祝賀会・一
「ようこそ、祝賀会へ……」
浴場での一騒動から一週間
エルネストとロゼは新市街の中央にある大会場に来ていた。
主に貴族階級がイベントを行うドーム型の施設であり、およそ数百名を優に収容できる巨大な建築物だ。
今宵、「裏切者たる九剣聖の二家の粛清成功、および正式な「七剣聖」発足の祝賀会が行われる。
そしてその表向きの用事とは別に、この国の暗部たる王室廃止反対を旗印にした「王党派」を招き寄せて殲滅する作戦もまた準備されている。
わざわざ護衛を七剣聖の私兵だけに絞り、正規軍を排除したところからも徹底している。
七剣聖はお互いの私兵の顔など知らない。
つまりは部外者が紛れ込んでいても気づきようがなく、追い詰められた王党派が七剣聖の要人を暗殺するには都合が良すぎる。
この機を逃すのは余りに惜しい。
二か月半後の遠征で最後の拠点である地方の街を制圧されることが半ば確定している彼らにとっては戦局を挽回する最後の機会なのだ。
「とまあ、今晩は戦闘に心得のある生徒だけが大人たちの会合に参加できるってことだ……大丈夫か、ロスヴァイセ様。あの後に風邪を引いたらしいが?」
「貴方に騙されたせいで……」
ゴホゴホとマスクに手を当てて、ロスヴァイセが右目の翠眼で受け付けのハインリヒを睨みつける。
浴場での一件の次の日、ロゼは風邪を引き、一週間ほど寝込んでいたのだ。
看病という目的があった故に、エルネストもビビることなく同じ部屋で過ごしていた。
そしてなんとか体調を回復させたのが数日前。
今では動き回れるだけでなく、戦闘まで可能。
ただし、ぶり返しの危険は否定できない。
「エルネストがVIPルームを使用とした聞いて、俺は女を連れ込んだと勘違いしただけさ……俺の憶測に目の色変えて特攻したのはそちらの勝手だ」
「物はいいようですね」
「なんだよ、そんなに心配ならヤッちまえば良かったじゃねえか……いわゆる既成事実って奴だ」
ロゼは顔を真っ赤にする。
何が彼女を大胆な方向に走らせたかエルネストは分からないが、本質は奥手な方らしい。
「悪いな、俺は酒とセックスだけが愉しみの南部貧困地域の冒険者が親でな。低俗なのは親譲りで、それを悪いことだとは思ってねえ。俺としてはそんなに執着するなら一人ぐらいエルネストの子を産んだらどうだって思うがね……スヴェン様はお優しい方だ、あんたは地下牢送り確定らしいが、その子供まではどうこうしようとは思わねえぜ」
高笑いするハインリヒにロゼは赤面して言葉が出ない。
ハインリヒと言う男、口ではロスヴァイセ様と言いながらも、内心では見下している節があった。
言動と内心に大きな乖離がない、スヴェンやセシリアの方が余程マシであるかもしれない。
「気にするな……本命は来るかもしれない王党派の撃退にある。余計なことは考えるな」
「分かっています……お母様を利用する卑劣な輩を私は許しては置けません」
熾火のように彼女の瞳は燃えている。
その心意気に感心するが、エルネストは実の所、ロゼを戦力には数えていない。
場合によっては気絶させて会場から追い出すことも考慮している。
仮にあのベルンハルトが来るのであれば、ロゼなど足手まといだ。
なにせ件の男は大戦の英雄……。
戦姫と名高かった、かつてのジークルーネよりもさらに上手の存在だったのだから。
エルネストとて勝ち目は低い。
*****
会場では会食の準備が行われている中、知り合いが少ない二人は手持無沙汰になって会場をウロウロしている。
そんな中、その大きな肖像画に行きついたのは必然だったのだろう。
大きさは数人が並べるくらい、中身は甲冑に身を包み、右手には長剣を、左手には王錫を持った姫時代のジークルーネが、左右二人の人物に傅かれていた。
一人は老将ローベルト、そしてもう一人は黒く塗りつぶされて判別できない。
消しきれてなかった足元からローブが垣間見え、その人物が魔術士然とした人物が想像される。
消された人物は間違いなく、大戦の英雄であり現在は王党派を率いてこの国と敵対しているベルンハルトであろう。
ならば肖像画を描き直せと思いたくなるが、会場の管理者はそれで良しとしていた。
王家及び女王の権威など現在ではその程度のものであった。
「似てねえな……」
「……」
開口一番、エルネストは呟いた。
彼は本人と十年以上過ごしている。
肖像画とは似ても似つかない。
本人はもっとキツイ目つきで、柔和な笑顔など浮かべたことはない。
さらに肖像画はどこか生気の無いテンプレート通りの美女を模しているが、有体に言えば「俺の描きやすい美人」を顔だけ挿げ替えたようで不自然。
どうにも適当感が拭えなかった。
「しょうがねえだろう……一般人は女王陛下に謁見できないんだからよ。人づてに特徴を聞いたけど忖度した奴が多くて顔立ちを特定できない。結局、絵師が苦し紛れに描いたんだから」
左手に料理が盛りつけられた皿を持ってハインリヒが再び現れる。
「ほらよ、暇だろう……なんか食って時間を潰そうぜ」
礼儀にはやや欠けているが、食欲に負けたエルネストが皿の上のソーセージに手を出す。
しばし迷ってロゼがフルーツに手を出した。
「こんなまがい物よりも隣を見ろよ……こっちはまあ本物だぜ」
そう言ってハインリヒが指を指したのはジークルーネ姫の隣になる別な肖像画だった。
こちらもまた美形の中年だが、どこか退廃的な雰囲気を醸し出している。
悪く言えば覇気も何もないダメ人間。
逆に言えば、姫の肖像画と違って人間味が感じられた。
「ベオウルフ様か……」
「やっぱりわかるか……女王陛下のお父上。公式では不死教徒との戦いで命を落とした英傑とされるが、本当は何もできない無能者。だけど俺はある意味尊敬しているぜ……上は50、下は13まで手を付けた生粋の色狂い……犯した相手は数百人、だけど玉無しだったのか子供は二人だけだってな、ははは」
尊敬しているとしているが、どう見ても嘲笑しているとしか思えないハインリヒ。
何か恨みでもあるのだろうか。
一方、ロゼは複雑な表情をしていた。
彼女は祖父と会ったことはない、生まれる前に祖父ベオウルフは死んでいたからだ。
だが自身にその血が流れていると知れば、思うところがあるのだろう。
痛むように胸元を抑えるが、抗議はできない。
祖父が大罪人であることは疑いようがなく、そして罪は永遠に消えない。
彼女の中ではそれが真実。
(訂正してやらんとな)
25年の間に、どうも尾ひれがついたようだ。
ジークルーネの父ベオウルフは良くも悪くもそんな大それた人物ではない。
もはや広がりきった誤った噂は鎮めようがないが、ロゼの周囲だけは真実を知っていてもらいたい。
それがあの家で過ごした自分の義務であるとエルネストは確信した。
*****
「残念だが、その尊敬は間違いだ……あの方は少し女癖の悪いダメ貴族で、それ以上でもそれ以下でもない、手を付けた女の年齢は下は25、上は30……しかもその手の職業の女性で誰かを犯したり奪ったこともない。そんな程度だ」
「おいおい……ロスヴァイセ様を慰めない気持ちがあるのは分かるが、真実は捻じ曲げられないぜ。確かローベルト様が訳あって預けた姪のエリーゼ様にも手をつけたとか」
「十年過ごした俺が言う……それは間違いだ。ベルンハルトのクソ野郎が「エリーゼ様がベオウルフ様の子を妊娠した」との噂を流しただけだ。ベオウルフ様は関与していない」
さて何から話そうか、エルネストは思い悩む。
英雄の美名に驕ったローベルトが当主の兄を追い落とし、結果的に死なせてしまった。
残ったなんの罪もない一人娘エリーゼは殺したくないと、中途半端な慈悲を見せたローベルトだが、家臣たちはここまでやったのだから娘も殺せとの大合唱。
結局、仲介に入ったローベルトの友人だったベオウルフの元に預けられることとなった。
そして父の仇討ちに燃えるエリーゼは各方面に援助を求める。
そこで流れる「妊娠した」との噂。
エリーゼを支援する者たちの条件は、首尾よくローベルトを倒して家を取り戻したのならば、支援者の一族を婿に加えてその者との子供を次期当主とすること。
何も慈悲の心で助けるわけではない、代価の無い援助などありえない。
だが既に子供がいるのならばその前提が崩れる。
次期当主はその子供であって、婿養子との子供は二の次となる。
だが実の所、そんな噂など流す必要などなかった。
そもそも当時13歳のエリーゼでは英雄ローベルトの相手など務まらない。
元より援助を行う者も様子見が大半で、本気で彼女が勝つと思っていた者など極々少数。
言うなれば彼女を徒に貶める必要などなかった。
だが噂をローベルトは流した。
ベルンハルトの強い要望があったからであった。
「俺の調べた情報じゃ、エリーゼ様は犯されて自殺未遂を起こしたと聞いたが……」
余程真実がショックだったのか、ハインリヒが呆然としていた。
いつも不敵な彼にしては非常に珍しい。
「自殺未遂じゃないさ……うん、まあそう思われても仕方がないけどな」
当時を思い出してエルネストは額にしわを刻む。
妊娠したとの情報をエリーゼは即座に「ローベルトが」情報戦を仕掛けてきたと「根拠なき思い込みで」断定した。
そして彼女は対抗策を打って出したのだ。
曰く、街の広場で人を集めて腹を掻っ捌いて妊娠していないことを周知の事実と知らしめるのだ。
その後に縫合すれば無問題。さっそく練習してみましょう。
ある日の晩に部屋から聞こえるくぐもった悲鳴。開けてみれば腹から血を流す少女。
家に来て早くも友人となっていたジークルーネは腰を抜かした。
慌ててエルネスト、アンヘルは医者と治療系の神剣使いを呼び、その夜は大騒ぎとなったのだ。
一命を取り留めたのち、理由を聞いたジークルーネは「なんで?」を繰り返すばかり。
女遊び以外に関心を持たなかったベオウルフすら顔を引きつらせていた。
その後エリーゼは噂が風化するまでの数年間、厳重な監視下の元軟禁されることとなる。
「すごい……方だったんですね」
「その反応はナイスだ……だが良く信じたな。今までそれを部外者で信じた者はいなかったぞ」
素直に信じるロゼにエルネストは喜び半分もう少し疑えよ半分で応じた。
ハインリヒは無言。
考え込むと口を開いた。
「しかしなんでそんな噂を流す?」
「簡単だ、ベルンハルトは平民。大貴族出身のエリーゼ様とは結婚したくてもできない。だからエリーゼ様を貶める必要があったんだよ。エリーゼ様は家督をローベルトより奪い返すため自分の苗字が変わるのを嫌がった。つまり婿養子以外は認めるつもりはなかったから、貴族に相手がいなければ、妥協して平民と結婚する……そういう計算だったのさ」
「……」
「しかし未来の伴侶にそこまでするかね……俺もジークルーネ様もだから奴を「不誠実」と嫌っていた。だからと言って何か足を引っ張ることはしなかったけど、反りが合わなかったのは確かだな」
そう言ってエルネストは過去話を締めくくる。
ハインリヒは未だ放心状態だ、それにエルネストは疑問を抱く。
25+7年、32年前の過去を聞いただけでいささか衝撃を受け過ぎではないだろうか。
(エリーゼ様の知り合いか?)
エルネストは過去を漁り、エリーゼの知り合いの顔を順繰りに思い浮かべるが、すぐにそれが無意味な事だと悟った。
封印されていた25年の間に何があったのかエルネストは知る由もない。
それ以前に、エリーゼの事をそれほど知っているわけではない。
彼女と接していたのは同性のジークルーネが主であり、家から出た時にはベルンハルトの妻となっていたため接点などない。
ただ一つ、記憶に残るのは結婚式の前夜に屋敷で行われた送迎の宴。
当時、当主ベオウルフは不慮の死を遂げて家内部が混乱しており、代行として十代のジークルーネはその混乱の中でも年上の友人を少しでも祝福しようと懸命に務めていた。
エルネスト、アンヘルの従者もそれに倣ったが、今思えばかなりお粗末な内容だった。
だが友人の献身自体がエリーゼの心を動かしたのか、満足していたように思う。
あるいはそれで油断したのか、明日に行われる婚姻の儀のために訪れた婿となるベルンハルトに見せた顔。
策謀の末に女を手にした男を、まるで肉食獣が獲物を見定めたかのような獰猛な笑みで出迎えた。
ベルンハルトは己が成功に酔って気づかなかった。
ジークルーネ、アンヘル、エルネストの三人が気づいていた。
(ま、スヴェンの言うことを信じるならばエリーゼ様は亡くなったそうだがな)
別段、驚くことではない。
切腹の件もあって長生きできない人間だと思っていた。
きっと閃光のように短く輝かしい一生を駆け抜けたのだろう。
それに憧れる一方……絶対に真似したくないし、できれば近くにいて欲しくもない人物。
それがエルネストのエリーゼに対する真実の評価だった。
*****
「そう言えば、昨日の追試試験はどうだったのですか……寝込んでいて勉強を見てあげられなかったことを申し訳なく思うのですが……」
フラフラと会場に戻るハインリヒを二人は見送った。
その後、ロゼがおずおずとエルネストに問いかけてくる。
済まなそうな顔だが、元より彼女の責任ではない。
勉強をサボったエルネストが全面的に悪いのだ。
「それなりには出来たつもりだ」
「そうですか……では魔法学の補填にあたる論文の方はどうでしたか?」
「ああ、あれはな……」
とエルネストは数日前の事を思い出す。
論文をなんとか書き終えたエルネストは親友たるアンヘルに念のために一度見せたのだ。
結果は、半分も読まれないうちにアンヘルは目頭を押さえて沈黙してしまった。
そして長き静寂の後。
―――論文はこちらで何とかする……頼むからもうお前はおとなしくしていてくれ。
まるで十年ほど、歳を得たかのような悲壮な友の哀願にエルネストは頷く他はなかった。
「さすがにそのままとはいかなかったが、いろいろと添削してくれるそうだ……魔法学の合格は決まったようなものだ」
「そうですか……それは良かったです」
エルネストの誤魔化しに素直に喜ぶロゼ。
エルネストはアンヘルにどでかい貸しができたと戦々恐々としていた。




