退学予定者・一
夕方を超え、夜の闇に包まれた学院近くの林で奇妙な存在が剣を走らせていた。
学院の制服に身を包み、右手には神剣。
神剣を所持できるのは、それ相応の資格を持つ者だけ。
言わば不死者と戦う騎士階級の上位であり、それだけで人々の尊敬を得られる。
だが頭と胴が分かたれている事実がその特権を台無しにしていた。
これではただの神剣をもった化け物だ。
首無騎士……生まれつき空間魔法を取得しており、頭と胴が血肉ではなく魔法の奇跡で繋がっている人間の一変種。
偏見に捕らわれた者は不死者と母が結ばれた存在と蔑み、とある一学閥は人が魔法に特化して進化した存在だと主張する。
しかし例え後者が真実だとしてもデュラハン自体にあまりメリットがない。
鶏に大きな翼をつけても空を舞えるわけでもなく、むしろ走るのに邪魔になるだけであった。
それが進化の一方向だとするならば、デュラハンは進路を間違えたか、その途上。
出自だけで生きることに不利を強いられる。
唯一救いがあるのであれば、デュラハンとして生まれた「彼」は自分の出自をそれほど悲観していない事だろうか。
その者の名前はエルネスト・シュタイナーと言った。
*****
胴と別れた頭部は、白髪の長い髪を糸玉のように頭に巻き付けており、それを器用にも肩に乗せている。
緩やかなに剣舞を行う間も、頭部自体は微動だにしない。
見る者が見れば、それだけで一流ものだと推察するだろう。
身体制御の極致たる奥義「最善手」……その免許皆伝の域にあと一歩まで近づいている。
(最後の一歩があまりにも遠いんだけどな)
首無しの何者かはエルネストであった。
不死者襲撃事件より一週間余り。
昼間はロゼと授業を受け、夕食後にこうやって人の来ない適当な場所で剣の修行をしていたのだ。
修行自体は大戦の頃から日常的にやっていた。
だが今の彼は当時よりも意気込みが強く感じられる。
全体的に身体がなまっていたからだ。
25年の封印は、エルネストの身体を確実に弱体化させていたのだ。
しかしその程度で済んだことじたいが実の所、奇跡の類だった。
普通は干からびた木乃伊になっている。
そうならなかったのは、エルネストの体力、ジークルーネの卓越した封印術。
そして恐らくは「神剣」の存在。
目覚めたとき、エルネストは神剣より伸びた幹やツルに覆われていた。まるで揺り篭に抱かれているかのように。
幼馴染や友人ら三人に裏切られた中、この神剣だけが裏切らなかった。
(俺が死んだら、その死体は神剣の苗床に埋めて貰いたいな。そうして俺は神剣と共に生き続ける)
エルネストは神剣を正眼に構え、委ねるようにゆっくりと目を閉じた。
まるで眠りに落ちるように他の五感も少しずつ閉じていく。
聞こえるはずのない風の声、見えることのない大地の息吹、感じることのない人々の感情。
(今晩の監視は3人か……)
初日より気づいていた無粋な観客。恐らくはスヴェンの手の者。
索敵に集中した状態なら、彼らの緊張した、あるいは剣舞に見ほれる感情が読み取れる。
それどころか、三人のうちの一人がここ数日、同じ人物である事すら分かるのだ。
やや不満そうな感情は、監視役を押し付けられたせいか。
時間にして一時間ほど、剣の修行を含めて数時間の日課を終えたエルネストは野宿の支度を始めた。
ロゼとの相部屋の解消を訴えたのだが未だ改善されていない。
そのため、エルネストは寮に戻らず夜は学院内のどこかで寝ることにしていた。
年頃の男女が同じ部屋で寝るなどありえない……と言い訳しているが、実際は単にビビったからであった。
(剣聖家同士が潰し合い、勝った七家が祝杯をあげる、か……どこまで腐っているのか。大戦のときは少なくとも表面上は結束していたというのに)
時の流れの残酷さにエルネストは思い悩む。
祝賀会の日程はおよそ一週間から十日後。
それまでに少しでも身体を戻しておきたいのだ。
(何もなければいいんだけどな……)
心配する声を胸に、エルネストは今日も外で熟睡し始めた。
*****
次の日は休日だった。
たまたまロゼのバイトがない日であり、今ではアンヘルが我が物顔で寛いでいる理事長室に早朝集められた五人の生徒。
エルネストにロゼ。そしてスヴェン、セシリア、ハインリヒ。
二人と三人。ロゼ側が一人少ないが、これは二か月後の選抜戦で激突する両グループの顔合わせに近かった。
休日に呼び出されて不愉快なスヴェン、いつもは惰眠を貪っているセシリアは眠そうに目をこすり、何かを予期して愉しそうな寮監・ハインリヒ。
エルネストとロゼは、共に平常通りだった。
「ここに呼ばれた理由がわかるか、バカ者ども」
五人よりもなお不快の度合いが大きいアンヘルは、初めから詰問の姿勢だった。
彼としても五人を集めたのは不本意極まりない事態のようだった。
「アンヘル先生……時間が惜しいです。用件だけを言ってもらえませんか?」
慇懃無礼とはまさにこのこと。
学院内では先生と生徒だが、バウムガルデン家内部では次期当主と使用人の関係になるスヴェンは言葉こそ丁寧だが、実情は命令だった。
アンヘルは一瞬、殺意を込めたが、益体の無い喧嘩は無益と見て、本題に入り始めた。
その目線は、エルネストに向けられている。
「端的に言おう……エルネスト、数日前に行われたテストがあまりに悪かった。成績不振で退学の危機だぞ、お前」
「俺は選抜戦に出れればそれでいいのだけどな」
「退学になって生徒でなくなったのに選抜戦に出れるわけないだろう、馬鹿タレが!!」
まったく事態を理解していないエルネストにアンヘルは怒りを爆発させた。
それは激しい炎と言うよりも嘆きに近い。
この学院はバウムガルデン家が経営する私立の学校であり、素行不良者や成績不振者には厳しい罰則が科せられる。
元々、騎士という実力だけでなく品行まで求められる組織に生徒を送るのが目標なのだからそれは当然のことだ。
学院にいる資格のない者は退学処分となる。
特にエルネストは強引な手段で入学した経緯があり、実の所、学院内部でも不満や不審の念が強かった。
そしてここに来て成績不振。
体調不良などを考慮して退学処分の前に審議が開かれるのだが、その場合には入学経緯を確実に追及される。
そうなるとアンヘルでも庇いきれない可能性が高い。
そういった内容を長々と聞かされる内にエルネストもようやく事の重大さが理解できたようだ。
エルネストはそれでも表情を変えなかった。
だが微妙に目が泳いでいるし、両手を握ったり開いたりを繰り返している。
今の彼は本来の頭を隠し、黒髪の偽頭を装着しているが、それでも動揺は隠しきれない。
だが彼はまだマシだ。
隣のロゼなど顔を青ざめ、身体をフラフラさせている。
今にも卒倒しそうだ。
二年飛び級で、その上Sクラスの中で上位の成績を維持する彼女にとって赤点で退学とは想定を遥かに超えていた。
隕石が頭に落ちてきても、ここまで衝撃を受けはしない。
「ハハハ、スヴェン様……選抜戦での俺らの勝利は確定しましたね。勝手に相手が自滅してくれました」
下品な笑いをするのはハインリヒ。
それにセシリアが追従する。
「本当です、スヴェン様……Sクラスの恥さらし。Sクラス一のバカとでも言いましょうか、エルネスト・シュタイナーは」
口元を抑え、一応は上品に笑おうとしているものの、嘲笑していることが明確なセシリア。
彼女に対し思うところがあるロゼが、正気に返り彼女を睨みつける。
スヴェンはただ蔑みの視線を向けるだけだった。
生真面目な彼にしてみれば、努力不足で脱落する同級生など唾棄すべき存在でしかない。
だがその蔑みの視線も長くは続かない。
ふと何かに気づいたかのように、目を細めて次いで傲慢な彼にしては珍しく懇願するような目をアンヘルに向ける。
いつもは足蹴にされているアンヘルはしかし、意趣返しする機会を活用することなく、その懇願に同情するように憐みを返した。
「退学になりかけている生徒は……一人ではない」
「セシリア!!」
絞り出されたアンヘルの声はスヴェンの激高に塗り替えられた。
そのままセシリアに掴みかかる。
腰まで届くポニーテールの赤毛少女はなんだか分からないといった、とぼけた顔で応じたが、付き合いの長さかスヴェンは誤魔化されなかった。
「お前、去年に引き続き今年もか!!」
「いや、その……なんか勉強する気が起こらなくて」
言い訳にもならない言い訳を繰り返すセシリアに、際限なく怒りのボルテージが上がっていくスヴェン。
ハインリヒはさすがに止めようとしているが、有効な手が思いつかず腰が引けていた。
「成績悪いのか……あの女」
「去年進級できたのが不思議なくらいです。地頭は悪くないのですが、興味のない事柄には徹底して手を抜くタイプで」
ロゼがあきれ返ったように手をヒラヒラさせる。
セシリアは二年への進級の際に成績不振で審議を一度行われており、ギリギリで進級できたのが実情だった。
そして二度目の温情はない。
今度こそ赤点を回避しなければ退学、そして勿論選抜戦にも出られない。
「情けない限りです……まったく」
「あー、そっちの問題を棚に上げて私を馬鹿にしている」
「エルネストさんに関しては私が勉強を教えます……そっちは二度目の奇跡を祈ったらどうですか? 起きないと思いますけど」
スヴェンからの追及を逃れるために話を逸らそうとするセシリア。
それを払いのけるロゼ。
両者は睨み合い……スヴェンがまだ話を終えていないとセシリアを説教に連れ戻そうとした所で、セシリアがニンマリと笑った。
ロゼがビクッと背筋を震わせる。
「私に当たりが強いのは、そこの彼と別居状態だから? 寂しいからって当たらないで欲しいな」
「根も葉もないことを言わないでください」
思わぬ方向に転んだ話題にエルネストが硬直する。
え……何を二人は言っているの?
「男の人が夜に女遊びに走るのは本能という物です……別に私は気にしてはいませんよ。選抜戦に出ていただければ私は満足です」
「え、ええ?」
「誤魔化しは無用です……私の父も同様でしたし」
俺が女遊び? 思考が追い付かずグルグルと脳が回っていくエルネスト。
こういう時は経験に頼るのが良作。
ロゼの母たるジークルーネ。
彼女の父ベオウルフは色狂いであり、誕生日や記念日を度々すっぽかされて寂しい思いをしてきた。
しかしロゼの父親は別に色狂いではなくただのクズ。
(あ、基準が狂っているだけか)
エルネストは思い直す。
ベオウルフがレベルカンストしていただけで、妻子がいるのに女遊びしていたロゼ父もまた色狂い。
そのせいか、ロゼは男性に対し妙な偏見を持っているようだった。
何かを諦めたような退廃的なその目は、うらぶれた酒屋なので世間に疲れ切った中年などが見せるもの。
断じて15の娘がしていいものではない。
そういった顔を自分が作り上げたことにエルネストは猛烈な罪悪に捕らわれた。
この頃、エルネストはロゼは泣き顔が似合うかなと思い始めたが、これはちょっと趣向が違う。
「スヴェン様……ここは婚約者としてロスヴァイセを慰める時です。一緒に寝てあげたり、一緒にお風呂に入ってあげたりして絆を深めるのです。そこの寝取られチャラ男を遠ざける好機です!!」
力説するセシリア。
だがスヴェンの行動は鈍かった。
「そんな子供のような事をしていい年齢だと思っているのか? どのみち、何をしようと婚約を自力で解消する方法などロスヴァイセにはないのだから何かをする必要などない」
「えー。そんな油断していていいのですか?」
じゃれあう二人。
そんな和気あいあいとした光景についにアンヘルの堪忍袋が切れる。
「ともかく……一週間後の追試で合格点を取ってもらいたい。よろしいなエルネスト、セシリア!!」
「ああ……」
「はーい」
エルネストの低く抑えた声、セシリアのやる気の無い甲高い声。
これが非常招集の最後だった。




