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廃棄王女・三

 親衛隊……。

 大戦においては、ジークルーネ姫の独立軍という意味を示す。


 元より没落王族だった彼女には、使用人はおれど大規模な家臣団はいなかった。

 対不死王戦において、彼女の手足となる軍組織の設立は必要不可欠であったのだ。


 折しも、第一次グレイプニル奪還戦の大敗の一端には、功名心に駆られた無能な王族の指図が足を引っ張ったという確かな事実があった故に、王侯貴族に干渉されない「親衛隊」の設立は好意的に受け入れられた。

 その内訳は、ジークルーネの使用人、知り合いの中で戦闘に耐えうる者を中核に、冒険者や傭兵などの本来ならば社会の外縁に位置していた無頼漢。


そんな背景があるせいか、25年経った今も、親衛隊は九剣聖を含む貴族や大商人などの上流階級の干渉を嫌う風潮がある。

 上流階級としても、例えば上層同士の争いが長期化した時に共倒れを避ける意味もあって、調停機関としてある程度他の権力から離れた組織は必要であった。

 なお現在、親衛隊はジークルーネ女王を見限り、九剣聖の私兵と区別された正規軍として昇格している。

 言うなれば、この国では王家と剣聖家、正規軍の三つ巴の状態なのだ。

 その中でも王家は弱小で滅びる寸前、直下の治安維持を担当する近衛騎士の士気低下は目を覆うばかりだった。

 バウムガルデン学院は王家に仕える近衛騎士を育成する学び舎だが、今では卒業生の大半が剣聖家の私兵か正規軍入りを希望する。


 ともかく学院において、優秀な成績を修めて卒業する生徒には剣聖家や軍からオファーがかかる。

 剣聖家にしろ軍にしろ、一度の息がかかった生徒は既に身内も同様、他勢力からの干渉には組織全体で抵抗する。

 一度屈したという前例を作ってしまうことの悪影響を理解しているのだ。


(親衛隊、いや軍のオファーを勝ち取る、それが小姫の戦略か……まあ、婚約云々の解消はランドルフを口説き落とした方が早い気もするが、本人の意思を尊重するか)


 時刻は日が暮れて数時間程、やや寝るには早いがロスヴァイセは早寝が習慣らしい。

 エルネストは今晩訳あって眠るわけにはいかない。

 ロスヴァイセの眠るのとは別のベッドに横になりながら、窓の方を見る。

 鉄格子が追加でつけられたそれは、まさしく監獄だった。


(そんなに気にするほどかね……この子は)


 ロスヴァイセの婚約だが、考えてみればバウムガルデン家としてはあまりメリットがあるようには見えない。

 王室廃止が決定している以上、彼女はもはや市井の一市民。

 他の剣聖家の子女を娶った方がよっぽど政略にあっている。


(貴族の政略なんて、分かるわけもないか)


 すぐに考えを放棄したエルネスト。

 耳をすませば聞こえてくるのは虫の声、猫の喧嘩、犬の遠吠え……実に平和であった。

 そんな夜闇の雑音に交じって、隣のベッドから衣擦れの音がする。


(なんだ……?)


 とっさに寝たふりをするエルネスト。

 神経を集中すれば、そのフラフラとした動きが像を結ぶ。

 仕切りを超え、右往左往しながらエルネストのベッドに向かってくる。

 手には……何も持っていない。

 寝込みを襲いに来たのではないことを知り、エルネストは安堵する。


(寝ぼけているのか、しかしこのベッドには今まで誰もいなかったはずだが)


 ベッドの前、まるで亡霊のように立つ彼女が、ふいに倒れ込んでくる。

 結果として彼女を抱きとめる形となった。

 その細い手がエルネストの背中に回される。

 ぎゅっと抱き着く握力は、小柄な体躯にしては意外なほど強い。

 

 ふと月明かりが窓から差し、彼女の顔を照らす。

 その翠眼の瞳に正気はなく、意識がないことは明確だった。

 恐怖に塗りつぶされている。

 その身体が凍えるように震えていることに気づいたのはその直後だった。

 犬の遠吠えが再び聞こえる……握力と目の中の恐怖が一層強まったのは勘違いではあるまい。


(ああ……夢に見たか)


 竜種にも匹敵する巨大な魔獣に喰われかけても、腰が抜けた程度で立ち直ったロスヴァイセ。

 しかしそれは恐怖が後から来るだけでしかなかった。


 その小柄で柔らかな身体では、死の恐怖を受け止めきれなかったようだ。

胸を、腹を押し付け……手を、足を絡みつかせる彼女の頭を、ごく自然にエルネストは手をやって撫でる。

 大戦において、小さな子供を相手にすることが多かったせいか、ついそういう行動に出てしまったのだ。

 髪を梳くように優しくなでる。

 撫でると若干落ち着くのか、握力が弱まる。

 強張った顔も徐々に柔らかさを取り戻す。


 どれぐらいそうしていたのか、いつの間にかロスヴァイセは静かな寝息を立てていた。

 どうやら悪夢は去ったらしい。

 あどけない寝顔はなかなかに可愛らしい。


(と言うか……意外と出るところ出ているのね)


 改めて現状を確認すると、刺激的な状態だった。

 着やせするのか、小柄な体躯にはやや大きい胸に、疾風のような動きを支える脚はむっちりとしている。

 寝間着のせいか薄着なのでその体型がまざまざ感じ取られた。

 どこか抱いていると安堵する体臭の中でわずかな香料の香りがする。

 どうやらエルネストと会話する前に、しっかりと入浴していたようだ。

 どれだけ気合を入れていたのだろうか。


(アンヘルならば、襲っていただろうな……ヘタレな俺に感謝することだな)


 こんなの、男として我慢するなんて無理だよ。

 おっかなびっくり彼女の頬に触れ、指先で堪能しつつ、気を逸らすためにエルネストは外の音に神経を集中させる。


 先ほどまで聞こえていた雑音はなく、静寂が支配している。

 虫や猫や犬は……何か恐ろしい物の気配を感じ取ったかのように沈黙して身を隠していた。

 

(やっぱり来やがったな……)


 エルネストはロスヴァイセを起こさないように身体をすり抜けさせる。

 彼女を自分のベッドに寝かせて静かに部屋を出た。


*****


 目指すは屋上。

 音もなく足早に向かい、わずか数十秒で闇が支配する外に単身、躍り出る。

 風は吹きすさび、北西から学院を抜けて南東に流れるその空気にわずかに混じる黒霧の異臭。

 それはまごうことなき、不死者の気配だった。


 敵は不死者を使う九剣聖の二家。

 他の七剣聖に包囲された現状では、どうあっても滅亡は避けられない。


 件の家が抵抗して討ち死にすることで満足するならば良し。

 だがそんな潔い人間ばかりではない。

 死なばもろともと最期のあがきを見せることに何の不思議もない。

 

 狙うは他の七剣聖ではない。

 精鋭でガードされた当主や側近を撃破するのは容易ではなく、仮に上手くいっても一部しか道連れにできない。


 七剣聖全員に打撃を与える方法は一つ……彼らの子供を狙うこと。

 この学院には彼らの子弟が通っており、七剣聖本陣よりは防御が甘い。

 ダメで元々、側近やら部下の子供を殺せれば上出来、嫡男が寮にでもいて殺害に成功できれば万々歳。

 自分も死ぬが、敵にも大きな爪痕を残してやれる。


(どんなに相手が弱小でも、死ぬ気で反撃される可能性を考慮すること……ナイフ一本どころかそこらの石が急所に刺さっただけで死ぬ、俺らは人間だから)


 今は亡きローベルトの教え。

 それを噛みしめながら、エルネストは屋上から飛び降りる。

 身体を回転させて重力に逆らい、落下の衝撃時には三転倒立で衝撃を殺す。

 地面に砂埃を巻き起こし、身体に何のダメージを受けることなく地上に降り立った。


「随分と豪快な脱走だな……てっきり俺はあの姫さんと一戦交えているかと思ったが、

相性が悪かったのか、それとも足りなかったのか……今なら保健室か図書室が穴場だぜ」


 軽口を叩くのは先程の寮監だった。

 どうやらそのまま夜勤だったらしく、眠そうに目を凝らしている。


「教師陣に連絡を……森の方から不死者の群れが近づいてくる」

「マジで……?」


 エルネストのただならぬ様子に、本気を感じ取ったのか顔を青ざめる。


「浄化が使える神剣使いは残っているか?」

「まともな使い手は皆、アンヘル先生に連れられて討伐に向かったよ……剣聖家に覚えを良くしてもらう絶好のチャンスだからな」

(アンヘルめ……珍しくしくじりやがったな。……相手の反撃を予想していないなんて)


 歯噛みするエルネストに、寮監は思い出したかのように呟いた。


「残っているのはセシリア様ぐらいかな……何かあった時のために待機しているはず、確か食堂でパジャマパーティーだったか?」

「誰だ、そいつ?」

「スヴェン様の……まあ愛人みたいなものだ」

「いい身分だな、あいつ」

「九剣聖の後継なら、愛人の一人や二人はむしろ必須だぞ」

「なんでもいい……それと討伐に行っている奴を呼び戻せ、下手すれば総力戦だぞ」

「分かった……あんたは?」


 軽い口調だが、逼迫した状況だということを寮監は理解したようだ。

 真面目な顔でエルネストに問いただす。

 返す態度はどこか愉しそうだった。


「時間稼ぎの足止めに行ってくる……急いでくれよ、遅いと、俺が全部倒してしまうぜ」

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