旧友との再会・二
ヴェルダンディア王国内部において今、大きな階級の変動が起こっている。
王室の廃止に、九剣聖と言う九つの名門貴族の台頭。
王家に連なる人や家が没落するのとは真逆に……否、それ以上に九剣聖が力を持ち始めたのだ。
九剣聖でなくば人ではない……が酔狂な言い方ではなくなっている。
市井の皆は生き残りに必死であった。
数十年前の大戦においてまともに参戦しなかった王家とは違い、九剣聖は文字通り血を流して貢献した。
そのため家内部は武勇を得た者が大きな影響力を発揮、あるいは優秀な戦士を婚姻と言った方法で吸収して改革を進めていったのだ。
荒っぽい方法でのし上がった事を誇りに持つ連中が当主含め上層を占め、そのため現在の九剣聖は武断的な方法で物事を解決しがちであった。
彼らの支配が強い新市街では抗争が激化しており、死体が転がらない日はないとまで言われる程。
親たちがそうなのだから、その子供が通う学院に影響が出ないはずがない。
学院内部では大人たちの代理戦争が既に始まっている。
「信じられるか……貴族の当主や大商人よりも、九剣聖本家に仕えている皿洗いメイドの方が強い権限を持つ……偉い人間により近しいという理由で」
楽しくて仕方がないとアンヘルは嗜虐心に満ちた笑いを見せる。
彼は学長代行であり、九剣聖筆頭バウムガルデン家の当主ランドルフの側近中の側近であった。
彼の元に夜な夜なランドルフへの執り成しを目的としてお忍びでやってくる有力者たち。
勿論、手土産も無しには来ない。
その何分の一かがアンヘルの懐に入っているのだ。
「どうにも、やたらと風紀が乱れているとは思ってはいたが、そういうことか」
「それは冒険者や傭兵の子弟を入学させたせいだ……あいつらには慎みという物が足りない」
アンヘルはエルネストを徐に指差す。
「もっとも……十代のガキを篭絡するには、色仕掛けが効果的だというのは認める」
「そんなもんかね」
その意味ありげな指図を、しかしエルネストは図りかねた。
深く考えていますと顎に手を当てているものの、特に何か考えている訳ではない。
「ともかく甘い汁を吸うのならば今の内だ……昔なじみの好だ、この学院に通ってはどうだ、どうせ遠征までの数か月は暇だろう、九剣聖の子弟と仲良くなっておけ」
「人間同士の争いに巻き込まれるほうが面倒だ……と言うか、遠征に参加すると勝手に決めるな……まあ参加するけどよ」
ブツブツと文句を言いつつも、エルネストはアンヘルの提案に乗りつつある自分に気づき始めた。
そもそもエルネストには何の目的もない。
旧主のジークルーネに頼ろうかとも思ったが、それも難しいようだ。
元々は屋敷に住み込みで生活していた宮仕え……根無し草で生活できるような技能はないのだ。
「条件はまず金銭……親衛隊時代の貯金が丸々残っているはずだ。……お前が使い込んだ分を返してもらおう、それからこの学院に寮とかあるんだったら部屋の手配……今はそんなところか、入学手続きとかは全て任せる」
矢継ぎ早に要求を伝えるエルネスト。
しれっと自分の貯金をアンヘルが使い込んだと決めつけており、それは証拠もない言いがかりに過ぎない。
しかし言われたアンヘルは冷や汗を流して沈黙で応じた。
まるで不意打ちを受けたかのようであった。
逆にエルネストはしたり顔である。
自分の憶測が当たったことに満足していた。
「手続きは数日かかるが、構わないか?」
「今この場からってことにしろ。後で書類を偽造するなんてお前なら簡単だろう……お前の能力は信用しているからな」
「褒めても何も出んぞ……まあ、構わないが……しかしなぜだ?」
アンヘルの疑問をエルネストは簡潔に答える。
「もうすぐ夕方だよな……ちょっと見たんだけど、あれビュッフェだよな……学院生以外が利用しちゃ、不味いよな」
嬉しそうなその声にアンヘルの顔が引きつる。
「ガキか貴様は……」
そう嗜めるように呟くが、エルネストは意図的に無視した。
*****
「アンヘル先生……お聞きしたいことがあります」
エルネストが退室してから少し経った後、大柄な男子生徒が学長室にやってくる。
大剣を持ってここにやってくる常識知らずはスヴェンだった。
口調こそ丁寧だが、その平坦な口調はむしろ命令する者のそれだ。
それも……配下の不始末にいら立つ上司の態度だった。
「エルネストの処分が寛容だったようですが……」
「いえ、それが……どうも私の立場では手に負えないことがありまして」
アンヘルも腰が低い。
バウムガルデン家当主・ランドルフの代行として学院を運営する彼だが、ランドルフの息子、つまりは次期当主が相手では下手にも出る。
ましてや……次期の文字がもうすぐ取れるとあっては猶更だった。
「とっとと牢にでもぶち込めばいいでしょうに……不法侵入だけでも十分だろう」
「それが彼は転入生でして……学院生であるのならば学院の領内に入っても特に問題ないかと」
「いつからそんな不条理がまかり通るようになった」
「今からです……」
スヴェンの顔が一層、険しくなる。
それは怒りと言うよりも危機感が強い。
不法侵入者が実は学生でしたと言った過去改ざんがまかり通るようであれば、学院の秩序は崩壊する。
それが良しとなれば、殺人が実は被害者が襲い掛かってきたからと言う正当防衛でさえ成立するからだ。
いささか偏見に近い考えだが、九剣聖の強権がまかり通る学園では、それがおかしな考えではない。
「女王陛下とて愚かではありません……今の時世を読んで彼を派遣したようでして」
「書類に判を押すだけのあの女に何の力がある」
「さて……私に分かるのは私にはどうにもできない相手であることを告げるだけでして」
アンヘルは嘘をつく。
あいまいな情報で相手の錯誤を誘うのは彼の得意とすること。
スヴェンとて優秀であってもしょせんは経験の少ない若造……アンヘルにしてみれば与しやすい相手だったのだ。
王家から九剣聖への政権移譲……とはすなわち九剣聖同士での権力争いの始まりを意味する。
誰がトップにだけでなく、どれだけ利権を手に入れるかが焦点となる。
なにせ王家創立から数百年ぶりに訪れた革命である。
今の頑張りが、下手すれば数百年間の子孫の存亡に関わってくるとなれば必死にもなろう。
この場において、権力を奪われる側の弱小扱いの王家もなんの力もない訳ではない。
九剣聖同士はいま拮抗している……天秤が釣り合っている状況でのわずかな助力はそのまま大きな変化を齎すだろう。
例えば、王家が禅定という形で王権をどこぞの剣聖家に授けるだけで、その家は王家となり残りは「八剣聖」という形に変化する。
であればまだいいが……それが七剣聖、六剣聖、五剣聖……と「敗者」となった連中が潰されたしてもおかしくはない。
武断政治の欠点だ……話し合いを拒否し、軍事力での横暴がまかり通る。
もっとも、そんな策略を駆使できるのであれば、今代での王室廃止はなかってであろうというのがアンヘルの見識であった。
彼の女王は平和な時期であればそこそこ優秀として名を遺したであろうが、戦時にはとんと向いていない人物であった。
時代に恵まれなかった不幸。
だがそれを嘆いても仕方がない。
(生き延びてやるさ……いや、勝ち残ってやる……オレはな)
己の領分を超えた事態に懊悩するスヴェンを蔑みながら、アンヘルは自分が勝者となる道筋を検討していた。
*****
(厄介なことになったな……)
アンヘルが己の利益を皮算用しているのと同時にスヴェンもまた今後の計画を検討していた。
実は、彼は見ていたのだ……エルネストが魔獣を討伐する瞬間を。
魔獣にトドメを刺したのは黒霧を払った教師陣、だが短期間とはいえ魔獣と打ち合ったその武勇は生徒と比べられるレベルではない。
スヴェンとて武門の嫡男として死刑囚の執行に携わった経験がない訳ではない。
相応の刃と相応の達人が揃えば、人間の胴くらいは一撃の元に切断できる。
魔獣の脚は大人の胴ほど……であるならば可能なはずだ。
しかし、あの混戦の中で冷静にその技量が発揮できるのか?
ましてや最後の二撃……奴はロスヴァイセを抱えたまま、左腕一本で両脚を斬り落とした。
ただの腕力ではない……。
魔獣からすれば、跳躍して着地しようとしたところに突然、刃が出現したようなもの……魔獣の動速、体重を利用して斬り落としたのだ。
理論上は可能な領域……だがそれは再現できなければただの空論。
果たして、同じことが自分にできるのか。
(いや、できるはずだ……おじいさまが今わの際に、最期の力を振り絞って見せてくれたあの奥義……それはあの程度なものではなかった……しっかりしろ、俺は英雄の孫だぞ!!)
立ちはだかる強敵を前に、恐怖に駆られる自分を抑え……スヴェンは学長室を出て行った。




