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学院の日常・三

「セシリアのあの焦った顔……少し、気が晴れました」


 教室を出た二人は食堂に向かっていた。

 ロゼのどこまでも嬉しそうな顔にエルネストは訝しむ。


「嬉しそうだな」

「はい……彼女は私を裏切ったのです。二か月後の選抜戦において私のチームの副将だったのですが、今ではスヴェンのチームの副将なのです」

「そもそも、選抜戦とはなんなんだ?」

「あ、すいません……説明します」

 

 嬉しさに、どこか切なさが混じっているのをエルネストは気づいた。

 裏切られたこと……それなりに傷ついているらしい。


 選抜戦とは学院内での最優秀生徒を選ぶ御前試合のことである。

 単純な武芸の腕前だけでなく、チームを統率する指揮官としての能力も必要とされる。

試合形式は3対3の勝ち抜き戦

 勝てば剣聖家や軍からのオファーがくる。いわゆる青田買いの対象となるのだ。

 一応はリーダー格の一人だけが最優秀生徒となるが、他の二人も相応の待遇が用意される。

 将来を確約されるとあっては毎年熱気が凄まじく、策謀も絶えない。


「今の所、私のチームは私一人だけ……セシリアさえ裏切らなければ」


 悔しさに身を震わせるロゼだが、エルネストとしては首を傾げたくなる。

 セシリアは元々スヴェンの側の人間であり、そんな100パーセント裏切る奴を副将にした彼女にも落ち度があるのだ。


「他に知り合いはいないのか?」

「いない訳ではないのですが……現在のSクラスは私含めて四人の実力が抜きんでいていて、他の生徒では相手にならないのです。大剣のスヴェン、暗器使いのセシリア、紅剣のハインリヒ……あ、ハインリヒは寮監のことです」

「スヴェン派閥が上層を抑えているか……まあ、そうやるよな」


 四人中、三人が敵側……深刻そうなロゼに乗せられる形でエルネストもまた顔を顰めるが、よくよく考えると別に深刻な事態でもなんでもない。

 他の二人の実力がスヴェンと同じくらいならば、エルネストの実力なら三人抜きどころか三人同時に相手しても余裕で勝てる。

 選抜戦の勝利は既に決まったも同然。

 だがそれを話してはロゼを甘やかしてしまい、教育によくない。

 そんな偉そうなことをエルネストは考えていた。


「他の二人は俺が抑える……スヴェンとの決着はお前自身がつけろ」

「はい……ありがとうございます!!」


 喜色満面で応えるロゼは相応の幼さが垣間見えた。

 余程、選抜戦の件で頭を悩ましていたらしい。

 失敗すればその後の人生が監獄送りだと知れば無理もない。

 自分の不幸を吹き飛ばしてくれる存在の出現は、いったいどういう風に見えているのか。


「あれ……?」


 いささか過剰に喜んでいたロゼだったが、突如として糸が切れたように膝を地面に落とす。

 そのまま頭から倒れ込みそうになるのをエルネストは慌てて抱き留めた。


「……寝てる?」


 彼女は夢の世界に旅立っていた。

 気が抜けたことで、昨晩からの戦闘の疲れがどっと圧し掛かったのだろう。

 小柄な体格に対して驚くほどの身体能力を発揮する彼女だが、体力まではそうはいかないらしい。


「抱きかかえるのは二度目だな」


 意味もなく髪をかき上げて、エルネストはロゼを背中に背負うと、寮の方に方向を変えた。


*****


 ロゼを寮のベッドに放り込んで戻ってくると、いつの間にか昼食の時間が終わっていた。

 食堂に趣くと無常にも表門にカギがかけられている。

 お腹がすいてやる気がないエルネストは午後の授業をサボることを決意した。

 こうなったら学院の外……新市街あたりで遅めの昼食を取るとするか。


「堂々と午後の授業をサボろうとするんじゃない」


 額に青筋を立ててエルネストの前に立つのはアンヘルだった。


「もう授業は始まっているぞ……お前は行かなくていいのか、教師だろう?」

「午後は自習にすることにしたのでな……まったくこの歳で徹夜など勘弁して貰いたいものだ」

「ズルいぜ」


 そのままアンヘルはどこかへ行こうとしたが、ふと思いついたようにエルネストに向き直る。


「どうせなら付き合え……特別に奢ってやるぞ」

「あんま誘惑するなよ……俺は食べ物の買収に弱いんだから」


*****


 アンヘルに連れられてエルネストは学院裏の小さな定食屋に来ていた。

 夫婦でやっているこじんまりとした店で、恐らくは夫婦の引退と共に消えていく。

 それなりに王都で過ごしたエルネストは25年前にやっていたかどうか記憶を探るが、結局どうかは思い出せなかった。


「適当に、コメと魚を中心に……二人前」


 アンヘルが店主らしき中年の男に注文する。

 寒冷な北と違い、南部地方はコメの生産と漁業が盛んなため食事もそれに準じたものとなる。

 エルネストとアンヘルは南部出身者……小麦よりも肉よりも、どちらかと言うとコメと魚の方が好みなのだ。


「まず初めにお礼を言っておこう……昨晩の不死者の件、生徒や教師に死傷者が出なかったのはお前のおかげだ」

「安い御用さ……これでも親衛隊だからな」


 セシリアはついに見抜けなかったが、大戦で背中を預け合ったアンヘルはエルネストの実力を知っている。

 条件さえ合えば、数十程度の不死者ならばかく乱することは不可能ではない。


「ロスヴァイセ様ともうまく付き合っているようで安心した……見限ったとはいえ、彼女が不幸に打ちひしがれているのはさすがに胸が痛むのでな」

「そう、それよ……状況やら選抜戦やら聞いたが、いくら何でも放任が過ぎるんじゃないのか? いかに王室の廃止が決定していてもそれまでは女王陛下の娘だぞ……護衛の十人くらいついていても不思議じゃない」


 ここに来てようやくエルネストはアンヘルにロゼの事を問いただす。

 アンヘルの顔が沈痛に包まれる。

 その時、ちょうど料理が運ばれてきた。

 コメを炒めたものに、魚の燻製焼き、何かのサラダに果物。

 飲み物はアンヘルにはワイン、エルネストにはお茶が置かれる。

 店の規模にしては意外に豪華な内容だった。

 店主の奥さんらしき中年女性が二人を見やっていた。

 教師と学生が授業中に食事……その奇異さに興味を持ったのだろうか。


「ジークルーネ様はもう終わりだ……大戦が終わって王位についたものの、どうも周りの掌返しが酷くてな。政はうまくいかず、心を病んでしまった。十年以上前の段階でさえそうなのだ……産んだ子供ロゼにも無関心となり、癇癪を繰り返す始末……噂ではもう長くないとか」

「旦那はどうした……ランドルフの息子が婚約者と言うことは、姫さんの伴侶は奴でないのは分かるが……」

「覚える必要のない男だ」


 どこか吐き捨てるようにアンヘルが話始める。

 彼が語る女王の伴侶はどうしようもない人物だった。


 王族の血もわずかに入る上級貴族……と言うよりも、親の代で王家から爪弾きにされた道楽者を父に持つ男。

 父親はそれでも家長としての自覚はあったが、その息子には何もなかった。

 貴種としての義務をまったく果たさず、起きている時間は女、酒、遊興、美術品の鑑賞に費やされ、女王ジークルーネと結ばれた後も妻や娘に関心を払うことはなかった。

 ジークルーネの父親ベオウルフの色狂いは家を傾けさせたが、彼の美術品収集は財政面においてその比ではない損害を王家に与えたのだ。

 ついには国庫に手を付けようとして逮捕され、監獄にぶち込まれた。

 その時の言い訳が元でその一連の醜態を「シュタイナー事件」と呼ばれることとなる。


「なんでウチの姫さんはクズな父親に苦しめられたのに、同レベルのクズを伴侶に選んだんだ……ああ、政略結婚か?」

「いや、陛下の強い意志によるものだ」


 最後の望みを絶たれてエルネストが天を仰ぐ。

 なんでこうなる……考えても考えても答えは出なかった。


「そいつ、どうなったんだ?」

「死んだよ……罪人とは言え一応は王配だ。監視の目もゆるく、連日監獄で酒と薬と女でパーティーを開いてな、ある日の朝に泡を吐いて死んでいるのが見つかった。暗殺も考えられたが、元がそういう男なので結局は病死ということに」

「邪教徒に八つ裂きにされたベオウルフ卿とどっちがマシかね」


 ジークルーネの父親ベオウルフは大戦前に殺された。

 娘を売ろうとしてローベルトに止められたのだが、どうも邪教徒に契約不履行と見られたらしく、客人に斬られて寝込んでいるところを攫われ、不死王復活の生贄にされてしまったのだ。

 自業自得とは言え、身内が無残な死が続くジークルーネは呪われているのかもしれない。


「ロスヴァイセ様も当時ひどい扱いでな……両親から無関心、周囲の使用人からは軽んじられ……何かの手違いで食事が丸一日支給されず、空腹に耐えかねてハンカチを齧っていたのを発見されたのが確か二歳の頃だったか」

「……」

「見かねたローベルト様が孫であるスヴェンの婚約者という名目でバウムガルデン家に連れて来なければどうなっていたことか」

「死んでたな……二代に渡って保護して貰って、本当に頭が上がらないな、ローベルト様には」


 もう死去しており、恩を返す方法はない。

 墓前に何かを据えても自己満足にしかならない。

 ではどうすれば……。


「そういう方法でなければ王宮から連れ出せなかった故の名目上の物だったのだが、どうもランドルフ・スヴェン親子は何かを企んでいるようで、正式に婚約を結び、現在に至っている。もしかすると自分を振った女に対する復讐なのかもしれんぞ」


 囁くように呟くアンヘルの態度は、とてもエルネストと同じ戦友だったランドルフに対するものではなかった。

 当時もあまり仲良くなかったのだが、今では険悪と言っていいほど悪化している。


「あいつはそこまで卑劣な奴かね……」

「武芸祭で逃げた男だぞ……」

「逃げたのは一回だけだろう……それに姫さんにはもう許されている。コネが大きかったとはいえ、親衛隊の隊長まで昇り詰めた」

「人は変わるものだ……王家も滅び、剣聖家もどれだけ生き残るかしれない」

「まあ、25年も経っているからな」


 意見が平行線にならんとするところで、両者は同時に話を打ち切った。

 そんな阿吽の呼吸も幼馴染ならでは。

 食事に手を付ける。

 味の方はなかなかだった。


「近々、「七剣聖」による粛清成功のパーティーが開かれる。学生連中も呼ばれるが、お前も参加するのか?」

「一応は……ただし顔見せだけにしておく。権力争いに興味はない……まあ、学生の範囲内で楽しんでおくよ」


 エルネストの投げやりな態度に、しかしアンヘルは満足したようだった。

 ゆっくりと味わうように料理を堪能すると笑みを浮かべる。


「そうしておけ……お前は学生生活を楽しむのが正しい時間の使い方だ」


―――無駄にな。


 最後のセリフはエルネストの耳に届かなかった。

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