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死人狩り・二

「やっぱ俺は天才かな……」


 光り輝く糸が森に散らばり、何物かを編み込んでいく。

 それは闇夜を照らす神々しいベール。

 祝福に彩られた婚儀は、不死者にとっての葬送となる。


 巨大な重し、あるいは足かせをつけられたように不死者は頽れ、地面に縫い留められる。

 身体の中から力の源なる黒霧を消失させられ、身動きが取れないのだ。

 人間でいえば、血液を吸い取られている状態……いずれ失血して冥土へと旅経つことだろう。

 これが「浄化」……。


 いずれは死に至るが、それを速めてやろうとエルネストは剣を振り回し、今や成すがままの不死者を蹂躙していく。

 元は人の死体だが、不死者に乗り移られた段階でそれは既に「物」であると認識している。

 大戦の頃は、それが当たり前であった。


(25年間の間に進歩したってことか……複数の短剣を使っての結界術なんて大戦の頃はなかったのにな)


 神剣は樹木である以上、成長し大きければ大きいほど力が増す。

 その分制御が難しくなり、消費する魔力も増えていくが、基本的にはエルネストのように長剣(70~90mm)単位が基準とされている。

 それ以上に大きい得物を扱う者はいたが、逆に小さい得物を使う者は未熟者以外にはほとんどいなかった。

 今回の結界術は不死者を速攻で倒すほどの力はない。

 だが範囲は非常に大きい。

 目的は「拘束」と「弱体化」……サポート専門に特化した神剣使い。


(会ってみたいな‥…)


 同じ神剣使いとしてエルネストは興味があった。

 大戦の頃もこうやって、自分にない能力を持つ人物からその技能をどん欲に吸収していったのだ。

 

 索敵に、一人の神剣使いが近づいてくるのが映る。

 件の神剣使いかと心を躍らせるが、残念ながら期待は外れた。


「あれ、小姫ちゃんだ」

「どうして……私を置いて行ったのですか?」


 森の木々を抜けながら、ロスヴァイセがやってくる。

 その顔はふくれっ面で、拗ねているというのが良くわかる。

 まさか「足手まといにしかならなかった」から置いて行ったと言う訳にはいかず、エルネストは沈黙で応じた。


*****


「遺族へはできるだけ傷つけない形で「遺体」を渡したいのです……これ以上、斬り刻むのは止めていただけませんか?」


 上目遣いで寛恕を願うその様は、どこか恐ろしい人物に命がけで要求を通すような必死さが感じられた。

 そんなにエルネスト・シュタイナーという人物が怖いのだろうか。

 件の「シュタイナー事件」についてどういう誤解が広がっているのか、エルネストは非常に知りたくなった。

 

 要求自体は正当なものなので二つ返事で了承する。

 既に不死者は虫の息。

 仮に最期の力で反撃しようとすれば、エルネストには「分かる」


 ロスヴァイセは目を丸くする。

 まさか自分の言うことを聞いてくれるとは思っていなかったらしい。 

 背中に回した手が小さくガッツポーズするのは微笑ましい。


(どんだけ、ままならない人生を送ってきたのだろうか)


 そんなことを思いながら、エルネストはふと上位体の方を見る。

 乗り移られただけの不死者はただ遺体に変わるだけだが、合体など肉体改造を繰り返した不死者は力を失えば、もはや肉の形を保てない。

 ボロボロと砂細工のように崩れている。


「ちょっと来てくれないか、小姫ちゃん」

「……私の事ですか?」


 エルネストは手をロスヴァイセの手を引きながら、上位体の傍まで連れていく。

 ロスヴァイセはなすがまま。

 だがさすがにその手を崩れゆく上位体の身体に手を押し付けられた時にはビクッと身体を震わせた。


「な、何を……」

「いいから、目をつぶって……目で、耳で、手で、そしてもっと深いところで感じろ……そうすれば、不死者なんて怖い物じゃないって分かるから」


 そのままずぶずぶと上位体の中にロスヴァイセの手を突っ込んでいく。

 

「何かあったら俺が助けてやる……このまま寝るような感じで」


 エルネストは努めて優しい声音で先導する。

 ロスヴァイセの顔から徐々に硬さが抜け、素の状態に戻っていく。

 その顔は、今頃になってエルネストは可愛いものだと再認識していた。

 どこか保護欲を掻き立てられるが、それでいて壊れ物に扱いたくも、少し乱暴に抱きしめたくもある。

 それが笑えば、もっと可愛いだろうに。


(個人的には泣き顔や怒った顔の方が見たいけどな)


 ロスヴァイセは己の不幸な境遇を矜持プライドで乗り越えようとしているように見える。

 母親と同じだ。

 だがその方法は諸刃の剣……実態のない幻想で己を保つのであれば、その幻想が消えれば奈落へと落ちていくだろう。

 その時にどんな表情をするかエルネストは興味があった。

 誰かが見た表情など面白くない。

 誰も見た事のない顔を見てみたい。


(ま、子供相手にそんな酷いことはしないけどよ)


 年齢が二歳ほどしか違わないくせに、エルネストは妙に大人ぶる。

 それが彼にとっての「自制」の方法だった。


 上位体はチリと消え、後には手を差し出すロスヴァイセだけが残る。

 振り向く彼女には、少なくとも表面上は魔犬に襲われたトラウマを感じ取れなかった。

 そんな様子に満足げにほほ笑むエルネスト。


 彼に対し、ロスヴァイセは未だ不満なようだった。


「小姫という呼び方はダサくて嫌いです……ロゼ、とお呼びください」


 そんな拗ねたような顔が妙に微笑ましくて。

 頭を撫でようとしたその手は、残念ながら迎撃された。


*****



同刻、新市街―――

大戦の頃にはなかった真新しい商業地区の一角。

九剣聖……細剣レイピアのアルムガルト家が炎に包まれる。

他の七剣聖の総攻撃に、同家はあまりにもあっけなく崩壊したのだ。


なぜか家を守るはずの私兵がほとんどおらず、いたのは家事専門の従者やメイドのみ。

これでは抵抗できなくとも仕方がない。


「スヴェン様……どうやら、アルムガルト家当主は抵抗したため、その場で斬首されたようです」

「馬鹿者め、どこの家だ……不死者を入手したルートを初め、尋問したいことが山のようにあったのに」


 ひときわ目立つ派手な陣地は、剣聖家筆頭のバウムガルデン家の物だった。

 その中心で、当主ランドルフの代理として出陣した息子のスヴェンが苦虫を噛み潰したような顔で鎮座していた。


 作戦自体は成功に終わった。

 ほとんど犠牲もなく、不死者を利用した裏切り者を討伐できたのだ。

 九剣聖の一角でありながら、不死者に与した罪は重い。

 アルムガルト家の滅亡は当然の報いと言えた。


「アルムガルトの盟友たる(双剣)の扱いはいかがいたしましょうか」

「他の九剣聖は……いや、七剣聖の意見は?」

「彼の家は罪があらず、しかれども背信者の盟友だったというだけで処罰の理由には十分……双剣・ファーベルク家も討伐すべし、と」

「難癖をつけて滅ぼすのが正義とでもいうのか」


 スヴェンは大きくため息を吐く。

 昨今の剣聖家の不仲は異常ともいえるほどだ。

 まるで誰かに操られているかのように殺し合う九つの名門。

 何が起きている、何が起ころうとしている。

 年若く、剣聖会議では新参扱いのスヴェンにはその影すらつかめないでいた。


「若様……当主様より伝令です」

「父上からか……?」


 スヴェンの顔に驚愕が起こり、ついで傍らのアンヘルに厳しい視線を向けた。

 そんな変化を、しかし伝令の従者はあえて無視したのか、その続きを口にする。


「細剣、双剣、両家の一族は皆殺しにせよ……女子供、赤子に至るまで徹底的に、これは当主命令である、と」


 どこか怯えるような従者の態度は至極当然のこと。

 それは虐殺の指示だった。


「そういう気概で臨めと言うことだろう……父上のおっしゃりたいことは」


 そしてスヴェンがその命を聞かないのも当たり前。

 いかに父親の、当主の命令だとしてもこんなことを許容するのならば、人として間違っている。

 スヴェンの拒否を知り安堵したような従者だが、目の前の嫡男を前にして怯えを消せずにいた。

 スヴェンの表情はより険しくなっている。

 不機嫌のほどは隠しようがない。

 逃げるように従者がいなくなると、その感情はアンヘルにぶつけられた。


「父上には誰も会わせるなと命じていたはずだが……」

「は、申し訳ありません」

「使えぬ男だな、お前は」


 頭を下げて謝罪するアンヘルの顔は、スヴェンには見えようがなかった。

 アンヘルと言う名の食えない存在が、何を思っているか、知ることはできない。


「で……奴は現れたのか?」

「今回の件は、偶発的に不死者の存在が露見した言わば、イレギュラー……そもそも彼が関わっている訳ではないでしょう」

「できれば三か月後の遠征前にケリをつけたいのだがな……そうすれば犠牲は少なくなる」

「は、このアンヘル……全力で任務を遂行させていただきます」


 ゆっくりと顔をあげるアンヘル。

 何も知らない者が見れば、忠義者に見える実直な面構えだった。


「王党派の首魁……ベルンハルト・ノイン・ヴェルダンディアを必ずや捕えてごらんに入れましょう」

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