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祝賀会・二

 祝賀会もその開催時刻に近づいてきていた。

 参列者も集まってきている

 だが本当ならば歓談するところ、家族同士で固まっている様子は排他的な印象を強く感じられる。

 今回の祝賀会の目的が、王党派を誘き出して殲滅することである以上、襲撃を警戒して神経を張りつめているのだ。

 守るべきは己が親族。

 誰が敵か分からない以上、他家との歓談など二の次。

 そういう意味では祝賀会の表向きの目的はまるで達成できていないことになる。


「ピリピリしてるな……大戦の英雄たるベルンハルトが相手ではな」


 そして七つの名門のいずれにも該当しないエルネストとロゼは端っこでのんびりしていた。

 この状況下ではさすがにエルネストも愉しもうとは思わない。

 ハインリヒに貰った分を食した後、偽頭による索敵に集中していた。


 ベルンハルトの神剣スキルは「浄火」。

 不死者を消滅させる「浄化」と炎を操る「紅炎」の複合スキル。

 浄化を使うには不死者を弱らせる必要があるし、息吹ブレスなどの遠距離物理を防げない。

 そして紅炎は息吹を防げても不死者を真の意味で消滅させることができない。

 故にその二つを併せ持った彼は一人で軍隊並みの活躍ができるということ。

 戦闘では二番手だが、こと神剣使いと言う面ならば彼がトップであった。

 特に紅炎の威力はすさまじく、多大な準備が必要だとは言え一撃で村程度の面積ならば焼き尽くせる。

 エルネストがいかに魔術の発動を先読みしても、回避行動範囲をまとめて燃やされれば焼死体の完成である。

 ローベルトならば剣風で弾き返したりできるのだが、エルネストにはそこまでの技量はない。


(今の所、何らかの準備をしている様子はない……素の状態ならば、七剣聖家の私兵でも十分奴に対抗可能だけどな)


 排他的な剣聖家の対応は「よそ者」を浮き上がらせるのに効果的だったようだ。

 どこぞの貴族の使用人と思わしきそれなりに立派な服を着た者たちが所在なさげにウロウロとしている。

 他の剣聖家の知り合いは知らなくても、身内の顔は分かる。

 見知らぬ彼らは受け入れられてもらえず、剣聖家の名前を出せば「ならばそこに帰るがいい」と取り付く島もない。

 全員で九人ほど……まず間違いなく王党派の間者だろう。

 そんな中、卑屈そうに眼をキョロキョロさせた五十代の男が会場に現れる。

 銀髪に翠眼……王族だ。

 その瞬間……九人が一斉に背筋を整えた。

 そうしないように気を付けていたのだろうが、感覚を鋭敏化させていたエルネストにはその偽装も無意味だったのだ。

 

「ゴットハルト卿……現女王陛下の遠い親戚だね」


 エルネストが振り向くとそこにはセシリアがいた。

 胸元を大きく開けた黒色のドレス。下半身もスリットが太ももの半分まで達しており、出るところは出ている彼女の肢体をなまめかしく演出している。

 だがさすがにそのままではいけなかったのか薄手のコートを羽織っており、正面から見なければそこまで派手さは感じない。


「詳しいな……」

「彼、部下を大勢の前で罵倒するのが癖になっているみたいで……部下の一人がこちらに転向したの」

「追い詰められた状態で仲間割れとは貧すれば鈍するということか」

「王党派で有能なのは死ぬか、逮捕されるか転向したからね」


 セシリアは軽く右手を振っている。

 視線の先には制服を着たスヴェン。彼はバウムガルデン家の中心にいた。今宵、当主であり父親のランドルフは不在の様子。

 彼女は左手で何やら合図を送っている。親指と中指をクロス、遠くのスヴェンも同じような合図を送る。


「祝賀会の後は学院の図書室で密会ですか……恐らくあの合図はそれを意図したもの」

「前も思ったけど良くわかるな」

「長年のデータの蓄積の結果です」


 得意げなロゼをエルネストは軽くなでる。

 ロゼは気持ちよさそうに目を細めた

 どうも普段は頭を撫でられるのを嫌がるくせに弱っている時は逆に喜ぶ傾向がある。

 エルネストには良くわからない法則だった。


「で、話を戻すが……もう捕まえていいんだな。油断して逆襲をくらうのは看過できないぞ」

「今回は剣聖家に華を持たせて欲しいな。学生会の連中は25年前の英雄譚に憧れるのが多くて目に見えた戦果を欲しがって煩いんだ……どうせゴットハルトは小物の雑魚だし何もできないから餌にはちょうどいい」

「おい……そうやって油断して」


 エルネストが何かを言う前にセシリアは彼の耳元に口を近づける。

 唇が蠱惑的に開き、同時にわずかな香水と柔らかな体臭がエルネストをくすぐる。

 

「会議では否決されたけど、スヴェン様が独断で正規軍に協力を取り付けた。合図を送ればすぐにでも突入してくる……さすがに我儘な子供に命まで預けられないし」


 悪戯っぽくセシリアが片目でウィンクする。

 エルネストは顔を逸らした。


「動き出したぞ……」


 顔を逸らした先には件のゴットハルトが首を傾げながら剣聖家に挨拶廻りをしている。

 なぜか悉く無視され相手にされない。

 彼は自分の正体が露見していることが分かっていないらしい。


 無下にされるたびに屈辱に顔を歪ませていく。

 もはやクシャクシャにされた紙のようだ。

 そこには王族である自分に対して、名門とはいえ貴族階級が無礼を働いているという特権意識が大いに影響している。


「なんか、こっちが苛めているみたいだな」

「同情は禁物だよ。二年前の五月に市内で神剣魔法をぶっ放すテロ行為で17名殺害。しかも配下には捕まったらロゼちゃんの命令でやったと言うように指導していた」

「筋金入りのクズ……というかセコさの方が先に来るな」


 そうこうするうちにゴットハルトは壇上にいた。

 駆けつける八人の部下が彼を守るように前面に立つ。

 一人足りない……。

 エルネストは即座に残り一名見つけた。


 壇上からは影になる形で不自然に置かれた大人が二、三人ほど入れそうな大きな木箱。

 その箱を必死になって工具で開けようとしていた。

 護衛に八名も配置するなら、せめてもう一、二名は箱の方に回してやれよ。

 エルネストは呆れる。


「中身は不死者だよ……この前の合体魔犬よりも大分弱い」

「中身まで調べられているのかよ」


 ゴットハルトは時間稼ぎも兼ねてか熱弁を振るっている。

 曰く、女王陛下を支えるべき剣聖家のはずが王室を廃止するとは何事か。

 勝手に旗印にしたあげくテロ活動をしている彼らが言うにはまったく説得力がない。

 どうやら自分たち王族が無辜の市民を虐殺することで、王室の権威が地に堕ちるとはまるで考えていないようだ。

 剣聖家らも初めは物珍しさから演説に耳を傾けていたが、それは冷笑に変わり、今では退屈さが苦痛の域にまで達している。


 エルネストも同様だが彼が他人事でいられてのはそこまでだった。

 ゴットハルトの目が、自身と同じく王族であるロゼの姿を見とがめたのだ。

 つまりはエルネストの隣にである。


「まったく……裏切者の剣聖家に与するとは王族の面汚しめ……女王陛下が嘆き悲しむぞ!!」


 ロゼが母親の存在をチラつかされて一瞬動揺する。

 一方エルネストは戦慄した。


(こいつ……まさか第一王女の顔すら知らないのか。そこは「母親が嘆き悲しむぞ」だろ!!)


 ロゼは三歳ごろにバウムガルデン家にやってきた。

 故に「自主的に探さないと」成長した姿を知る機会はない。

 つまりはそれすら怠っていたということだ。

 不忠とかそういうレベルを超えている。

 利用しようとしている相手の事を調べることもしない。

 ゴットハルトという男……普段着で雪山に入るほど迂闊な男であるようだ。


「しかも従者は卑しき半不死人ハーフデッド……その腐れ切った朱色の目を抉り取ってやろうか」


 粘着質な笑みを浮かべて挑発するが、エルネストは怒る気にもならない。

 ただその低能ぶりに憐憫の目を向けるばかりであった。


「あ……珍しい。ロゼちゃんが「本当に」怒っている」


 エルネストがロゼの方を見ると、どこか拗ねた様な顔をしていた。

 目尻に涙が溜まっている。

 どこか幼い子供のようで……今まで見せた威厳ある怒りとは別種のようだった。


「いつも怒っているのは大半が演技なんだよね……やり返すと演技しないと「敵」がどんどん増長するって知っているから」

「そうなのか……」

「うん、これは一番槍は譲ってあげようかな……口が利けたら手足が一本ぐらいなくてもかまわないし」

「おっかねえ配慮をありがとうよ」


 顔を引きつらせつつエルネストが無視できない音を聞く。

 ついに箱が割れて中身を取り出せたようだ。

 間者の一人は汗だくになっていた。

 中から現れたのは人型の何者かその身体には巨大な懐中時計がいくつも絡まっている。

 だがそれはただのアクセサリーだ。

 本命はアクセサリーに隠された幾重にも身体に書かれた呪文。

 勉強不足のエルネストはそれが何か分からなかった。


「転送方陣!!」


 叫ぶように回答したのはロゼだった。

 瞬時に腰の神剣を抜き、斬りかかろうとする。

 だが方陣の発動の方が早かった。

 空間がぐんにゃりと歪む。

 それは瞬時に広がり、五メートルほどの円となった。

 

 待ちきれないように異空間をくぐって現れたのは黒い血管に侵食された巨大な蜥蜴頭。

 そして徐々に表れる本体。

 その大きさは武芸祭での魔犬よりもさらに大きい。

 そしてその重厚さ、存在感の巨大さはその比ではない。

 不死竜……アビスドラゴンと称され、大戦時の不死者としては最悪の魔物だった。


「ひぃぃぃ……箱の中身がちがぅぅぅ!!」


 情けない悲鳴を上げたのはゴットハルトだった。

 考える限り最悪の対応。

 不死者は音が聞こえない。だがどういう訳か弱者……この場合は精神的に動揺していて力を発揮できない個体を識別できる。

 第一ターゲットは決まった。


 口を開き飛び出すのは黒炎の息吹ブレス

 僅か数秒で壇上を覆いつくし哀れな王族と間者らを「焼き尽くす」。

 エルネストに見えたのは、強酸を浴びたかのように邪気で皮膚を肉を、骨を焼き溶かされる姿。

 壇上は邪気で汚泥のようになっていた。

 壁に穴が開き、外が見える。

 腐りはてて倒れているのは建物の外にたまたまいた不運な通行人だろうか。


「また俺の前で死人か……」


 やりきれないようなエルネストの呟き。

 今宵、祝賀会は地獄となることが決定した。

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