廃棄王女・二
食事を終えたエルネストはそのままロスヴァイセ、アンヘルと共に食堂を出る。
次に向かうのは学生寮。
貴族階級はおおむね自宅通学なので、寮にいるのは比較的中流階級出身者が多い。
入口に差し掛かったところで寮監らしき偉そうな男子学生に呼び止められる。
癖の強い灰色の髪を短く刈り込んだ、スヴェンほどではないが長身の男。
琥珀色の瞳が印象的だった。
「アンヘル先生……部外者は立ち入り禁止ですよ」
エルネストはまだ貰った制服に袖を通していない。
傍目には確かに部外者だ。
まだ呆けていたロスヴァイセはそのまま寮の中に消えていく。
エルネストが止められたことにも気づいていない。
「彼は転入生だ……ほら、学生証を出せ」
他に人がいるせいか、あくまでエルネストを旧友ではなく一生徒として扱うらしい。
状況を踏まえて、エルネストもそれに倣う。
「本日より南部より転校してきました、エルネスト・シュタイナーです、今後ともよろしく」
名乗った瞬間、アンヘルがなぜか慌てる。
不審に思ったが、この場は追及することなく学生証を出す。
それは寮監の爆笑を招いた。
「エルネスト・シュタイナーって……あの「シュタイナー事件」のあいつだろ、ふざけ過ぎだろ……ああ、はいはいベルナルトさんね」
―――学生証の名前が違うようだが
―――あ、後で説明する。
鋭い目つきは視線だけで人が殺せそうな程。
エルネストのそれにアンヘルは怯えたように目をそらす。
「つーか、その目……朱いよな。……ハーフブラッドか? あれか、不死者と母親がヤッたって落ち?」
「ただの不死者じゃねえぞ……俺の父親は、不死竜だ。……つまり俺は竜の息子だ、お前らとは違うんだよ」
「抜かせ、ただの闇耐性じゃねえか」
ハーフブラッド……半不死者と呼ばれる人種だ。
不死者と交わって産まれた……とはデマだ。
そもそも、不死者の本体は実体のない亡霊……肉体的接触はできない。
本当は不死者の黒霧に耐性のある人間。
太陽の光に耐えるために肌が黒くなるように、不死者の毒に耐性を持った過程で代償なのか色素が薄れてしまったのだ。
白髪と朱色の瞳が特徴で、ランクが高い者は不死者と同じく空間魔法まで生まれながらに使える。
一応は差別階級なのだが、エルネストは実の所、それほど差別を受けたことはなかった。
(ぶっちゃけ、王家の方が死ぬほど嫌われていたからな)
人々の憎しみが王家に集中していた頃に生まれたエルネスト。
圧政を敷く彼らに比べて、特に大戦の頃は「得体が知れない……が一応は仲間」という扱いだったのだ。
そのうえ、親衛隊の構成員はガラの悪く、口も悪い冒険者や傭兵連中で、こういったやり取りには慣れている。
「ともかく通せよ……不死者騒動で疲れているんだ、俺は」
「はいよ、身体は疲れていても元気なんだろ……あのお姫様には夜中に大声を出すなと伝えてくれ」
下卑た顔を浮かべた寮監に見送られ、エルネストとアンヘルは学生寮に入っていった。
*****
そのまま寮内を移動……周囲に誰もいなくなったところで、エルネストはアンヘルの首筋を掴もう……として指をかけた所で止められた。
相手のスキを狙う「魔弾の射手」……ロスヴァイセには完璧にはまったその奥義も、アンヘルには半分と言ったところだった。
「明日までに学生証を直してくれよ……それともエルネスト・シュタイナーの本名を名乗ることに何か不都合が?」
「わしが悪いのではない……昔に不正事件があったときにお前を首謀者として誤魔化そうとした馬鹿がいたのだ」
「とんでもないバカだな、死人扱いだった俺に擦り付け……口に食べカスつけて、幽霊がつまみ食いしたってか」
「勿論、そんな嘘など通じる訳もなく、処罰されたが……市井の食いつきが意外なほど良くてな……死んだはずの男が政界の闇に潜むとかなんとか」
「あー馬鹿ばかりだな」
エルネストは頭を抱えてガリガリかきむしる、
階段を昇り、目指す先は三階の端にある部屋。
それだけならば普通なのだが、その部屋のドアには通常のカギの他に、後からつけられた特別製の錠前があった。
外からしか掛けられない……とはすなわち、ここは牢屋と変わらない。
エルネストならば箸一本でぶった切れる程度の扉だが、心情的に不愉快になるのも無理はない。
俺は囚人かよ……心の中でエルネストは吠えた。
「他に部屋がなかったのだ……まさか他の生徒を追い出すわけにもいかず」
「あえて追及は避けてやるよ……ただしどこかが開いたら、速攻で引っ越すからな」
苛立つエルネストは流れるような俊敏さでカギを差し入れ、力任せにドアを開ける。
部屋の中には着替え中の女子生徒がいた。
今まさに下着に手をかけて脱ごうとしていたところ……後ろ向きだったため、尻の半分が見えていた。
彼女は振り向き呆然として開かれたドアを見つめている。
エルネストは勢いよくドアが閉じた
一瞬、遅れた絶叫をエルネストは必死になって聴覚から排除する。
うかつだった……完全に油断していて索敵からの情報をスルーしていた。
「小姫と相部屋かよ、ふざけているのか!!」
掴みかかるエルネストの顔は赤い。
今回、アンヘルは抵抗しなかった。
「ほ、他に部屋がなかったのだ……オレは男女が同じは不味いと言った……しかし、さきの寮監が「あの姫さんもなかなかやり手だね」と言って聞かなかったのだ」
「どういうことだよ?」
ドスの利いた言い方に、本気で命の危機を感じたのか、命乞いするかの勢いでアンヘルは説明する。
大戦で活躍した傭兵や冒険者は国からそれなりの地位を与えられ、自身の子供たちには自分たちは受けられなかった教育を受けさせるようになった。
彼らは元々、不死王によって壊滅した南部の貧困層。
酒とセックスだけが愉しみと言った輩であり、そんな思い出を子供に語りながら育てた。
そんな子供たちが今、学院の主流を占めている。
「男ならば、彼女の一人や二人は作れ……なんなら生涯の伴侶を学生時代に見つけてみせろ……ぐらいの事は親に言われている」
「潔癖なうちの姫さんが聞いたら、気絶しそうな乱れっぷりだな」
ジークルーネは父親が病的な色狂いだったせいか、その手の恋愛、あるいは性的な事柄には非常に厳格だった。
その規制を結果的に順守したのがエルネスト、そして隠れて破っていたのがアンヘルだった。
「入学した女子生徒の2~3割が卒業までに「病気」を理由に停学を希望し、その原因となった男は罰せられるどころか、男としての格が付くでたらめさ」
「病気……ああ、不純異性行為ね。……と言うか停学? 退学じゃなくて」
「子供ができたぐらいで生徒を退学にする倫理観など奴らは持ち合わせていない。ああ、無理やりはダメだぞ。毎年、その手のいざこざで風紀委員が振り回されているそうだからな」
「その点に関してはスヴェンに同情するな」
もうこの国は自分の知っている国とは違くなってしまったらしい。
それをまざまざと実感してエルネストは心の中でのた打ち回っていた。
「ともかく、わしは行くからな……後は知らん」
「お前な……あの子がトラウマになっても、俺らはどうにもできないんだぜ」
「わしは別に構わないがな。ロゼ様が傷つこうが、嫌われようが……何せ、わしは一度裏切っている。これ以上、信頼が落ちることはない!!」
「開き直ったな、クズ野郎が!!」
激高するエルネストだが、この数十年間ランドルフの側近として多様な女性と浮世を流してきたアンヘルにはせせら笑うだけだった。
「ともかく、わしは不死者騒動を起こしたとある剣聖家の粛清に忙しい……お前も参加してお零れに預かるか?」
「俺は留守番しているよ……」
「本当に面倒くさがりだな、お前は」
「そうじゃねえよ……分からないのか?」
武芸祭での不死者騒動……その主犯が九剣聖の一角と判明したのは事件のすぐ後。
直ちに他の九剣聖は招集をかけ、その一家と、それと同盟する一家、計二家の討伐が決定した。
その凄まじく迅速な対応は、大戦時代の数日かかった会議と比べれば雲泥の差であった。
それを聞くに、エルネストは思わず舌を巻いた。
既に学院の二家の親族・関係者は捕縛され、その範囲は遠からず市内にまで及ぶだろう。
総攻撃は今夜……飛び入りで参加すれば思わぬ収穫があると傭兵連中や冒険者ギルドが熱をあげている。
「ではな……」
「この野郎……自分には一切、責任がないと。……後で覚えていろよ」
掠れるようなエルネストのそれは、苦し紛れ以外の何物でもなかった。
わざとなのか、素なのか、アンヘルは勝利の笑みを浮かべて去っていく。
頭を今度は別な意味で抱えながら、エルネストは再びドアに手をかける。
そしてノックを三回。
そしてたっぷり数分が経った。
「……どうぞ」
その声には何の感情が込められているか分からない。
恐る恐る、エルネストはドアを開いた。
*****
「確認せずに開けてしまって、申し訳ありません」
ドアを開けた入った瞬間、エルネストは平謝りに入った。
他にどうしろと言うのか?
「許します……私は今、貴方の助力が必要ですから」
どうにも含みがある言い方だったが、兎にも角にも今回は許されたらしい。
いつか埋め合わせをしようと固く決意し、エルネストは顔をあげる。
彼女は文字通り籠城の構えだった。
「……」
簡単に言うと、大激怒であった。
目の端の涙を滲ませ、翠眼の右目が怒りで真っ赤に染まっている。
どうゆう風に制裁しようか……そんな意図がまざまざと感じられる。
ベッドの上で布団を頭から被り、そしてベッドの端には防壁のように本が積み重なっている。
参考書などの勉学関連の他、意外に恋愛小説の類も多い……趣味なのだろうか。
(怒っているということは……まあまあ、大丈夫だな)
相手の激怒にエルネストは安堵する。
仮に泣きわめいていたとしたら、それにどう対応すればいいのか、見当もつかない。
怒って制裁と言う名の償いのチャンスがあるのが僥倖という物だ。
とりあえず、二、三発は殴られて置くか。
そんなことを考えながら、のそのそと正座のまま、にじり寄るエルネスト。
それをロスヴァイセは止めた。
「わざとじゃないんでしょう、では許します……貴方は……かもしれませんし」
小声で細部は聞き取れなかったが、兎にも角にも今は処罰が保留されたらしい。
「男性に、見られたなんて……」
とは言え声は朗々としていながらも、ロスヴァイセは終始恥ずかしげだった。
下着姿を異性に見られたのは、どうやら初めてであった模様。
彼女が、「自分の進退」という別な話題に強引に変えるまで幾ばくかの時間を有した。




