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招かれざる者・一

この島は北部が寒冷地帯に属している。

そのため北に偏った首都・王都ミスティルハイムは初夏に入ってもまだ肌寒い。

 吐く息は白く、学院へと向かう生徒たちは防寒具を着込み、足早に登校していた。

 

 学院は元々近衛騎士を育成する機関であり、身体と精神を鍛えることを奨励されている。

そのためか彼らは同年代に比してどこか誇らしく見え、背筋を伸ばして歩く姿は武人としての片鱗が感じとれた。


 そんな道行く生徒たちの姿を遠巻きに眺めるのは黒髪の少年であった。

 年齢は十代の終わりごろ、大人になるかならないか、そんなあやふやな年頃。

だがそれよりも印象的なのは、ぼんやりとした生気の無い朱色の瞳だった。

 ひとならざる不死者……神代の頃よりこの島の覇権を人間と争う怪物たちは皆、朱色の瞳を持つ。

 それだけで不吉極まりないのだが、左肩に預けるように長剣を置いている。

 いずれ戦場に出る生徒たちも日常では武器の携帯は許されていない。

 白刃を持って登校など、それだけで停学ものであった。

 故に彼はこの学院の生徒ではない。


「……娘かな、もしかすると」


 その視線の先には銀髪の少女の姿がある。

 学院の生徒なので年齢は16~18歳……だが童顔と、周囲の生徒よりだいぶ低い身長が彼女を幼く見えさせる。

 あまり視力の良くない青年からは遠目では細部は読み取れないが、道行く人が思わず振り返り、歩みを止めて凝視する様は、彼女の美麗さを証明している。

 まさか指名手配されている犯罪者だとかいう、物騒な理由ではあるまい。


 しばし彼女の姿を眺めて楽しんでいた少年だが、登校する少女が追い付けないほどに離れると、のんびりと腰を上げた。

 少女を追いかけるのではない、近づく複数の何者かを感じ取ったのだ。


「武器を捨てて、投降しろ」


 現れたのは三人……。

 少年は振り向かなかった。

 だがその殺気と闘気……隠すことなく威圧するその無思慮な空気を感じ取れば、おおよその情報は把握できる。


「通り魔か?」

「風紀委員だ……お前を拘束する」

「俺は何も悪いことはしていないし、お前らに何かされる言われはないぞ」


 揶揄するような言いぐさが癇に障ったのか、殺気と闘気に怒気が加わる。

 意外に短気な奴め……。

 人知れず苦笑する少年は、声を発した何者か……正面から怖じることなく現れた長身の男を見やる。

 金髪碧眼、髪をオールバックでまとめていた。

年齢は少年と同じ十代の終わりごろ、身長は180を超えるだろうか、引き締まった体躯に堅物そうな真面目腐った顔……加えて不機嫌というスパイスが加わっている。

右腕にはギロチンのような規格外の大剣。

無骨極まりないその姿で唯一、首から下げた真鍮の懐中時計が遊び心を表している。


風紀委員とは学院の秩序を守る武装生徒の事だ。

だとしてもその武装はせいぜい警棒程度の非殺傷レベルに留まる。

しかし学院に大きな影響を持つ貴族階級の子息はおうおうにして、その制約が免除されることが多かった。


「俺の名はスヴェン・フォン・バウムガルデン……抵抗は無意味だ」

「名乗らなくてもその懐中時計だけで十分だ……お前は英雄の子、いや孫か」

「よく知っているじゃないか、ならば分かっているな?」」


 これで説明は事足れりとスヴェンは押し黙る。

 今まで、家柄を示せば相手が押し黙ったのだろう。

 そう思わせる傲慢さだが、だとするならば、投降を求める時に使うのは別な意味がある。

 無益な戦闘は回避したい……そういう思惑も感じ取れる以上、彼は外見同様に真面目なのだろう。

 少年はそんな彼を揶揄いたくなった。


「だったら、口の利き方は分かっているな……俺はエルネスト・シュタイナーだ」

「なんだと……」


 スヴェンの顔に侮蔑が入り混じる。

 その名前を名乗ること……それが彼にとっては常識外れな事態であるらしい。


(まったく……うちの姫様ジークルーネは俺の事をどう説明したのだか)


 心の中で苦笑しつつ、少年……エルネストは向き直る。

 目をつぶり、視覚を閉ざして他の感覚にリソースを割けば、周囲の行動も読めてくる。

 後ろの二人は実戦経験が足りないのか、「敵」を前にまごつき案山子のように身動きしない。

 つまりは雑魚だ。

 脅威となるのは目の前の一人……スヴェンのみ。

 

 そうと分かれば、対処はたやすい。

 エルネストはさらに他の感覚……視覚に加え、嗅覚と聴覚を封印する。

 

 途端、エルネストの周囲に無数の懐中時計が出現した。

 幻覚だ……本当にあるわけではない。

 これはイメージ……身体を変革するための予備動作だ。


 大きさはマチマチ、それどころか秒針の速度すらてんでバラバラ。

 いくつもの時計、身勝手な時を刻む。

 だがそれらが同じ時を刻む瞬間があるのだ。

 その瞬間こそ、身体が最も効率的な動きを行える「最善手」。


 その時を見つけるべき、数多の戦士が修練を重ね、そして生涯を重ねて会得できなかったパーフェクト・スキル。


 それを今……顕現させる。


(やはりしょせん、学生レベルか……)


 極限まで引き絞られた感覚でもって、エルネストはスヴェンに襲い掛かる。

 スヴェンは反応すらできない。

 投降を求めるその表情のまま、凍り付いたように動かない。


 このまま剣を振れば、彼の身体は真っ二つだ。

だがさすがに殺すわけにはいかない。

だからエルネストは脅し目的ですぐ目の前の地面を切り裂く。


 本来ならば、大地に一線の傷をつける。

だがその中途でエルネストは失敗と自身の未熟を悟った。


(ちっ……これではただの衝撃波ではないか)


 そして加速された時間は元に戻る。

 まるで瞬間移動したかのような瞬速は、次の瞬間に地面を抉ったことで生じた土煙に覆われて観測できなくなる。

 ようやく事態を把握できたスヴェンはそのため錯誤した。


「煙幕か……小細工を!!」


 そう怒号を発する間にエルネストはとうにその場を離脱している。


 「さすがに本調子とはいかないか……」


 逃走しながらそう自嘲するものの、本調子であったとしても、その「奥義」を開眼したことなど一度もなかった。

 彼もまた、数多の戦士と同じく、未熟者でしかない。


「まあいい、おいおいな……」


 そんな捨て台詞を吐きながら、今度こそエルネストは銀髪の少女を追いかけていく。

 その左手にはでかでかく「風紀委員」と書かれた腕章。

 地面を吹き飛ばし、二ノ太刀でスヴェンの腕から切り取ったのだ。

 

 「煙幕」に翻弄された風紀委員らが体勢を整えたのは、それから大分時がたった後であった。

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