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祝賀会前夜・一

「と言う訳だ……祝賀会にて王党派を招き寄せ、殲滅する。できれば首魁であるベルンハルトを討ちたいが、この際幹部クラスでもいい……その分だけ二か月半後の遠征の犠牲が減ることになる」

「奴らがビビって襲撃してこなかった場合は……」

「それもまた良し……最大にして最後のチャンスを見送るようならば、もはや市井の不埒者でさえも王党派を見限るだろう」


 生徒主導で秘密裏に作られたバーにて行われたスヴェン主導の「七剣聖」の子息による会議は滞りなく行われた。

 元よりやるべきことは決まっている。

 いずれも参加者は己の武芸に誇りを持つ有力貴族の子息にして、25年前の大戦にあこがれを持つ夢想者。

 一応は実戦経験を持つが、そのほとんどが親が用意した「勝って当たり前の」出来レースを経験しただけに過ぎない張子の虎。

 だがスヴェンや顧問のアンヘルの尽力により現実的な方向へと軌道修正されていた。

 彼らの役目はあくまで「お偉いさんの子息も危険に身を晒した」看板でしかなく、本当に戦闘と言う名の実務を行うのは親が集めた熟練の兵士たちであった。

そのことに気付いていない者、気づいているが己の無力を知り沈黙する者、そして看板ではなく本当に参加できる者。

後者になるほど、その割合は大きく減少する。

そんな中、希少な立場にいる後者に属する不良学生・ハインリヒは一人思考する。


(呼んだがエルネスト・シュタイナーは来なかったな……どんな考えがあるんだか)


 彼が有する情報が確かならば、彼は大戦時の英雄たる「親衛隊」の一員。

 索敵だけが取り柄であり、ジークルーネの家臣ということで分相応の立場にいたとされるが、それでも英雄らの末席にいた人物だ。

 自分や同格の「英雄の子息」とは比較できる存在ではない。

 少なくとも武芸の腕前では、この集まりが一斉に襲い掛かっても三分の一は倒されるだろう。


(まったく……ご主人様のためにうまく付き合わないとな)


 そう締めくくり、彼はこっそりとワインで舌を湿らせた。

 学生の分際で酒か……生真面目なスヴェンが見とがめるが、叱責の言葉はついに出てこなかった。

 決戦は一週間後……との歓声が室内を蹂躙していたからであった。


*****


「あ、やべ……時間が過ぎている」


 浴場での激闘の後、エルネストはロゼを救助した。

 今彼女は制服を着て浴場に隣接する控室の床にぐったりと寝そべっていた。

 なんとか彼女に水分補給をさせたものの、このままタオル一枚で起き上がるまで待つか、服を着せるかで迷い、結果として約束の8時が過ぎてしまったのだ。

 会合は既に始まっているが、それ以前に彼女を一人にしては置けない。

 ここでまた迷い、現在時刻は9時。

 エルネストに団扇で仰がれて心地良さそうに寝息を立てている。

 そろそろ起こすべきだろうか……今になってようやく冷静さを取り戻したエルネストがまっとうな選択を思いついたころ、彼女がやってきたのだ。


 珍しく露出度の高い改造制服ではなく、既製品を着て現れたのは赤毛でポニーテールの少女だった。

 セシリア・ノール。

 スヴェンの義妹であり、愛人とも噂される彼女は同時に引き取られていたロゼとも幼馴染でもあった。

 

 浴場の外で警備する生徒に、今度は忘れることなく誰にも入れぬなと多めの手当てを渡していたのだが、いともたやすく入られてしまった。

 ドアの隙間から件の警備生徒が済まなそうな顔で頭を下げているが、そのポケットは妙に膨らんでいた。


「‥‥…」


 セシリアの灰色の瞳は今、ガラス玉のように何の感情も窺えない。

 まるで心の奥底を見透かすかのようだった。

 エルネストもまた応じた。

 互いに互いを探り、時間が過ぎる。

 先に目を離したのはセシリアの方だった。


「ロゼちゃんに手を出してないようだね」

「俺がそんな酷い奴に見えるのか?」

「私の情報が正しければ、エルネスト・シュタイナーは小さい子に悪戯する変態だとか」

「情報源には首を洗って学長室で待っていろと伝えてくれ」


 冗談めかして舌を出すセシリアはいつもの茶目っ気のある彼女だった。


「そっちもいろいろとあるんだろうけどさ……ロゼちゃんはスヴェン様の婚約者なんだからあんまり迂闊なことは控えて欲しいな」

「婚約者って言っても新居は地下牢らしいが……」

「そんなこと、私がさせないのに……ま、裏切った私の言うことは信用できないか」


 茶化しているものの、そこには自虐と確かな心配があった。

 エルネストはその様子を注意深く見つめる。

 スヴェンとセシリアの義兄妹は一心同体に見えて、ロゼに関しては意見を同じくしている訳ではないらしい。


「裏切ったと言うが、選抜戦での話ならばむしろロゼの方が過剰反応だと俺は思うけどな‥…お前がスヴェンのチームに入るのは当然の選択だろう」

「まあ、そうなんだけど。ほら、ロゼちゃん裏切りとかにトラウマ持ちだから……母親の従者だったアンヘル先生に縁を切られた時とか数日間引きこもっていたかな」


 セシリアの非難めいた視線をエルネストはあえて無視する。

 お前の友人のせいとか言われても知るか……ということだ。


「とにかくあのバカと違って、俺は忠臣だからな。ロゼが独り立ちするまでは面倒を見る。勿論、心配されるようなこともしない」

「お給料も出ないし、手を付けてもアウト。見返りもなく、よく頑張れるね」

「俺は他人より優れている特別な男だからな……うちの姫さんの娘ならば身内、身内を世話するのは当然の事。特別でない一般人と比べてもらっては困るな」

「そうやってはぐらかしますか」


 エルネストは本音を言っただけなのだがセシリアはどうも勘違いしているようだった。

 疑惑の目が彼を貫く。


「じゃあ、拾われた恩ってことにしておこうか……別に嘘をついているわけではないしな」


 エルネストは右手で自身の両の目を指す。

 朱色の瞳は、不死者の毒に耐性を得る過程で色素が失われた故だが、エルネストが産まれた当時は、母親が不死者と交わったという真逆な「常識」がまかり通っていた。

 ましてやエルネストはその度合いが強く、生まれながら空間魔法の使い手。「デュラハン」である。

 赤子の頃は義理として生かしてもらったものの、結局年齢一桁の段階で親に売られてしまったのだ。

 化け物を家族として見るわけにはいかない。

 当然のことだ。


 だがその事実をエルネストは悲観していない。


 ―――捨てられた理由があるだけマシじゃないか……オレなぞ、育児が面倒になったとかいうあやふやな理由で売られたんだぞ。この言いようのない感情をどこにぶつければいいんだ


 そう訴えるアンヘルをエルネストは憐れんだ。

 自分はまだ幸せな方だと思うと、なんだかその呪われた出自も受け入れる気になってきたのだ。


「逆に聞くが……お前もかなりロゼに執着しているようだけどな」

「幼馴染の妹分だからね……姉が妹を心配するのはおかしいかな?」

「……」


 反撃してあっさりと返り討ちに合うエルネスト。

 「口の戦い」での不利を悟り撤退しようとするが、セシリアは容赦なく追撃する。


「元はと言えば、貴方が悪いんだからね……ちゃんと部屋があるのになんで野宿するなんて斜め方向の行動を取るかな? ルームメイトのロゼちゃんが余程自分が嫌いなのかと落ち込んでいるよ、きっと」

「いや、男女の同室って……難易度が高いし」

「えぇぇぇぇ……それが理由?」


 あきれ果てたようにセシリアが素っ頓狂な声をあげる。

 恥をさらされたエルネストはさらにダメージを受けた。

 

 ちなみに粛清された二家の子弟が休学しており、寮の部屋自体は開いているが、エルネストの転室願いは今になっても受理されない。

 退学はほぼ確定だが、スヴェンが止めているのだ。


―――親の都合で退学になるかもしれないと苦悩する学生に寮の私物を送り付けるのは如何なものか……仮に退学が確定しても今期が終わるまでは寮室はそのままにする


「あのね……ロゼちゃんは人一倍人肌恋しい寂しがりやなんだけど、プライドと猜疑心が邪魔して素直に甘えられないの。神剣スキルの「封印」を使って抱いて寝るぬいぐるみの耐久を強化しても数か月でボロボロにするくらいなんだから」


 セシリアはフォローしているつもりなのだろうが、ロゼが聞けば斬りかかりかねないプライベートの暴露が続く。

 エルネストはそれに抗議もできない。

 今の彼は子ネズミほどの発言力もなかった。


「仕方がない……手を出さないという条件で、同室を許可しましょう、いや強制しましょう」


 何が仕方ないで、許可しましょうなのか。

 疑問点はいくらでもあったが、エルネストは沈黙を続ける。

 力の差を理解したからだが、なによりもセシリアが「気づいてしまった」ことに彼は気づいてしまった。

 背中に嫌な汗が流れるのを止めることができない。


「なんかロゼちゃん、湿ってない……と言うか、濡れている?」


 ぐったりとしたロゼは上着の隙間やスカートの裾から雫が垂れている。

 まるでお風呂上りの後、ロクに身体を拭かずに服を着ていたかのように。


「いや、ほらさ……気絶した人間の身体を目をつぶって拭くって難易度が高いじゃないか」

「へぇぇぇ…………………………」


 ジト目で睨みつけるセシリア。

 彼女は徐にロゼのスカートを持ち上げ、中を覗いた。

 ついで湿った上着も見やる。

 数十秒後、彼女の目には烈火があった。


「上着とスカートを見ないで着せるのが精一杯だったというか……すみません」


 その目に宿る炎にエルネストは気圧され、今にも頽れそうだった。

 セシリアは今や下着を穿かずに上着とスカートを着た特異な格好の妹分を庇うようにエルネストの前に仁王立ちする。


「着替えさせるから、出ていってくれない……変態」

「はい……」


 力なく答えると、エルネストはトボトボと寮に帰っていった。

 後に聞くと、ロゼを炊きつけた容疑で性的な倫理観に乏しいハインリヒが何者かに締め上げられたとの情報が流れたが、公的には犯人は不明とされる。

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