祝賀会前夜・二
「さて、どうするか……?」
エルネストの目の前には湯冷め?で風邪を引いて寝込んでいるロゼ。
熱を出して苦しんでいるのをどうにかしたいのだが、どうしていいかエルネストには分からない。
エルネスト自身が風邪を引いた時は特に何をすることなく、精々仕事をやや少なくして貰った程度でそのうち治るだろう、との対応だった。
だがさすがにそれをロゼに適応するのは何か違う気がする。
とりあえず、氷でも買ってくるか‥‥…そう思ったところで寮室のドアがノックされた。
「大丈夫……ぅ?」
のんびりとした声と共にドアがちょっとだけ開く。
隙間から室内を除く陰気そうな黒目。
エルネストが誰だと訝しむが、すぐに思い出す。
武芸祭のコロシアムで情報屋をやっていた黒髪で黒制服の女子生徒だった。
「オフェリア……来てくれたんですか」
熱に浮かされたか細い声をロゼが出す。
「誰なんだ……?」
「二年Bクラスの私の友達です」
「いたの……友達?」
エルネストの失礼な発言にロゼがムッとする。
「私にだって友達ぐらいはいます……Bクラスではビッチ扱いでぼっちだったそうで、ぼっち同士仲良くしませんかと言ったらそのまま友達に」
「あの発言、俺以外にも言ったのか!! ……それで怒られずに友達になったのか。意味が分からない」
状況の判断がつかず、次の行動がとれないエルネスト。
こんなことは、空間転移を得意とする不死者の上位種を相手にした時以来だ。
狙うのは自分たちか、あるいは後方陣地か。
思考が25年前の大戦時に戻りかけたことに気づいて慌てて現世に帰還する。
「ともかく入っていいぞ……別に斬ったりしないから」
「その言葉で安心する……ギーちゃんと違って私は荒事が苦手だから貴方が剣を向けたら対応できない」
「ギーちゃん?」
「ロスヴァイセは銀髪だから、ギーちゃん……センスいいでしょう?」
「ノーコメントで」
不穏な発言が多かったが、その手に果物と着替えを持っていたことでエルネストは警戒を解く。
汗で湿った衣服を取り換えるという事さえ思いつかなかったエルネストは、己の不甲斐なさに弱気となった。
「とりあえず、着替えさせるか‥‥…そのために」
「分かった、俺は部屋から出ておく……」
*****
ロゼの着替えが終わり、エルネストは部屋に戻った。
ついでに待機している間に氷も食堂から貰ってきており、それをオフェリアに渡す。
彼女は手慣れた風に氷水を作り、布を浸してその布をロゼの頭にのせる。
ロゼの荒かった息が先ほどと比べると明らかに落ち着いていた。
「そう言えば自己紹介がまだだったね。私の名前はオフェリア……Bクラス所属で情報屋やら占いやらの副業やってます」
果物を切りながら、オフェリアは自己紹介をする。
苗字を言わないのはこの学院では平民出身を意味する。
ようは家名を殊更に主張する必要がないという事だ。
「Bクラスは所謂、一般就職組で軍部系の仕事にはつかないんです……オフェリアは学生の段階で生計を立てているすごい人なんですよ」
「そう……私は実は実はすごい人」
やや興奮気味に友人を称賛するロゼ。
それに気を良くしたのか、オフェリアは両手でダブルピースする。
どうやら調子に乗りやすい性格のようだった。
「そうなのか……じゃ、試しに占いとかして貰っていいか」
「私の占いはYESかNOでしか答えられない」
「随分と限定的な占いだな」
「ちなみに的中率は50%」
「それもう占いじゃないよな」
「でも、格安だよ」
要するには適当なことを言って金を巻き上げているのだ。
大戦時代にもそれに近い怪しい商売はあった。
鳥の骨とかに申し訳程度の聖力を注ぎ込んで「聖遺物」扱い。
それを磨り潰して飲み込めば不死者が恐れて捕食されないとの名目。
「浄化スキル」持ちの小遣い稼ぎだ。
ちなみに効果は願掛け程度……一応はまったく意味がない訳ではない。
「話を聞くだけで儲けられるボロ商売のはずが……いつの間にか、愚痴を言いにくる場に。生々しい悩みとか持ち込まれて困っています」
「自業自得じゃないか」
傍目には虐められて傷ついた女子だが、内容を聞けば同情できない。
顔を隠してさめざめと泣く……いや、演技力が足りないのか涙は出ない。
「だったら辞めればいいじゃないか」
「でも情報は集まるんだよね……本人の秘密は他者に喋ると刺されるからできないけど、そうじゃない情報は物によっては結構いい値段に」
「商魂たくましいじゃないか」
「出身が孤児院で、剣聖家の権力争いで振り回されているから大変。いざと言う時にお金は持っておかないと」
オフェリアは孤児で、とある孤児院で養育された。
そして問題は件の孤児院だった。
剣聖家の権力争いに巻き込まれて出資者がコロコロ変わる。
そのたびに学院内でオフェリアが協力して良い悪いの学生が変わるのだが、彼女は基本的に権力争いに関係なく仲良くしてきた。
悪く言えば全員に保険を掛けたのだが、そうしたら今度は女子からビッチ扱いされてハブられてしまうことになった。
ちなみにオフェリアはロゼと同様に神剣使い。スキルは「治癒」。
直接的な攻撃力はないが、食いぱっぐれないという意味ではでは浄化スキルの次ぐ有用なスキルだ。
「大変だな」
「いやあ、それがさ……私を特に淫乱扱いした女子生徒が妹を貴族出身生徒に弄ばれて苦悩している知ったらまあ、許してやるかと」
「風紀委員は何をやっているんだよ」
学院の規律を守る風紀委員だが、ここでも剣聖家の権力争いの影響が出ている。
有体に言えば、風紀委員は委員長のスヴェン・フォン・バウムガルデンの勢力範囲。
つまりはバウムガルデン派閥であり、その派閥と敵対している家の子女は風紀委員に窮状を訴えることができないのだ。
スヴェン自身は公私を混同する性格ではないのだが、今度は身内からバウムガルデン家に尻尾を振ったとして最悪粛清されてしまう。
ちなみにバウムガルデン側とて問題がない訳でもなく、それなりに影響力を持つ人物は政争に勝つために協力が必要であり、好き勝手してもお咎めなしと言った滅茶苦茶がまかり通っている。
剣聖家筆頭であり、現状維持ではなく更なる躍進を目指しているため、他派閥よりも矛盾が大きくなっているのだ。
「早く政争が終わるといいんだけどね」
「大戦時は少なくとも表向きは協力し合ってたのに何をやっているんだか」
その後、適当に三人でおしゃべりをしてロゼの瞼が落ちかけてきた所でお開きとなった。
「じゃあ、ギーちゃんお大事に」
オフェリアが退室する。
しかし彼女はドアに手をかけた所で動きを止める。
オフェリアのおどろおどろしい声が室内に木霊した。
「一緒の部屋で寝るの?」
「エルネストさんは私に不埒な真似はしないと確信しています」
すかさずロゼがフォローを入れるが、オフェリアは思案顔だ。
「その信用はどこから……母親の使用人と言うだけでは弱いな。何か私の知らない情報を掴んでいるの?」
ブツブツと独り言を繰り返す陰気な黒魔女。
傍目には不気味で仕方がない。
ぼっちなのは誹謗中傷だけが原因ではないのかもしれない。
「ま、いっか……ここまで同室を許可したんだから何かあってもギーちゃんの自業自得か」
「ですから、エルンストさんはそんなことをする人でありません!!」
あくまでエルネストの事を擁護するロゼ。
オフェリアはそれでも疑わしげだ。
「幼少期の頃から周りが敵だらけ、親の負債を押し付けられても折れない心は素直に尊敬するけど、いくら貴方だって限界はあるんだからね。信用させてから落とす……そういうタイプもいるんだから」
オフェリアの話し方はどこか忠告するようだった。
ただし深入りはしない。
一定の線引きをしてそれ以上踏み込まない。
基本的には友人の意思を尊重するのが彼女の線引きであるらしい。
「では今度こそ、さようなら……また来るけどね」
そして今度こそは出て行った。
あくまで友人……王族だとか、スヴェンの婚約者だとか気にせずに接する彼女はなるほど本当に友人であるらしい。
その点がエルネストは気に入った。
「今日は傍にいるから、安心しろ。勿論、裏切るような真似はしないさ」
顔を赤くしたロゼが安堵するように目を閉じる。
そのままゆっくりと呼吸を整え……そして唐突に目を開けた。
「あれ、授業はどうするんです? それと勉強もしてくださいね、追試が近いんですから」
「今日ぐらいは看病させてくれよ」
「ダメです、言い訳にしないでください!!」
有無を言わさぬ態度にエルネストは言う事を聞かざるを得なかった。




