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学院の日常・二

では、授業を始める」


 張りのある声はアンヘル・ロイスナーの物だ。

 アルムガルト家制圧に参加した彼は、当然のごとく徹夜であった。

 服装に乱れはなく、表情も睡魔とは無縁だが、目をしょぼしょぼさせている。

 40過ぎの徹夜はさすがに辛いらしい。


「教科書の……」


 周囲を見渡すと、この教室の内情が見えてくる。

 制服に各々の「剣」を模した意匠やアクセサリーを付けた九剣聖に関係する生徒たち。

 最も大きい派閥は「大剣」のバウムガルデン家。

 最前列のスヴェンを中心に十名弱。

 それ以外はバラバラに、だがグループごとに生徒が固まっている。

 

 「十字剣」、「炎剣」、「曲刀」……九種類いるはずが、「細剣」と「双剣」がおらず、彼らがいるはずの席がごっそりと空いている。

 意匠をつけていない、恐らくは一般層の生徒はエルネスト、ロゼを中心に配置。

 この教室自体が代理戦争の様子を醸し出していた。


(大丈夫なのか……大規模な不死者との戦いが起こったら足の引っ張り合いで壊滅するぞ)


 大戦時の親衛隊では、こういった家の意匠をつけるのは禁じられていた。

 不死王という人類の敵を相手に、内部争いしていては勝てる戦いも勝てない。

 当然、反発する貴族層もいたが……ローベルト、ベルンハルト、ジークルーネの三幹部はその反対を抑えることになんとか成功していた。


 エルネストは次にスヴェン周りを観察する。

 セシリア・ノールは情報を統合するに、昨晩の不死者迎撃に参加している。

 短剣による結界術は恐らく彼女の仕業。

 よって徹夜に違いないのだが。


「……」


 机に突っ伏して完全に寝ていた。

 瞼に「目」を書いて誤魔化そうとしている意図は感じられるのだが、こうまで豪快な居眠りではまるで意味をなさない。

 スヴェンは頭を抱えていた。

 そしてアンヘルは諦めたかのように視線を逸らす。

 いつものことらしい。


(寮監か……あいつもスヴェン派閥か)


 スヴェンの後ろには寮監の姿があった。

 荒々しい口調そのままの服を着崩した不良生徒の姿そのもの。

 灰色の髪をガリガリかきむしり眠気を飛ばそうとしているが、眠たそうな眼は隠しきれない。。


(なるほど……学院の施設の要をしっかり押さえているということか)


 あくびをしながら、エルネストは当たりをつける。

 あの風紀委員長もよくやる。


「エルネスト君……あくびとは感心しませんね。昨晩の夜更かしが酷かったのですかな?」


 いやに丁寧なアンヘルの叱責、そして幾人かの忍び笑いが続く。

 その陰湿さがエルネストの癇に障った。


―――お前、俺に八つ当たりするんじゃない!!

―――黙れ……この歳になってまでガキの我儘に付き合わされるオレの苦労も少しは思い知れ。気を抜いたら容赦なく指摘するからな!!


 二人は目線で大人げない喧嘩を始める。

 無論、エルネストの頭に授業内容など入っては来ず。

ただ時間だけが過ぎて授業は終わった。

 続く二限、三限、四限も同様……。

 いつの間にかお昼になっていた。


*****


「スヴェン様、お昼ですよ……ご飯の時間ですよ!!」


 結局、午前中の大半を睡眠に費やし、元気いっぱいのセシリアがスヴェンの背中に抱き着く。

 膨らんだ胸を力の限り押し付け、グニグニと胸の形を変えていく。


 彼女無しの男子生徒にとっては羨ましい限りの光景だが、スヴェンは睡眠不足もあって不快の一択だった。


「暑苦しい……離れろ!!」

「柔らかくて、数か月前よりさらに大きくなった胸の何が不満なんですか?」

「多少、変わったところでお前の胸には変わりない……押し付けられ慣れてもうなんとも思わん」


 本気で邪険にしているのが良くわかる声音をエルネストはしっかりと耳に収めた。


(本当にいい身分だな……風紀委員長)


 心の中で百回はスヴェンを殺し、しかしいつまでも鬱屈していては昼ご飯を食い損ねると気づいたエルネストは食堂へと向かおうとする。

 彼にはビュッフェが待っているのだ。


 最後に未練がましく振り返ると、セシリアはスヴェンに対して何やら指文字を見せていた。

 親指を中指にくっつけて、人差し指と薬指を伸ばしている。

 スヴェンもまた同じような指の形をとる。

 ただしこちらは薬指を丸めていた。


「あれは逢引の合図です……私の長年の研究からすると、今夜は新市街で夜を過ごすようです」


 横からロゼの補足が飛んでくる。

 彼女の顔は使命感に溢れていた。

 エルネストの助けになることが心底、嬉しい様子。


(なんか、妙に懐かれているな……もしかしてモテ期か?)


 冗談と困惑の五分五分でエルネストが強引に自分を納得させる。


「さてさて……本題に入りますか」


 セシリアが早足でエルネストに近づいてきた。

 強引に前に回り込み、近すぎるほどに近づく。

 まるでキスするかのような接近だが、間にロゼが入ったことで事なきを得た。


「昨晩はどうも……おかげでこっちは楽できたよ」

「浄化を使ったのはお前か……いい腕だな、五十近い不死者を消滅させるとは」

「私の浄化は弱らせて拘束するだけ……消滅まで行ったのは誰かがそこまで嬲ってくれたから」


 探るような目がエルネストの全身をくまなく調べる。


「昨晩……何人でやったの?」

「俺一人だと言ったら、驚くか?」

「いけないな……みんなでやった功績を独り占めしちゃあ」


 明らかな挑発……エルネストは無視する腹だったが、ロゼは過敏に反応した。

 どうにも、スヴェンだけでなくその愛人たるセシリアとも仲が悪いようだ。


「話はそれで終わりですか……でしたら私たちは昼食に向かいます」

「冷たいな……幼馴染にして親友の私に対して」

「私を裏切った貴方が何を」


 冷たくも熱い視線で斬り合うロゼとセシリア。

 だが優勢を取ったのはセシリアの方だった。

 二年の飛び級で同学年となったロゼだが、老獪さと言う面では年長のセシリアに敵わない様子。

 セシリアは興奮した猫のようなロゼをやんわりといなし、エルネストに向き直る。


「ともかく、不死者討伐の祝賀会をやるから参加して欲しいな……いいよね?」

「派手な行事は苦手なんだけどな」

「今回の主役は君なんだから、それは困るな……君の好みに合わせてパーティーをするからさ」


 どこまでも粘着するセシリアにエルネストはどうにも振り切れずにいる。

 剣を振るだけが能の彼にとって、権謀は専門外だった。


「メイドさんが好きなんだって……それも流行りのミニスカじゃなくて、クラシックなロングスカート派。下着は清楚な方がいい? それともHなの? 下着は見えた方がいい? それとも穿いてないことを教えてわざと見せずに想像を刺激した方がいい?」

「悪の執事に伝えろ……首を洗って待ってろってな」


 わざと卑猥な事を言って、セシリアはエルネストの反応を見ているのだ。

 エルネストは努めて反応しないようにした。


「やはり男の方ですか……」


 エルネストは本気であった。

 と言うのも、先ほどから見えずともロゼから放たれるオーラがヤバいことになっていた。

 あれは馴染みがある。

 母親であるジークルーネが誕生日を父・ベオウルフ卿にすっぽかされた時にしていたのと同様。

 娘の誕生日など女との逢瀬の前には些末となる薄情な父親。

彼への怒りと失望、絶望は次の日にエルネストとアンヘルへの八つ当たりに転じていた。

 母親ジークルーネロゼを同一視はできないが、セシリアの誘いに乗りかけた段階でロゼとの信頼関係は崩壊する気がする。

 そう思えば、エルネストは鉄壁のガードをせざるを得ないのだ。


「スヴェン様……エルネストさんのお相手はどうします? やっぱり貴族の令嬢がいいですか?」


 乱れきった学院において、優秀な男子生徒に女子生徒をあてがうのは普通の事だ。

 思春期の男子にとって、金や権力よりもよほど効果的。

 無論、エルネストは断る。

 ロゼの反応が怖かったからだ。

 だがそのくらいでセシリアは引き下がらなかった。


「一夜で捨てるのが嫌なら、結婚してもいいんですよ……特に今、「細剣」アイングラム家の子女は伴侶を求めていてさ」

「俺には関係のないことだな」

「分からないかな……貴方が「付きまとっている」ロスヴァイセはスヴェン様の婚約者だよ。昨日のことは不問にするから、仲良くしよう?」


 ずいずいと少しずつ近づいていくセシリア。

 スヴェンと違い懐柔してくると思いきや、その本質は変わらない。

 言うことを聞かなければ、潰す。


「父上が言っていたな……具合がいいのは赤毛の女と。俺は良く分からんが」


 そんな中、スヴェンの張りのある声が響く。

 赤毛……セシリアの事か。

 敵を懐柔するのに自身の愛人を提供するとはなんと非道な。

 その人道を外れた行為に戦慄すら覚えるエルネスト。

 しかしそうではなかった。


「スヴェン様……眠たいのなら、もう帰って寝たら?」

「風紀委員長たる私はこの学院の秩序を守る存在。断じて早退はしない」


 セシリアの三白眼が冷ややかに凍る。

 癖なのか、ポニーテールの先端をしきりにいじっている。

 スヴェンは昨晩の粛清に参加して貫徹、どころか激務だったこともありかなり消耗していた。

 鉄の意思で外側を取り繕ったものの、頭の中身は荒廃していたようだ。

 よく見ると、目が死んでいる。


「私と結婚した後は、新居は監獄だ……覚悟するがいい、ロスヴァイセ」

「必ず婚約は破棄させます……選抜戦を楽しみにしていてください」


 スヴェン本人はセシリアを援護したつもりなのだろうか。

 しかし、まったくの逆効果だった。

 これでは悪党はスヴェンであり、ロスヴァイセの婚約破棄に正当性が生じてしまう。


 セシリアの左手がポニーテールの先端から離れる。

そして今度は、腰に備えた短剣をいじり始めた。


「セシリアの怒りのレベルが上がったようです……」

「そうだろうな」


 ロゼがぼそっと小声で補足し、エルネストが彼女に同情する。

 ここは騎士の情けとしていなくなった方がいいだろう。


 エルネストはロゼに先導される形で教室をでた。

 今度はセシリアが追いかけてくることはない。

 半分夢の世界のスヴェンにこれ以上、口を開かせてはいけないと判断したのだろう。

 ちなみに寮監は爆笑していた。

 

 教室の引き戸が閉じられ、教室と廊下は断絶された。

 スヴェン一派とエルネストの腹の探り合いは一時休戦を迎えたのだ。

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