死人狩り・一
エルネストは腰の剣を樹木に立てかけ、空間より白木の剣を取り出す。
(これは……上位個体がいるな)
もはや森は魔界だった。
黒霧が辺りに充満し、木々は黒ずみ、何か別の物に変わりつつあった。
不死者はこうやって、土地自体を黒霧によって魔境へと変化させていくのだ。
例えるならば、この島は三女神と不死王のオセロ・ゲームのような物。
人が住める清浄な土地と不死者が潜む黒霧。
互いに奪い合い、本拠地を制圧した方がこの島を完全に支配する。
三女神の本拠地が島の北端にある「聖域」とも呼ばれる「聖樹の森」。
そして聖樹より生まれし神剣のみが、その神々の戦いに介入できる人間側の唯一の手段なのだ。
「……」
声をあげることもなく、襲い掛かる不死者の一体。
頭を丸ごと失ったその姿は、かつては人だった物。
肩にはレイピアのような意匠が描かれていた。
(九剣聖のどれかの家の私兵だな)
そんなことを思いながら、エルネストは己の神剣に魔力を注ぎ込む。
途端、ただの木剣に見えたそれからヒビのような文様が表れた。
神剣が覚醒したのだ。
神剣とはただの加工品ではない。
それその物が生きている生命なのだ。
使用者の魔力を吸い取って成長し、最終的には樹木となり、さらには数多の成長した神剣が集まり、聖樹の森を作る。
オセロ・ゲームの白い駒だ。
不死者にとっては汚染するのに時を有する厄介な代物。
エルネストの一撃を受け止めようとした不死者はそのまま袈裟懸けに斬られた。
ただ腕の力で斬ったのではない。
体全体の運動エネルギーを一点に集中させた最善の一撃。
人の死体程度ではとても耐えられない。
それが人ならば即死、だが相手は不死者。
斜めに両断された二つの身体……そのうち、体積が大きい左半身が立ち上がる。
肉が膨れ上がり、徐々に失った右半身を回復させていく。
神剣は吸い取った人の魔力に応じて特殊なスキルを発現させる特性がある。
例えば「身体強化」や「浄化」などだ。
だがエルネストのようなハーフデッドは身体の特性上「闇耐性」でスキルが不可避に確定されてしまう。
不死者の放つ黒霧に対する耐性……それは継戦能力を上昇させるが、正直に言えばあまり有用なスキルではない。
黒霧があれば体力が無限に等しい不死者に対し、体力に限りある人間が長期戦を選ぶのは愚か。
有毒な黒霧に耐えられても、疲れ果てて物理的に殺されるだけだ。
人間側の戦術スタイルに合っていないため、基本的にはハーフデッドの神剣使いは「ハズレ」扱いであった。
森の中から現れる不死者の群れ……いずれも武装した兵士の姿をしており、肩にはレイピアを模した紋章。
どうやら、家の私兵がまるごと不死者になったらしい。
背後には身長五メートルほど、異様に手と足、腹が膨れた異形の人型が指揮官のように屹立していた。
合体を繰り返し、力を増した不死者はその過程で力の源である黒霧を生み出す能力を有するようになる。
人の遺体を利用しているだけに過ぎないはずが、人にない器官を創造することができるようになるのだ。
それが上位個体……研究が進んでいないので確定はされていないが、指揮能力をも有し、それに率いられた集団は、そうでないものよりも脅威度は数段高い。
「おでましか……」
面倒な輩がでたと言わんばかりのエルネストの不遜な声。
それにいきり立ったように四方八方から不死者は襲い掛かる。
エルネストの手にはただ剣が一振り。
その剣が飛び跳ねるように踊った。
たちどころにタイミングが早かった三体が斬り倒される。
倒れ伏す彼らを足場に跳躍したエルネストはやすやすと包囲を脱する。
五感を制限し、周囲の息吹に同化すれば、不死者たちの豊かな感情が感じ取れるようだ。
斬られた屈辱。
再生しなければという焦り。
あと一歩で万全へと戻る希望。
さらには弱った同胞を糧にしようとしている狡猾な意思。
それが神剣と言う名の感覚器官からまざまざと感じ取れる……そんな気がする。
一振り、二振り……万全な状態の不死者は牽制程度にかき回し、相対しない。
狙うは再生が完了しかけ気が緩んだ個体、あるいは弱った同胞を喰らい吸収しようとするこちらから視線を逸らした個体。
不意打ち同然に件の輩を叩き斬り、牽制しながら万全な個体にもスキを見て打撃を与える。
まるで荒波に翻弄される小舟のような危うい剣の舞。
だが有象無象の不死者たちは多勢を頼んでも彼を未だ捕えきれない。
上位体は時が長引くほどに黒霧を充満させ、配下の再生力と体力を維持する。
だが有限の黒霧の放出は、本体の弱体化と隣り合わせだ。
幾分か痩せ始めた上位体の姿を見て、エルネストは勝負に出る。
変幻自在の剣舞がただ一つに標的を絞った。
流れゆく水が一つの形を成したのならば、それはその手に捉えるには絶好の好機。
速度を上げて集団を抜けようとするエルネストの身体に無数の傷が走る。
先ほどまではかすりもしなかった刃が彼の身体を苛んでいく。
だがそんな痛みを感じないかのように突き進み、ついに上位体の前に出た。
迎撃するように上位体はその巨大な腕を振り回す。
武芸祭の魔獣に比べれば弱いが、ここで倒れればすなわち集団の餌である。
それを紙一重で躱し、気合一閃……上位体の腹に大きく一文字の傷を作る。
臓物のようにこぼれ出る濃い瘴気。
しかしこの程度では不死者は致命傷を受けない。
わずかの間にその傷は塞がっていく。
むしろ濃縮した黒霧を浴びたことで、エルネストの身体に痺れが走る。
戦闘より数十分……ついに不死者の毒がハーフデッドの限界値を超え始めたのだ。
(足止めはこんなものか……)
見切りをつけたエルネストは不死者の集団を迂回するように学院へと戻り始めた。
早く早く、なお早く。
全身の力をただ逃走にのみ絞る。
追いかけてくる不死者もまた肉体の限界を超えて躍動する。
背後を振り向けば、津波のように押し寄せる不死者の集団。
気弱な者がみればそれだけで卒倒しそうな光景だが、エルネストはむしろ傲慢な笑みを浮かべるだけだった。
なぜなら……。
戦場の支配者が自分であると確信していたからである。
*****
偽頭の索敵を広範囲に広めると、学院側は既に迎撃態勢が整っているように見える。
人数は二十……以上は戦闘中なので面倒くさくなって数えるのを止める。
その場から動かず、密集陣形を取っていた。
(ん……?)
黒霧によって視界の悪い森の中で、そろそろ学院の建物が見えてくる頃。
視界に妙なものが写り込んだ。
長い長い糸のような物が縦横無尽に宙を進み、森の各所に絡まっていく。
先端には短剣、その短剣をよく見れば淡く輝いていた。
エルネストのそれに比べれば弱弱しいが、まぎれもない神剣の輝き。
25年前には見たことがないその未知の物体……。
エルネストは疾走しながら、首を傾げ……。
(……結界か!!)
強引に体勢を変えて、方向を制御する。
身体制御、後ろから来る不死者の位置確認、索敵から齎される「聖力をまとった糸」の進行方向。
その全てを短期間に処理し、答えを導き出す。
目指す場所は糸で作られた囲い……空から見れば、それは大きな包囲網に見えた事だろう。
その中心にエルネストは躍り出る。
不死者は気づいている様子はなく、ただ立ち止まったエルネストに襲い掛かる。
集団の大半が包囲の中に入り込み、今まさに戦闘を再開しようとした時。
森が……光った。




