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追憶・三

「この頃、ベルンハルトがわしをキツイ目で見るのだが……」


 武芸祭での襲撃より数か月。

幾度となく襲撃する不死者の群れを撃退し、連合軍は小休止を迎えていた。

 首都ヴェルダンディアから数十キロの地点まで戦線を押し返していたが、これが勝利と信じる者はいなかった。

 潜入させた工作員の情報から不死王が周囲の土地を穢して力を蓄え、多数の不死者を生み出していることが判明していた。

 知性なき不死者の王としては小賢しいことに、決戦を計画している様子。

 大規模な総力戦が間近に迫っていた。


 しかし逆に言えばこれは連合軍にとって僥倖ともいえる。

 不死者と違い、体力にも精神力にも限りのある人間にとって休息は必要だった。

 首都に帰ることはできないが、酒保商人による即席の施設が建てられ、末端の兵士による乱痴気騒ぎが続いている。

 しかし末端はそれでいいとしても、幹部クラスにまとまった休息はない。

やることはいくらでもあり、そして今日になってようやく午後半日のお休みが訪れたのだった。

 天幕の中にはお茶とお菓子。

 それらを四人の人間がのんびりと食んでいる。


「あの不誠実な男が何を考えているか、考えるだけバカを見るだけじゃ……ではないですか?」


 慣れない敬語を駆使するのは黒髪赤目の17,8くらいの青年だった。

 名はエルネスト。能力は偽頭による索敵。

 ジークルーネ姫の側近の一人。


「いや、どうもオレが聞いた話では、妻のエリーゼ様に寝物語でいろいろと吹き込まれているようだぜ」


 答えるのは黒髪黒目のエルネストと同年代の少年。

 名はアンヘル。潜入、破壊工作を得意としている。

 彼もまたジークルーネ姫の側近の一人。


「ああ、寝ている人間に話しかけると人格が変わるとかと言う与太話のことか?」

「エルネスト……そういう意味ではない。いや、そう思っておけ」


 二人はジークルーネ姫の従者。

 そしてその主人であるジークルーネは先程から紅茶で喉を潤し、一言も口を発しない。

 その不機嫌さは岩ほどに硬かったが、従者二人はいつものことなので気にしていない。

 主人の気難しさ、そして八つ当たりの激しさを知っており、距離を取る方針だ。

 なぜか慌てたのは老将ローベルト。

 取り繕うように強引に話題を変える。


「そんなことよりも、エルネストに関して苦情が届いているぞ。好き勝手にしているようじゃないか」

「俺は選ばれた存在の筆頭家臣だ……少しぐらい役得があってもいいだろうが」


 どこまでも傲慢に振る舞うエルネストにアンヘルが顔を顰める。


「不忠者め」

「浮気者よりはマシだろう」


 ベルンハルトとも好を通じていることを言外に指摘されてアンヘルが押し黙る。

 エルネストは童子のように勝利の笑みを浮かべた。

 そんな中、甲高い音を立ててジークルーネのカップがテーブルに叩きつけるように置かれる。


「今度は何をやったの……エル?」


 言い草は説教の類だが、その表情はどことなく嬉しそうだ。

 ローベルトが安堵の息を吐く。

 ジークルーネはベルンハルトを蛇蝎のごとく嫌っており、私的な集まりで話題に出すとほぼ確実に機嫌を悪くする。

 それを知っていたのだが、やや精神に安定を欠いていた老人はうっかりしていたのだ。

 と言うのも、この休息を利用して若い男と逃げたかつての若妻を探し出し、復縁のための使者を送ったのだがすげなく断られてしまった。

 一緒に送った多額の金銭も手を付けてくれず、使者として送った部下を命令不履行の角で左遷したが、心の穴が大きくなっただけであった。


「勝手に私の名前を使って幼年組を動かすのを止めてっていったでしょう。年齢一桁に勉強を教えてエル先生とか呼ばせたり、メイド服着せたり。それと生意気な子供の前に現れる首無しの亡霊ってあなたの事でしょう。子供がトラウマになったらどうするのよ……聞いている?」


 まるで洪水のようにまくしたてるジークルーネ。

 エルネストは正座して俯いている。


「クソっ油断した……」


良く見ればエルネストの腰に針のようなものが突き刺さっていた。

アンヘルの鍼灸術によって下半身を麻痺させられたのだ。

今度はアンヘルが蔑みの笑みを浮かべる。どうやら先ほどの意趣返しのようだった。


「のう……幸せな結婚というものを作るのがわしの使命じゃと思うのじゃが」


 唐突にローベルトが宣言する。

 エルネストは首を傾げ、アンヘルは思案顔。ジークルーネは何言いだしたんだこのジジイとキツイ目で睨みつける。


「わしにも原因があったが、良い夫婦関係を気づけなかった。じゃからわしは他の者には良い婚姻を結んで欲しいんじゃよ……とりあえず、この戦いが終わったら十組ほど結ぼうかと」


 恐る恐るといった喋り方は、さすがにこの提案が手前勝手過ぎると分かっているが故に

 だが幸か不幸か賛同者が二人も出た。


「素晴らしい考えだと思います、ローベルト様。ところでそれを手助けしたいのですが、そのためにそれなりの権限をいただけないでしょうか」

「まあ、モテない男には朗報じゃないか……いいんじゃないの」


 アンヘル、エルネストの賛同に気を良くしたローベルトが思いつきの策を実行しようと脳内で細部を詰めていく。

 満足そうなその顔を見てそれを見抜いたのか、ジークルーネが怒りを爆発させる。


「ローベルト様……繰り返すおつもりですか?」

「……」

「お父様の最初の妻を推薦したのはローベルト様だそうですが……繰り返すおつもりですか?」


 ローベルトの友人であったジークルーネの父ベオウルフの最初の妻はローベルトの推薦だった。

 件の妻は美しく、聡明であったが、いささか貞操観念に問題があった。

 結婚当初から不倫を繰り返し、それが露見しても開き直り、夫の不能を喧伝する厚顔無恥さ。

 王侯貴族という特権階級の妻の不義は極刑だ。

 先祖代々の利権の相続と言う問題が関わっている故に、托卵になりかねない不倫は許しがたい罪。

 だが夫のベオウルフは「自分も好き勝手やっているから」と特に罰則もなく離縁した。

 その後に産まれた男子の名はベルンハルト。

 だがさすがに嫡男とする訳にはいかず、父親と思われるベオウルフの認知を受けることができなかった。

 なお、ベルンハルトは母親の実家に引き取られたが、件の母親からは「再婚の邪魔」として物心つく前からかなり冷遇されたそうだ。


 ジークルーネはその事を暗に非難しているのだが、しかしその非難は主観が大きく混じっている。

 元々ベオウルフは浮気性であり、妻の不倫を叱責できる男ではない。

 「自分も好き勝手している」とは真実以外の何物でもないのだ。

 単純にジークルーネは父親を贔屓する傾向があり、それは大戦前に不死教徒によって父親が殺されるに至って美化まで加わった。


「う、うむ……ではやめておくかのう」


 一度怒れば、残忍な傭兵隊長ですら震え上がるとされるローベルト。

そのしょげかえった姿を見れば目を丸くするだろう。

だが孫娘同然に可愛がっている彼女に対し、ローベルトはすこぶる弱かった。

 責められた内容が内容だけになおさら強く出られない。


 結局、彼の「幸せ結婚作成計画」は白紙となった。

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