追憶・二
「父上……私を親衛隊に入れさせてください」
どこか育ちのよさそうな柔和な顔の少年が、老人に話しかける。
だが応えはない。
老人は目頭を押さえ、口を堅く締めている。
岩のような額にしわが深く刻まれていた。
「重大なことがあると面会を懇願しておいて、それが理由ですか……まったくあなたと言う人は」
代わりに老人の副官らしき男が、侮蔑を含めた声をあげる。
少年の目がその瞬間、憎悪で燃えた。
それは立場をわきまえない下郎に見せるような怒り。
今の立場では真逆だが、少年にとっては正当な物であった。
「黙れ、ベルンハルト……私は父上と話しているんだ!!」
「今はローベルト将軍閣下とお呼びなさい、一般人のランドルフ」
ローベルトの副官、ベルンハルトも引く様子はない。
常に冷静沈着と周囲に評価されている彼が、珍しく青筋を立てて激怒していた。
互いに怒鳴り散らし、今にも掴みかからん様にようやく観念したのか。
老人……ローベルトは億劫そうに口を開いた。
「ランドルフの親衛隊入隊は可能そうか?」
「難しいですね……武芸祭での計画的な逃亡は皆が知っています……そんな奴を仲間に加えたくないとの意見が強く、私も手を尽くしているのですが」
上司が親の情に流されていないことに、ベルンハルトはどこか安堵したようだった。
そんな副官をじっと探るようにローベルトは眺める。
「他意はないのだな……」
「言っている意味が、分かりませんが……」
ベルンハルトのランドルフ嫌いは軍内部では有名であった。
一般市民を騙して盾にし、郊外に逃走した卑劣な王族たち。
彼らに与したランドルフを嫌うのは至極当然であり、それゆえに誰も疑わない。
とはいえ、ごく少数の親しい者はそれに感情的なものが含まれていると知っていた。
ベルンハルトが婿養子となり、名字がバウムガルデンとなったのはつい最近だ。
「姫様はどう思われますか?」
「え、私?」
この場において沈黙を続けていた第四の人物。
ジークルーネ……戦姫と呼ばれる連合軍最高幹部の一人。
愁いを帯びた顔で外を眺めている様は、国難に心を痛めている深層の姫君そのものだ。
しかしそれがただの上っ面だけであり、何も考えずに忘我している真実を知っているのはこの中ではローベルト、ベルンハルトの二人のみ。
ランドルフはジークルーネに熱のこもった視線を向けていた。
それが恋慕の情だということは分かりやすすぎる程に分かりやすい。
親衛隊の長はジークルーネであり、入隊は彼女に近づくための方便でもあった。
「姫様……貴方目当ての不誠実な男など必要ないでしょう」
「ば、バカな……とんだ言いがかりだ……私はバウムガルデン家の嫡男として武芸祭での失敗を償おうと」
「違うそうですよ」
しどろもどろに言い訳するランドルフに、ジークルーネは人の悪い笑みを浮かべていた。
その笑みが、今度はベルンハルトに向けられる。
「反抗計画を前に戦力は少しでも欲しいところ……冒険者や傭兵の中には盗賊稼業で生計を立てていた者もいます……脛に傷を持つ彼らを入れてランドルフを入れない理由はないです」
武芸祭での襲撃の後に組織された連合軍。
現状は首都の前面で防衛線をしきつつ、来るべき反抗のために戦力の拡充に努めている。
なお王家にも戦力の提供を求めているが、今の所返答はない。
とは言え、直下の近衛騎士団の中には近衛騎士を除隊して連合軍に加わる者もおり、戦力の拡充自体は順調ではあった。
「次の「失敗」はないということで……私は入隊を認めます」
「贔屓と取られかねませんが……まあ、いいでしょう」
ベルンハルトは不承不承と言ったところだが、彼の人となりを知る者からすれば面の皮の厚さを呆れられる場面だ。
彼の「不誠実」を知るのならば、ランドルフのそれはまだ可愛いもの。
二人の静かな不和を、ローベルトはいつものため息で締めくくった。
「さすがは姫様……私は姫様の力になり、その剣となりましょう!!」
幹部三人の微妙な空気に気づくことなく、ランドルフは我が身を得たとばかりに喜色満面だった。
そのままジークルーネを抱きしめに行きかねないほどの勢いだが、それは彼女本人が制止させた。
「みんなと仲良くしてくださいね……言っておきますが、あまり家柄とか自慢しないように」
「勿論です」
「それと、エルネストという私の側近がいますが……誤解を受けやすい性格をしていますが悪い人ではないので、仲良くしてくださいね」
彼女の口から個人名が出た瞬間、ランドルフの目に再び憎悪が浮かぶ。
それはベルンハルトに向けた物と比べ、ストレートではなく粘着質で陰湿な物だった。
彼はしばしの間考え込み、醜く歪んだ顔でジークルーネに謝意を告げて去っていった。
後に残されたのは、首を傾げるジークルーネ。
そんな様子にベルンハルトは呆れたように声をあげる。
「貴方って、本当に戦闘以外は役立たずですよね」




