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退学予定者・二

「学問に王道なし……この一週間たくさん勉強しましょう」


 その日、夕食の後。

 食堂を借りきったロゼによる勉強会が開かれた。

 なお、この学院で何の権力もないロゼが食堂を借りれた理由は、単に業務後の掃除当番を代わって貰っただけであった。

 ロゼは興奮のあまり頬を紅潮させている。

 力になれることがうれしいのは分かるが、いささか過剰ではないかと当のエルネストは訝しむ。

 だが退学を前にして些細なことなど気にしている余裕などない。


 目の前には二年どころか、一年の教科書が山のように積まれている。

 これらを理解するまでエルネストに安息の眠りはないのだ。


「エルネストさん……蛇は食べられますか?」

「手足の無い鳥だと思えば行けなくも……もしかして滋養のつもりか?」

「はい……これは決戦です。栄養を補給して一週間の死闘を制しましょう」


 目をキラキラさせながらロゼは非情な決定を宣う。

 ロゼは料理が下手と言う訳ではない。むしろ上手な方である。

 一通りの物は作れる。北部出身のためか、肉とパンを用いた料理のレパートリーが多いが、本人は甘味と野菜料理の方が好きであった。

 ただし冷静さを欠くと専門外に走っておかしくなる。

 口ずさんだ食材と料理の内容は何を勘違いしたのか、精力増強効果のある物ばかりだった。

 ほうれん草やらニンニクやら、今のところは野菜中心なところが救い。


(覚悟を決めなければならないのか……)


 言いようのない圧力に屈したエルネストは、大戦の頃の記憶を呼び戻して気力を奮い立たせようとする。

 そんな最中、鍵を二重にかけてなぜかチェーンまでつけた食堂の扉が開かれる。


「え……」


 驚くロゼ。

 入ってきたのは鍵を持ったセシリア。切断用のナイフを持ったハインリヒ。

 そしていつも通りの不機嫌顔のスヴェンだった。


*****


「無様なものだな……」

「何をしに来たのですか?」


 心底馬鹿にしたようなスヴェンに、敵意を隠そうとしないロゼ。

 婚約者同士は今日も険悪だった。


「アンヘル先生に泣いて頼まれて勉強を見に来たんだよ」


 今にも戦いが始まりそうな空気を混ぜ返すようにセシリアのあっけらかんとした声が響く。

 アンヘルと仲の悪いロゼは警戒心を緩めなかったが、エルネストはそれで気を許した。


「後でお返しをしないとな」


 軽い感じの言いざまにスヴェンが目を細める。


「前から思っていたのだが、随分と仲がいいのだなお前らは」

「大戦のころからの戦友同士だからな。ちなみにお前の親父のランドルフともな」


 エルネストにとってはなんてことはない事実。

 だがスヴェンの顔に驚愕が浮かぶ。

 ローベルトの事といい、大戦の頃の真実は随分と歪められて伝えられてきた様子。


「だとすると本当の年齢は40代か」

「いろいろとやらかして女王陛下に封印されていたんだよ……だからそんなに年はいってないぞ」


 さすがにロゼ息子スヴェンの前で理不尽に陥れられたとは言いにくい。

 ここは泥をかぶるのも承知で「罪を犯して封印された」という設定でいく所存だった。

 本当の罪人なら処刑されているはずだし、あえて封印と言うと手間のかかる刑罰を取られた特別感がなんとなく気に入り、エルネストは勘違いされることも悪くはないと思っている。


「とりあえず、17としておこうか……学院の二期生であることだしな」

「若作りが過ぎませんか?」


 なぜかスヴェンよりロゼの方がより強い不審の目を向けている。

 が、年かさに見られること自体は嫌いではないのでエルネストはあえて反論しなかった。

 実はエルネストの本来の顔は童顔で、実年齢よりも幼く見られることを気にしているのだ。

 ちなみにもったいぶった言い方をしたが、一応17は実年齢であった。


「スヴェン様……とりあえず詳しいことを聞くのは後日にしましょう。今はこいつの勉強方針を決めませんと」

「そうだな……」


 何か名残惜しそうな顔をしていたが、それを振り払いスヴェンは紙束をテーブルに広げる。

 それはエルネストの中間試験の答案であった。

 この一週間にそんな試験あったか? エルネストは思い出そうとしたが思い出せなかった。

 教科書をまともに開いたことがない彼の頭の中にそんな単語はもはや存在していないのだ。


*****


 学院の科目は大きく分けて「文系」、「数学」、「魔法学」の三つに大別されている。

 文系で言語や史学、数学で算術全般、そして魔法学で神剣や神学などを学ぶ。

 三つ全てで規定の点数を取らなければ退学となる。

 ただし仮に失敗しても追試があるし、最後の救済として審議がある。

 よほどの事がなければ退学になどならない。

 そのはずである。


「これはひどいな……」


 言葉は少ないが、その表情でスヴェンが衝撃を受けていることが誰の目にも分かる。

 引きつったその顔は今にもクシャクシャになりそうだった。


「一週間でどうこうできるレベルでは……いや、文系は大丈夫だな」


 衝撃を受けたスヴェンはすぐに立ち直り、エルネスト追試突破の戦略を考え始めた。

 まず初めに文系部門……エルネストは南部出身で北部育ち、そのおかげでバイリンガルなのだ。

 外国語扱いの南方言語はほぼ完ぺき。また史学は当事者であるためその方面でも明るかった。

 それでも赤点なのだが、追試は本試験より内容が易しくなるため、普通にやれば合格点に届く。

 数学に関してスヴェンは型通りの戦術を提案した。

 曰く、公式を徹底的に覚えて基本問題を完璧に解く。応用問題は諦める。

 これによって二科目の攻略方針が決定した。

 そして残るは魔法学。これが難問であった。

 そもそも25年前にはなかった部門であり、エルネストに分かるわけがなかった。

 ただし、それを差し引いてもエルネストのやる気の無さはひどいものだった。


「基礎的な知識すら覚えていないな。当たっているのは選択式のまぐれ当たり。せめて記述問題は白紙で提出するな。お情けの端点すら貰えない事がどういうことか考えろ」

「……」


 スヴェンの深い深いため息。

 エルネストは返す言葉もない。


「スヴェン様、どうしますか? セシリア様は実技で追加点を狙えますがハーフデッドのエルネストはダメでしょう」

「ハーフデッドの神剣スキルは耐闇……残念ながら評価範囲外だ。まさか不死者を持ってきてどれくらい耐えられるか試すわけにもいかんしな……いや、そうか」


 何かを思いついたスヴェン。

 エルネストの横でロゼはどこか憔悴しているようだった。

 エルネストの勉強方針を何も思いつかない自分に焦っているようだった。


「ハーフデッド及びデュラハン……つまり自分について論文を書け。それを研究畑の教師に送って置く。そうすれば審議で票が割れるだろう」

「どういうことだ」

「審議の決定をするのは学院の教師……だが彼らは教師としての顔だけでなく別の顔も持っている。そこが狙い目だ」


 出来の悪い生徒を相手にするかのように偉そうな態度でスヴェンは説明する。


 要するに退学させるには惜しいと教師陣に思わせればいい。

 ここで重要なことはあくまで審議を突破するのではなく、審議決定の保留と言う形にすること。

 特別な理由があったとしても、学業不振なのに退学回避は依怙贔屓と避難されるため教師らも選択しにくい。

 若く功名心の強い研究員にとって、研究の進んでいないハーフデッド、特にデュラハンの検体など垂涎の的なのだ。

 彼らを味方につければ意見がまとまらず審議の決定を先送りにできる。

 そして教師らとて一人の生徒にいつまでも関わっていられるほど暇ではない。

 一度先送りされれば、次の審議は数か月後の学期末試験の後になる。

 学期末試験でそれなりの点を取れば有耶無耶にしてもらえる。


「つまり俺に実験体になれと……」

「気に食わなければ審議が先送りになった段階でしらを切ればいい。印象が多少悪くなるが一生徒にそこまで目くじらを立てはすまい」

「……そこまで想定しているのか」


 エルネストは文字通り、ぐうの音も出ない。

 これが完璧かどうかは分からないが彼には考えつかない方法だった。

 特に政治的な方法を交える手法……バウムガルデン家次期当主の面目躍如といったところだった。


「セシリア用に用意した追試予想問題を置いていく。しっかりと勉強することだな」

「…‥分かった」


 そう言ってスヴェンはセシリアの元へ戻ろうとする。

 だが思い出したかのように振り向く。

 その顔は少しだけ微笑んでいるようだった。


「実技系の教師はお前の退学には反対の意思を示している……審議は明るいぞ、ではな」

「……?」

 

 スヴェンが何を言いたいのか分からず首を傾げるエルネスト。

 そんな彼に苦笑したハインリヒが近づいてきた。


「スヴェン様はな、お前が学院に進軍してきた不死者を足止めしたことを感謝しているんだ。ただお前の素性が分からないせいで警戒を解かないだけでな」

「分かりにくい好意だな」


 なんという面倒くさい奴。

 エルネストは半ば呆れたが、横でキノコが生えそうな程に負のオーラを出しているロゼを見てその考えを改めた。


「私……何の役にも立たない女なのでしょうか」

(こっちに比べればまあ許容範囲か)


 エルネストは頭をガリガリさせてロゼをどう慰めようか考える。

 勉強とどっちが困難な問題か、なかなか判断が難しい。

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