廃棄王女・一
夕方……。
特に何もせず、武芸祭をブラブラと歩き回ったエルネストは予定通りビュッフェに来ていた。
火事対策で離れにあるその大食堂は二階であり、二階のビュッフェは事実上、上流階級御用達。
中央部は吹き抜けになっており、二階からは一階の学食が眺められる。
庶民を見下しながら食事できるという、学院の意図が垣間見える「趣味のいい」様式だった。
エルネストは並べられた料理を興味深く観察する。
(あ、これ出店のだ)
。
どう見てもそこらの出店に並んでいた料理を盛りつけなおしたようにしか見えない。
肉・肉・肉・コメ……申し訳程度にじゃがいもと言うの名の野菜。
それ以前に他に人がいない。
(……今日は休みだったのか、悪いことしたかな)
本日はお武芸祭と言うお祭り。
ビュッフェに限らず食堂は休業。
わずか数時間程度で必死に体裁を整えるために出店の品を買い回った労力を鑑みるといたたまれない。
別に休みならそう言ってくれれば良かったのに。
それとも、そこまで食い意地を張っていると思われたのだろうか。
(今更、仕方がないか……せめて美味しく食べるとするか)
一人しかいないのをいいことにエルネストは行儀悪くつまみ食い開始。
皿に並べられた料理を口……ではなく身体に入れる。
現在、索敵特化の偽頭を装着中……では本物の頭部はどこにあるかと言うと、空間魔法で己の身体に隠している。
服の裾を緩め、胸のあたりをさらすと、そこが水面のように波打ち、口のような物が出現する。
偽物の頭についた「口」に味覚はない。
美味しく食べるには「本当の口」で味わうしかないのだ。
一口、二口味見した後……エルネストは満を期して皿に料理を盛りつけ誰もいない席に座る。
ビュッフェはコース料理に源流を持つ。
好きなものを食べるのではなく、その順番に沿って盛りつけるのが礼儀だ。
昔、適当にやってジークルーネにとてもとても怒られたことを思い出してエルネストは含み笑いを漏らす。
そういえばとついでに思い出す。
ジークルーネの娘、ロスヴァイセの事だ。
彼女についてアンヘルに聞こうとしていたのだが、久しぶりに同僚と話すのに愉しくてすっかり忘れてしまった。
今更戻って聞き直すのも面倒くさい。
で、あれば……本人に聞くとするか。
エルネストは食事中に席を立ち……「その時」を見定めて跳躍した。
「……っ!!」
食堂の入口でエルネストの様子をチラチラ見ていたロスヴァイセは瞠目する。
彼女にしてみれば、観察していた「彼」が一瞬で消え失せ、気づいた時には自分の襟首を掴んでいたようにしか思えないのだろう。
理解を超えた動きに理解が追い付かず、ただ子猫のように吊るされて運ばれていく。
瞬きの瞬間に目は見えない、喋りながら全力疾走できる人間もまたいない。
人間が知覚できない、行動できない瞬間とは必ずあるのだ。
そこを突けば、だいたいの人間が出遅れる。
「聞きたいことがあるのならば、言葉に出したらどうだ?」
対面の椅子に放り投げるように座らせた後、エルネストは努めて高圧的にならないように彼女を詰問する。
覗き見していたことがやや引け目があるのか、まだ躊躇していて口を開かない。
「俺はエルネスト・シュタイナーだ……お前の母親の部下だ、今回は様子を見にここに来た……言いたいことは遠慮せずに言っていいぞ」
別にロスヴァイセのために学院に来たわけではないが、この場合は嘘も方便である。
沈黙が続く……それが長くなり、エルネストが食事を再開しようとしたところで、ようやくロスヴァイセは口を開く。
「貴方は、本当にエルネスト・シュタイナーなのですか?」
口調を抑え、どこか威圧的な声が静かな食堂に響く。
彼女が王女であると知る者ならば、あるいはそれは傲慢な態度に見えただろう。
だがそれは中途半端に知っているが故の錯誤。
内情を深く知っている者からすれば、また別な見方ができる。
(まるで虐められた猫のようだ……警戒されている)
筆頭家臣のはずのアンヘルが女王を見捨てて、学院で利権を貪っている現状……権力を持っているはずの母親がその扱いなのだ。
なんの力もない娘がどういう扱いされているかは想像に難くない。
離反、裏切り、詐欺……力のなくなった上流階級など、周りからはいい玩具だろう。
「親衛隊の嫌われ者で誰からも阻害され、ご飯は常に独りぼっち……遊びにも誘われず、母だけが相手にしていたと聞きましたが、本当ですか?」
「……友達が多いわけではないが、いない訳ではなかったぞ……それは多分、お前が母親に揶揄われただけだ」
こめかみ辺りを引きつらせ、どこか早口でエルネストはまくしたてる。
本人としては、余裕の態度で反論したつもりであった。
しかし、ロスヴァイセは得心したかのようにコクコクと頭を振る。
エルネストとしては甚だ失礼な行動であった。
「私も同じくクラスの嫌われ者です……であれば、取引が可能だと思うのですが」
(もしかして、俺は生涯最大級の侮辱を受けているのか?)
嫌われ者同士、仲良くしようと提案してくるお姫様。
これはもう、縁を切っていいのではないだろうか?
「お前……いくつ?」
「?……15歳です、ちなみに二年飛び級で現在、二期生ですね」
(俺は17歳……相手は年下、年下……多少の暴言は許してやるか)
催眠術のように自分を騙しながら、エルネストは怒りを抑える。
ふとみれば、ロスヴァイセが上目遣いでこちらを伺っていた。
母親であるジークルーネと同じ仕草……。
父親相手に褒めて貰いたくてそういった行動を取ったことをエルネストは覚えている。
なお、色狂いの父親がその意図に気づいたことは、エルネストの記憶では一度もない。
そっと手を伸ばし、頭を撫でようとするが……すんでの所でガードされる。
両手で頭を覆うロスヴァイセは目を三角にしていた。
「一度目は油断しましたが、二度目はないです……あまり私を誘惑しないでください」
(なんか、母親同様に面倒くさそうな女だよな)
そんなことを思いながら、エルネストは唐揚げを一口。
胸のあたりに沈み込む唐揚げ……そんな面妖な光景だが、ロスヴァイセは気づかない。
彼女の視線が外れる瞬間を狙ったのだ。
そのスリルを楽しみながら、エルネストは彼女の言い分を聞く。
「取引と言うと……?」
「助けて欲しいのです……報酬は応相談と言うことで」
「俺よりもまず、婚約者に頼んだらどうだ……一番の味方だと思うが」
「それが問題なのです」
エルネストは目を細める。
王侯貴族ならば、政略結婚は義務だ。
特権身分として生まれながらに贅沢な生活を送る代償の一つ。
自儘な理由で婚約破棄ならば、助力する必要はない。
しかし、幸運にもそれは当てはまらなかった。
「結婚後の新居は地下牢なのです。スヴェンの目的は私を終身刑にすること……それを回避したい」
「詳細を聞こうか?」
エルネストの低く抑えた声に、手応えを感じたのか。
先ほどのどこか恐る恐ると言った態度を一変させてロスヴァイセは続ける。
詳細はなかなかに酷な内容だった。
事の発端は「王党派」と言う名の王室保護を掲げているだけのただの叛徒。
人族の仇敵である不死者すら利用する外道どもだが、彼らは捕縛された際、決まり切ったように言い訳する。
曰く……我々は王族の命で無理矢理、反乱を起こしただけ。
つまりは被害者……どうか減刑を望む。
その王族と言うのは、ジークルーネ女王と、その娘・ロスヴァイセも含まれる。
無論、そんな苦し紛れの言い訳など通るわけもなく、ことごとく処刑されたのだが、問題は周囲の反応であった。
本当は関与していたのではないか……。
全てではないが、ちょっとくらいは……。
では女王と王女も刑に服すべきではないのか?
王党派の乱が起こるたびにロスヴァイセの立場が悪くなる。
なお悪いことに……婚約者スヴェンもそれを信じ始めた。
彼にとってロスヴァイセを牢に繋ぐのは正当なのだ。
証拠がない犯罪者……というのがロスヴァイセに対する印象だった。
(さんざん好き勝手にした挙句、ヤバくなったら15歳の小娘に罪を擦り付ける……ああ、王室関係者ってのはそういう奴だっけか)
エルネストは思い出す。
かつて裁判所が「王家の愛妾」と呼ばれていた時代を。
王家の命で法がいくらでも捻じ曲げられていた時代を知る者が王党派の主導ならば、そんな態度に出ても不思議ではない。
「あと二か月で婚姻の儀です……母上とは今に至るまで連絡が取れません、地下牢送りは嫌なのです」
「婚約は王侯貴族同士の盟約だ……俺の一存ではどうにもできない……まさか逃亡生活を望んでいるわけではないな」
話しているうちに感情が高ぶってきたのか、目に涙を浮かべるロスヴァイセ。
それを見ても、あくまでエルネストは冷静だった。
とは言え、もし仮に「私を連れて逃げてください」と言われれば断れないだろうとも思う。
どうにも母親と同じ顔で懇願されるのには弱い。
十年来の幼馴染にはエルネストはそれなりに思入れがあるのだ。
「策はあります……ですが、あと一手が足りない」
「ほう……さすがだな」
エルネストは本心で感心した。
どうにも、明晰で知られるジークルーネの娘。
その策がどういう物か知らないが、自力でなんとかしようとする態度は好感が持てる。
「ただ、その前には貴方に学院生となって貰いたいのですが……」
そして一転して顔が暗くなるロスヴァイセ。
学院入学がどれほど困難かと思い悩んでいる様子。
しかし、その悩みはすぐに吹き飛んだ。
「準備が整った……これでお前は今日の早朝から学院生だったことになる」
ちょうどいいタイミングで荷物を抱えてアンヘルがやってくる。
彼はエルネストがロスヴァイセと一緒にいることに驚いた様子だった。
アンヘルはどこか気まずそうにロスヴァイセを見やる。
ロスヴァイセの方は特に態度は変えないが、その目に一瞬憎悪が浮かんだ事……そして彼女の警戒レベルが引きあがったことをエルネストは見逃さなかった。
(なるほど……裏切った従者と裏切られた主の娘か)
エルネストは納得する。
アンヘルはどこか誤魔化す様に荷物をエルネストに手渡した。
「制服が三着、寮室のカギ、学生証……それからこれはバウムガルデン家所有の第5金庫のカギだ」
銀製で複雑な文様のそれは、銀行の貸金庫を開けるための証明だった。
この鍵を持つ者がその金庫の中身を好きにできる。
三本あり、それぞれ別な人物が持っているはずが三本ともが目の前にある。
つまりは名目上、金庫の中身をエルネストに譲渡したことになる。
「五千万クロイツァーはあるだろう……好きに使え」
目の前に置かれた大金に等しい三本のカギ。
五千万あれば、この島ではそれなりの屋敷が建つ……慎ましく生きれば半生は遊んで暮らせる。
ただし、エルネストの親衛隊時代の給料ではなく、あくまでバウムガルデン家が「恵んでやる」という形を取ったことを理解できない訳ではない。
カギがあっても開けさせなければいいのだ。
バウムガルデン家の意向で後からいくらでも反故にできる盟約。
恐らく、全額を引き出そうとしてもなんやかんやで止められることだろう。
(いいのか、アンヘル……俺をこれ以上、警戒させても……素直に俺の貯金を返せばこれ以上、詮索しなかったのにな‥‥…後悔するぞ)
内心の不審を隠し、エルネストは素直に受け取ることにする。
きな臭い空気を感じていた現状……まとまった金銭は必要だ。
ふと見ればロスヴァイセが石膏像のように固まっていた。
己の想像を超えたやり取りに理解が追い付かなかった様子。
(おいおい……この島の元首の娘がこの程度で意識を飛ばすなよな)
その頼りなさに、エルネストはため息をつく。




