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退学予定者・四

「走って行っちゃったけど、大丈夫かな?」

「今更かよ……あのよ、今の流れだと「女遊びに邪魔だからお前どっか行け」と言われたと勘違いしてもおかしくないぞ。ただでさえ親からの無関心と周囲の裏切りで性格がねじれているのに、両方のトラウマを的確に踏み抜きやがって」


 非難めいたハインリヒにエルネストは何も言えない。

 今回の勉強会、こんなんばかりである。

 俺は剣を振るうのだけが能という言い訳が空しく響く。


「お前、ジークルーネ様の筆頭家臣だったんだろう。俺が聞くにあの方……も面倒くさい性格していたそうじゃないか。その時の経験を活せないのか?」

「あの時はエリーゼ様がいたから……」


 ローベルトの姪であるエリーゼ・フォン・バウムガルデンは父の死後、ジークルーネの父親・ベオウルフ卿に保護されていたのだ。

 ジークルーネにとっては幼馴染であり、幼少の頃に社交界で虐められて以来女性不信のきらいがあった彼女のほぼ唯一の女友達でもあった。

 

「そう言えばそうだったのかな……ま、ともかく頑張れな。なんなら縁を切ってもいいんだろうけどな」

幼馴染ジークルーネの娘だからな。ほとんど身内も同然……見捨てたりはしたくないな」

「幼馴染……?」

「いや、主君の娘を見捨てるのはどうかと思ってな」


 幼馴染という言い方に訝しむハインリヒを見て、エルネストが言い直す。

 事情を知っているアンヘルならともかく、対外的にはジークルーネはもはやエルネストとは違い殿上人。

 未だ面会も敵わないほど身分に差がついてしまったことにややエルネストは切なくなる。


「ともかく俺の目的は、ロゼが軍やら他の剣聖家入りして婚約破棄できるように手助けすることだ。多少面倒くさい性格だろうと見捨てたりはしないよ」

「ほう……しかしそれは選抜戦で俺らに勝つことが条件だぞ。大きく出たじゃないか」

「勝てるさ……お前ら三人が相手でもな。だが安心しろ、俺はお前とセシリアだけを相手にする。スヴェンとはロゼが決着をつけるさ」

「せめて三人目を用意しろよ……ロスヴァイセ様に友達がいないみたいじゃないか?」

「実際、いなさそうだよな」


 軽口を叩く二人。

 まあ、大したことは起らないだろう。

 それが二人に共通する見解だった。


*****


 勉強会があった日もまたエルネストは遅めの鍛錬の後、野宿し朝方に入浴して授業に出た。

 本日の授業は文系と数学が多く、魔法学は少なめ。

 そのせいか、いつもは寝るかぼんやりとしていたエルネストは真面目に授業を受けていた。

 その光景に教師らが目を丸くしたがそれはともかく、エルネストは隣の席のロゼからの強烈な視線を受けていた。

 充血している翠眼、険しい表情……まるで激戦を潜り抜けたような気迫にエルネストはびびる。


(な、何をするつもりなんだ……)


 視線に耐えかねてロゼの方を見るが、彼女は首がもげるのではないかと不安になるほどの速度でそっぽを向く。


(ま、多分大丈夫だろう)


 目先の問題を先送りしたエルネストは、あえて楽観的な予想を信じることにした。

 そして昼食。

 ロゼの監視が突如としてなくなり、安堵したエルネストはビュッフェで舌鼓を打つ。

 ロゼは食堂でのバイトをバリバリこなしていたようだった。

 アルバイト二人が無断欠勤したからという情報が流れたが、真実は真逆。無理を言ってロゼが夕食のシフトを変わって貰ったというのが正しい。

 着々と夜の決戦に備えていた彼女に対し、エルネストは無策であった。

 そうして全ての授業が終わり、夜の会合に向けてエルネストは本日二度目の入浴に入る。

 そこをロゼに襲撃された。


「今晩の会合……私にも参加させて欲しいのです」


 身体を洗い、のんびりと湯につかっていたところに突如として現れた銀髪の少女。

 服装は大きめのタオル一枚。

 首元から膝頭までがっちりガードしているが、そのせいかタオルの端から除く、小柄な体型に比してむっちりとした太ももが強調され、煽情的でさえあった。


 この学院は上流階級の子弟を集めるためもあって設備には力をいれているが、風呂もその一環だった。

 エルネストには良くわからない大陸の最新技術を駆使した大浴場。

 たまに貴族の父兄が密かに入りに来ると言われるほどの充実した設備。

 その中でもVIPルームはさらに凄い。

 そんな噂に惹かれてエルネストは特別料金を払って入室したのだ。

 数十人規模の大浴場に対し、VIPルームは数人程度の個室で防音完備、控室も存在し、そこに飲み物が常備されている。

 逆に言えばその程度の違いしかない。

 お金を払えば入れるということは、誰でも入れるということ。

 他者の入室拒否分の上乗せ分をケチったエルネストは己の所業を後悔していた。


「私もある程度、剣が使えます……確かに女遊びには邪魔でしょうが、その時はちゃんと部屋の外で待機していますから。連れて行ってください」


 エルネストの行動を勘違いしたロゼの暴走は止まらない。

 まるで捨てられそうな子犬のような眼差しで縋りついてくる。

 だがあくまで権謀に関わらせたくないエルネストは詳細な情報を伝えることなく拒否することに決めた。

 と言うよりもまともに話を聞いてくれそうな感じではない。

 連れていくか否かならば、否を選ぶ。

 あるいは、エルネストは意地になっているのかもしれなかった。


「とりあえず、服を着てきたらどうだ……顔が真っ赤だぞ」

「あ、いえ……入浴の時間は限られていますし、エルネストさんを説得しなくちゃだし。一日の汚れを落とさずに寝るのは嫌だし。ともかく同時にこなすほうが合理的ではないかと!!」

「お前が混乱しているのは良く分かった」

「下に水着代わりに薄手のワンピースを着ているので大丈夫です」

「それ濡れても大丈夫な服装じゃなくて、水に落ちても沈まない服装だからな。肌に張り付いて隠す用途には……もういいや」


 もはや思考放棄の体勢に入ったエルネストが盛大にため息をつく。

 ため息をつくのが癖になりそうだった。


「ともかく、控室で続きを話そう。とりあえず入浴を終わらせろ」

「は、はい」


 羞恥で真っ赤になったロゼがコクコクと頷く。

 身体を洗う場所は浴場から丸見えだ。

 そしてタオルを取らずして身体を洗えない。

 位置的にエルネストは鑑賞し放題なのだが、さすがにそんな真似をするつもりはない。


「俺は後ろを向いているから、とっとと洗ってしまえ」


 ぶっきらぼうにそう言うエルネストだが、その実、この状況にアタフタしていたのは彼も同じだった。

 浴場から外に出るにはロゼの横を通らなければならない。

 そんな度胸などない彼はそのままのぼせるのを覚悟で風呂に浸かり続けるしかなかったのだ。


*****


(そんなに追い詰められているのか……)


 どうにもロゼはこちらが知らない何か隠しているような気がする。

 そうでなくば、この「懐き方」はあり得ない。

 後ろでお湯が流れる音、何かをこする音が響く。

 皿洗いの音と変わらないのだが、それが何かを知っているだけで頭が沸騰しそうだった。

 口元を無意味にモキャモキャさせるエルネスト。

 現在のエルネストはデュラハンの特質を利用して偽頭を装着している。

 偽頭に顔を紅潮させる機能がないのが本当に救いだった。

 空間魔法によって仕舞われている本当の頭はさっきから彼女には見せられないほど動揺していたのだ。


「洗い終わりました。今からそっちに行きます」


 ピチャピチャと足音が徐々に近づき、それがエルネストの真後ろまで達する。

 お湯に波が立ち、ロゼが入ってきたのが分かった。

 意を決してエルネストが振り向くと、ほんの数十センチ先に首元までつかった彼女がいた。

 透き通るような白い肌を湯温によってほんのりと朱く染めていた。

 身体に巻いたタオルを両手できつく締めているため、ほとんど顔しか見えない。

しかしそれが故に断片的な情報がより強調されているのだ。

髪の隙間から除くその惚けた右目が、髪をまとめたことにより強調されるうなじが色っぽい。

 誘惑している……そう思われても仕方がない状況だった。


「お前……いつもこんなのか? 異性と入浴したり」

「そんなことする訳ないじゃないですか」

「なら、俺ともそういうことは止めておけ、俺も一応は男だぞ」

「エルネストさんが私に不埒な事をしないことは確かな情報筋で判明しています」


 その情報網を暴いてやろうと固くエルネストは決意する。

 ロゼにろくでもないことを吹き込んだであろう何者かを締めてやる。

 しかし差し当たってはこの状況をなんとかすることであった。

 先に風呂から上がるという勇気をついにエルネストは持てなかった。

 ロゼが上がるまでのぼせないかどうか、それが生死を分かつ。


 だがその心配は無駄に終わった。

エルネストが目にしたのはブクブクと沈んでいくロゼの姿だった。

 睡眠不足と過労、極度の興奮状態に熱い風呂と、悪条件が重なって彼女は意識を保てなくなったのだ。


(勝ったな……)


 勝利の余韻を噛みしめながら、エルネストは即座に救助を始める。

 ロゼは完全にのぼせて、意識が朦朧としていた。

 彼女の背後から脇に手を差し入れ、持ち上げる。

 お湯を吸ってぐっしょりとしたタオルがずり落ちた。


 着やせするのか、思っていた以上に大きかった胸。

今現在、その谷間の奥までエルネストの目に映っている。

 

「嘘つきめ……」


 眉間にしわを寄せながら彼は呟いた。

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