のない亡霊であり、他者の肉体を乗っ取ることで初めて世界に干渉
できる。
そして彼らは乗っ取った肉体を改造、あるいは合体させてより巨大で高度な存在に作り替えるのだ。
では元々、巨大で高度な存在を乗っ取った場合は……?
不死者が制御できる肉体には上限がある。既に上限を超えた肉体の場合は質を高める。
本来ならステータスに割り振らなければならないポイントをスキルに全て注ぎ込む。
豊富なポイント故にどんなスキルを持つかは個体次第、法則性もなく同じ構成もまた存在しない。
攻略法もなく、経験も役に立たない。
不死竜という竜種の本当の恐ろしさは竜種が持っている強靭な肉体ではない。
何ができるか分からない……という究極の初見殺し。
何ができるか分かれば対処はできるし、打倒することもできる。
だが初見で対応した者達はほぼ間違いなく死ぬ。
(冗談じゃねえぞ……何が壊滅間近の王党派だ。不死竜一体でこの新市街壊滅させるのに十分だ)
後ろからは悲鳴が鳴り響く。
若年層は単純に巨大な怪物の登場に畏怖しているだけだが、25年前の大戦を経験している中年以上の年齢は絶望が心身を侵食している。
それほど恐ろしい存在なのだ、不死竜とは。
エルネストは混乱する背後をよそに、まず初めに不死竜を召喚した転移方陣を見やる。
召喚と同時にその魔導機械は焼き付いてしまったようだ。
破損し、中身が覗いている。
頭に鉄製の形容しがたい塊を付けた人間。その膝には切断された恐らくはその当人の頭がある。
猟奇的な光景だが、彼は首と胴が空間魔術で繋がったデュラハンと言うだけだ。
人体に直接魔道具を接続して継続的に魔力を供給する方式はベルンハルトが考案した。
それは消耗の激しい魔道具の行使を助けるものであり、エルネストもまた偽頭を装着することで索敵能力を得た。
だが体内の魔力を使い切れば頭と胴のラインが途切れる。
そうなると、後にできるのは首無し死体と言う訳だ。
それはともかく、増援の心配はない。
敵は不死竜一匹のみ。
「逃げるな……すぐに正規軍が駆けつける。正門から逃げると鉢合うぞ!!」
スヴェンの怒号が聞こえる。
混乱する剣聖家の中で一早く立ち直ったその土壇場の強さは驚嘆に値する。
だがそれでも遅すぎるのだ。
兵を展開させて結界を張っている状況でなければ、不死竜の攻撃に対応できない。
誰かが……時間を稼がなければ多大な犠牲が出る。
犠牲を払っても勝てないかもしれない。
それでも……。
(せっかく封印を破って現世に帰ったのによ……損な性分だぜ)
臆するな……そうエルネストは己を叱咤する。
俺は親衛隊……大戦においてジークルーネ姫の元、不死王と戦いし戦士たちの一人。
エルネストは後ろを振り向き、青ざめつつも加勢しようとするロゼを目線で制する。
彼女では……足手まといだ。
―――そうだ、俺は足手まといではない。選ばれた特別な人間だ。
ただ一人、歩みゆくエルネストを不死竜は見定めたようだった。
その意思、その敵意がエルネストを包み込む。
人は他者の視線に思いの他、敏感なのだ。
その視線を鋭敏化させた感覚でつかみ取り、その指向を見抜く。
それが奥義「魔弾の射手」の神髄。
瞬きの瞬間を、息を吸う瞬間を、飛び掛かる瞬間……その一歩前を見定める。
生命亡き不死者にもまたそれに似通った瞬間があるのだ。
わずかゼロコンマ数秒で加速したエルネストの動きを不死竜は見逃した。
まるで瞬間移動したかような動きは不死竜の錯誤だ。
集中が緩む一瞬を突かれただけに過ぎない。
下段からの一閃が喉を叩く。
人体の最効率を極める奥義「最善手」。
だがそれは人に人外の力を与える技ではない。
どれだけ鍛えようと人の膂力では竜の首を一撃で落とすのは不可能だ。
ましてや奥義と言うレベルには至っていないエルネストならば猶の事。
刃は皮と肉を斬ったが骨にあたって止まる。
神剣が折れる前に離脱……次の瞬間には不死竜の肺にあたる部分が爆発した。
息吹を吐こうとした瞬間に喉を潰され、逆流して体内で破裂したのだ。
元より竜種は息吹など吐かない。
不死者のスキルで会得した息吹に竜の身体が適応しきれてなく、不測の事態に対応できない。
「間抜けめ……」
せせら笑うエルネストに激高したように不死竜は全身を発光させる。
身体中の突起物が電を帯びる。
周囲一帯を薙ぎ払う電撃攻撃。
エルネストは読み取ろうとするが、攻撃の多くに意思が感じ取れない。
追尾性の十数撃と同時に放ったあえて狙いをあやふやにした面制圧。
追尾性は便利なようでいて目的が明確故に読まれやすい。
なので加えた命中率を度外視した全体攻撃。
倒すよりも負傷させて動きを止める合理的な手法。
エルネストは反射神経で面制圧を切り抜け、追尾はあえて正面から受け止める。
神剣に魔力を注ぎ込み、空に流れを作る。
本流三本、支流十八本。
放たれた電撃は受け流されて無駄に石床を焼く。
本来ならば人間など一発で黒焦げになる一撃をエルネストは手足に若干の痺れが残るに留めた。
さらにエルネストは同時に首から上に装着した偽頭の索敵に注視する。
偽頭では建物の構図までは把握できないが、聖力を帯びた複数の物体が正門があった場所を抜けてホール内で展開している。
聖力は神剣の証。
つまりは神剣で武装した正規軍人が到着したということだ。
正規軍兵士は不死竜を討伐するべく陣形を取っている。
場に入って即座にこちらの足止めに気づくとはなかなか優秀な奴め。
不死竜打倒に光明が見えてエルネストは安堵する。
だがそれでもまだ数分の足止めは必要だった。
正規兵士らはまだ準備が整っていない。
攻撃の瞬間は部隊が脆くなる瞬間の一つだ。
今、攻撃されては総崩れの可能性すらある。
この数分が……最後の正念場。
不死竜の身体がうごめく。
生命がある存在ではありえない不自然で強烈な脈動。
肉体を改造しているのだ。
不死竜は肉体を変化させることで習得できるスキルをその場で習得し行使することが可能。
ただし、内容によっては今持っているスキルが使用不可能になる可能性がある。
電撃を放った突起物が不気味な音と共に人の口に変化する。
全身に人の口を持つ奇妙な竜。
その口から黒い霧のような物が漏れ出ているのをエルネストは気づいた。
先ほどゴットハルトら王党派を焼き尽くした息吹攻撃を全方位で放とうというのだろう。
同時にエルネストの周囲に黒く光った壁のようなものが出現する。
まるで牢のようにその中にエルネストと不死竜は囲まれる形となる。
(本来なら防御方陣と使うところを仕切りに使うとは小細工を……)
結界を破壊して外に逃げるか、あるいは口を破壊して息吹そのものを阻止するか。
エルネストは迷うことなく後者を選んだ。
前者を選べば不死竜が標的を変える可能性がある。
エルネストが放った斬撃は余人では視認すことすら困難な速度だった。
不死竜の右側面に現れた数十の口をわずか数秒で破壊する。
何も全てを破壊する必要はないのだ。
自分の方向に向いた口だけを塞げばいい……直撃を避けれれば致命傷を避けることができる。
離脱するだけならば片足が無事ならば問題ない。
だがその思考をあざ笑うことように破壊した口が瞬きする間に修復されていく。
スキル「超高速再生」。
多大な力を消耗するその技を迷うことなく使うとは、不死竜は余程自分を脅威と感じているらしい。
エルネストは苦笑する。
さて……息吹の噴出する段階でどうなるか賭けとなる。
不死竜が口を潰されて先のように逆流するか、はたまたエルネストが息吹の直撃を喰らって腐乱死体となるか。
エルネストは賭けに出る。
その振るう斬撃に迷いはなく、ただ標的を斬りつけるばかり。
決定はなった。
行うべき全ては行った。
ならば後は天運に任せるのみ。
そしてその天運が大きくエルネストに傾いた。
不死竜は息吹を放つ寸前、まるで食べ物を喉に詰まらせたように身体をガクンと傾かせた。
実に間抜けな格好だった。
何か彼にとって想定外の事が起こったのだろう。
両者を隔離していた黒の防壁も消滅する。
エルネストは即座に離脱を選択した。
不死竜はまだ立て直せない。
その不可思議な現象をエルネストは不審に思い、周囲を観察する。
ロゼが神剣を構えて何事かを行っている。
輝く神剣が何らかのスキルを発動させたのは明白だ。
だが何を……?
「ご無事ですか……」
目に隈ができるほどに消耗した彼女がエルネストを出迎えた。
(まさか、お前の助けがなかったとしても切り抜けられたとは言えないよな)。
感謝を表す様にエルネストは彼女の身体を軽く抱きしめる。
真っ赤になって興奮するロゼをよそに、エルネストは彼女のスキルを大戦での記憶を漁って特定していた。
神剣スキルの大半は直接攻撃に属する物が多く、拘束させたり眠らせたり補助的な攻撃は少ない。
不死竜の動きはまるで身体が意のままにならないような不可思議な動きだ。
妨害されたり、鈍化されてたといった外からの攻撃ではない。
内側からの攻撃……自身の身体の一部が裏切ったのだ。
恐らく……ロスヴァイセ・ノイン・ヴェルダンディアの神剣スキルは「支配」
他者の肉体に干渉して……言うなればマリオネットのように好き勝手に操る凶悪な能力。
その力は不死者だけでなく、人間にも適用される。
故に、大戦でもそのスキルの取得者は「封印」や「妨害」などの近しく、制限が大きいスキルと偽称していた。
言うなれば洗脳に近い能力など、他者からどういう目で見られるか分かりきっているからだ。
(しかし、支配か……神剣のスキルは精神性が影響を受けるという説はあったが)
死んだ父親との思い出を思い、大切にしていたジークルーネの神剣スキルが物を保存する「封印」。
そして両親に阻害され、思い出そのものがない娘のロスヴァイセの神剣スキルが「支配」とはどういう皮肉なのか。
他人事のように考えるエルネストはそれ以上の考察を放棄した。
後ろでは準備を整えた正規軍兵士による攻撃に不死竜が悲鳴を挙げていた。
「紅炎」、「蒼氷」、「碧雷」といった攻撃スキル持ちの神剣使いが建物ごと破壊するように猛撃する。
反撃を許さず、そして弱り切ったところで「浄化」を多人数で行う。
単独の相手に物量で押す、非常に有効で合理的な戦法だ。
(これで終わればいいがな……)
しかし、エルネストはそれに安堵することなくむしろ焦燥を感じていた。
不死竜は大戦の時に、どんな理不尽でもやってのけた。
その事実を……恐らくは不死竜を初見とする正規軍兵士がどれほど理解できているか。
25年前の人間には推し量るすべはなかった。




