学院の日常・一
「起きてください……時間です」
不死者による学院襲撃より一晩……と言うよりも数時間後。
後の処理を集結していた風紀委員に丸投げしたエルネストはロゼと共に寮に帰還していた。
倒れるようにベッドに入り、夢の世界に旅立ったところ。
だが朝日が昇ったあたりでユサユサと優しく起こされるエルネスト。
いかに優しくても睡眠を邪魔するのは許せない。
素早く手を動かしてその何者かの頬を掴みプニプニといじくりまわして抗議の意思を示す。
とても柔らかい頬は、触っていると安らかな気分になれる。
「やみゃてくだひゃい……登校の時間です」
「あんだけの事件があったんだから今日は休みだろ」
「他の生徒を不安がらせないために私たちに登校させるそうです……とあのスヴェンが」
「あのスヴェンが!!」
ガチガチ頭の風紀委員長に殺意を込めて、エルネストは絶叫した。
*****
(うわ、眠い……)
寮から出たエルネストはフラフラとした足取りで学院へと向かう。
昨晩は本人にとって激戦と言う訳ではないが、疲労していないと言う訳でもない。
おまけに空腹……。
とっくに食堂の時間は終わっており、朝食を食べている時間はなかった。
「パンとチーズくらいしかありませんが、どうぞ」
「おお、サンキュー……持ってきてくれたのか」
「はい……私は週三回、食堂で働いているので少し融通が利くのです」
「ふ~ん、アルバイトか……小遣い稼ぎか?」
「いえ、生活のために……どうも養育費の大半が私に届く前に何者かに中抜きされているようで……多分、あの悪の執事が怪しい」
(うわ、アンヘルの奴……15の娘から巻き上げてんのかよ)
アンヘルの矮小な振る舞いに、エルネストは本心からドン引きする。
かつて大戦で背中を合わせて戦った戦友は、少女からカツアゲする畜生に変貌していた。
(ロゼの不幸の大半はアンヘルのせいなんじゃないだろうか)
後で締めてやると固く決め、エルネストはロゼの先導の元、学院の特別クラス・Sクラスへと向かう。
三階建ての学院の三階部分が丸々、Sクラスの領域となっている。
騎士……もとい戦闘系職を育成する機関である学院において、将校待遇で雇用されるSクラスは別格扱いである。
優遇は当然であり、エルネストもまたそのクラスに在籍することが決定していた。
三階に入った瞬間、いくつもの目が二人を観察する。
その大半が侮蔑を含んだものだ。
二人の着る制服は上半身が灰色、下半身が黒、それに白のラインが入っている奇抜な物。
遺灰と、闇夜と、骨を意味するその組み合わせは不死教徒のそれだった。
侮蔑も当然……特にエルネストは不死者との混血という誤解が広まっているハーフデッド。
その朱色の瞳を目の敵にしてもおかしくない。
「化け物共め……」
誰かがそうつぶやいた瞬間、ロゼの翠色の右目が強張る。
髪で隠れている左目もまたそうなのだろう。
対してエルネストは平然としたものだ。
「化け物か……それは弱者の言い訳だ」
これ見よがしに大きめな声で挑発するかのように返すエルネスト。
自分を選ばれしものと放言する彼にとっては、容姿の侮蔑も何ということはない。
25年前の大戦において三英傑の一人、ジークルーネ王女の傘下・親衛隊に在籍していたことが彼に自信を与えていた。
ロクに不死者と戦ったこともない学生風情が、不死王と戦ったこともある俺に物申せる立場だと思っているのか?
自分を馬鹿にすること自体がこの世の摂理に反する行為だと知るがいい。
「ありがとうございます」
ロゼは自分を庇ってくれたと思ったようだ。
エルネストの真意は違うのだが、彼はあえて黙っていた。
自分を良く思ってくれているのにあえて真実を知らせる必要はない。
エルネストは引き戸を開け、教室へ入っていく。
そんな彼を、スヴェンの敵意をこもった目が出迎えた。
*****
「遅刻ギリギリだぞ、エルネスト・シュタイナー」
「間に合ったんだからいいだろう」
軽口を叩きつつ、席に着く。
スヴェンの席は最前列の真ん中、教師の目の前。
対してエルネストとロゼは中程の窓際。
どうやらアンヘルが気を利かせて用意してくれたらしい。
そのまま着席するところを、思い出したかのようにエルネストはスヴェンに向き直る。
「この制服……用意してくれたのはお前だな、趣味がいいじゃないか」
「理解が早くて助かるよ……不死者と結託する「王党派」にはお似合いだ」
スヴェンの答えに嘲りなどの他意はない。
本当に、彼にとってはロゼとその縁者は反乱分子という扱いらしい。
「俺らが王党派という反乱軍の扱いってのは強引過ぎないか……身内が加わっている訳ではあるまいし」
「加わっているだろう……ベルンハルト・ノイン・ヴェルダンディア。女王の兄で、そこの姫の伯父にあたる。確かに強引なのは認めるが、近しい血縁の蛮行を抑えられなかった責務は大きい。恨むなら無能な母親を恨むのだな……一族から罪人を出したということを他の生徒に分かりやすく伝える、これもまた秩序を正す行為だ」
どこか演説のようにまくしたてるスヴェン。
痛いところを突かれたロゼは俯く。
反乱軍による犠牲は多くはないが、ゼロではない。
その首魁が身内だというならば本人が無関係でも差別されるのは理不尽だが心情としては理解できなくはない。
それで終わりだというかのようにスヴェンは教科書を開いて予習を始めるが、エルネストの「攻撃」は今からが始まりだった。
「俺はエルネスト・シュタイナーだぞ……知らないと思っているのか?」
「なんだというのだ」
予習を邪魔されて苛立つスヴェン。
そんな彼に囁くようにエルネストは告げた。
「王族の父親に認知されていないベルンハルトは王族を名乗れないはずだ……むしろ婿養子に入っているバウムガルデンが本来の苗字」
「……」
「身内が反乱軍の首魁だと都合が悪いか……だが無関係な相手にその罪を擦り付けるのはいささかズルくはないか」
バウムガルデン家当主・ローベルトの兄の一人娘と結婚してベルンハルトはバウムガルデン家の一員となった。
25年前には特に何のことはない事実。
だが25年経って、ベルンハルトが王党派の首魁となった今では、バウムガルデン家にとってどんな手段を駆使しても隠したい事でもあった。
スヴェンの顔が絵具をぶちまけた様に紅潮する。
今にも斬りかからんばかりの様子だが、実力行使はついに行われなかった。
「どこまで知っている……」
「英雄ローベルトが次男でありながら当主である事、長男が「事故死」した詳細など多分、お前より詳しく」
「……」
「そっちがその気なら、こっちも切り札を切る……俺は一人だが、バウムガルデン家の全てを敵に回す覚悟はあるんだぜ」
スヴェンは再び、予習に戻った。
己の不利を悟って撤退したのだろう。
「やはり、昨晩は組織を動員したということなのだな」
「……?」
良く分からない捨て台詞にエルネストは疑問符を浮かべる。
しかしそれを確かめることはできない。
スヴェンからはまるで籠城しているかのような頑な態度を感じる。
もはや会話すら拒否する構えだった。
(未熟者め……少し突いただけで狼狽えて)
スヴェンのヘタレっぷりに呆れながらエルネストは今度こそ指定の席に座る。
ふと横を見れば、ロゼが憧憬の目を向けていた。
(こいつもこいつで、もう少しな)
こんなことで尊敬するんじゃない、というのがエルネストの本音であった。
誰が何と言おうと、エルネストにとって彼女は王族。
権謀うず巻く王宮に入り込むのならば、もっと成長して貰いたいもの。
そしてその分野の成長は、しょせん剣を振り回すだけが取り柄のエルネストには促せない。
他のもっとその道に通じた教育者が必要だった。
(政治関係はローベルトやベルンハルトの領分だけどな。ローベルトは死んでいるし、ベルンハルトは今や賊軍の長か。時の流れは残酷だな……ま、あいつ信用できないし味方でも関わりたくないけどな)
ジークルーネはベルンハルトを嫌っていたが、エルネストもまた同様。
過去のいきさつもあって、大戦時でも職務以外ではあんまり口を利かなかった。
「後で詳細を教えていただけませんか?」
エルネストの制服の裾をロゼが引っ張る。
振り向くと、彼女からは悲壮なまでの決意が感じられる。
長年に渡って自分を虐げていた人物に一矢報いられる機会を得て、高ぶっているのだろうか。
「詳細なんて知らないぞ……前当主が死んだときに兄とローベルトでどっちが当主になるかでもめて、そんな時に兄が都合よく死んだから、良からぬ噂が流れただけで」
「え、本当は何にも知らないんですか?」
「ああ……あのぐらいのはったりぐらいできなくてどうする? 俺はエルネスト・シュタイナーだぞ」
あんまりな真実にロゼが意気消沈する。
そんな彼女にエルネストは心の中で小さく謝った。
(悪いけど……真実を扱うには、お前はまだ早い)
知らないというのは嘘。
本当の所、エルネストはローベルトの消し去りたい過去の全貌をほぼ知っていた。
きっかけはローベルトの驕りからだった。
当時、王家に「騎士の中の騎士」と称えられていた彼は、凡庸で批判も多かった兄よりも自分の方が当主に相応しいと、父の死後に反旗を翻したのだ。
目論見では、一飲みだったがそんな希望的観測は大きく外れる。
家臣たちは、長男への不満よりも力による簒奪に対する忌避感の方が強かったのだ。
思ったよりも協力を得られなかったローベルトは窮地に陥る。
このままでは惨敗、仮に引き分けに持ち込めてもその未来は家を二分する内乱である。
簒奪に失敗した者の末路は悲惨だ。
裏切りを抑制するためにも当人だけでなく、その妻や子にも塁が及ぶ。
なんとか反乱をなかったことにできないか……そんな都合のいいことを考えていたローベルトに飛び込んでいた兄が暗殺されたという凶報にして吉報。
犯人は不明……だがこうしてローベルトはバウムガルデン家を継ぐことになった。
だが当然のごとく他家からの批判は凄まじく、王家からも「兄殺しの狂人」として忌み嫌われることとなる。
不死王復活による大戦の7年前のことであった。
兄には一人娘がいた。名はエリーゼ。
娘は父を理不尽に殺されたこともあって、バウムガルデン家の正統な継承者と主張し、多方面に協力を求めた。
32年前の暗殺事件は、現代のバウムガルデン家を滅ぼしかねない火種でもあるのだ。
(ま、俺には関係ないけどな……)
ローベルトに恩があり、その息子のランドルフは一応今でもギリギリ友人である。
彼らの家を滅ぼそうという意思はエルネストにはない。
その真実は墓の下まで持っていく覚悟であった。
そんな風に過去を振り返っていると、鐘の音が聞こえた。
授業開始の合図である。
それから30秒ぐらい経ったあたりで、息を切らせて一人の女子生徒が入ってくる。
腰まで届くであろう赤毛をポニーテールにした、やや長身の女子であった。
出るところは出ていて、それでいて締まるところは締まっているスタイルのいい体型。
制服は改造がひどく、露出が多め。
特に胸を強調したいのか、その部分だけ色分けされ、その上ノースリーブ。
学び舎よりも、どこか別な場所の方が相応しい挑発的な服装だった。
「なんとか、間に合った……」
「遅刻だぞ、セシリア……」
苛立つスヴェンの声が教室に木霊する。
どうやらいちいち記録しているらしく、彼はノートに何事か書き始めた。
(セシリア……どこかで聞いたことがあるな)
エルネストが記憶を探っていると、再び服の裾が引っ張られる。
「セシリア・ノール……スヴェンの愛人とされている女子生徒です」
「いいご身分だな」
「まったくです……秩序が聞いて呆れます」
エルネストの言葉をロゼは勘違いしている。
彼は単純に羨ましがっているだけだった。
俺も愛人とか欲しいな、と考えた所で件のセシリアと目が合う。
彼女は意味ありげな笑みをエルネストに向けていた。
その瞬間、エルネストは不死者と戦う時と同様の臨戦態勢に入る。
(狙われた……!!)
彼女が欲しいと思いながら、仮に女の方から近づいてきても逃げに入る。
エルネスト・シュタイナーはそういう人間だった。




