旧友との再会・一
バウムガルデン学院……その貴賓室でアンヘル・ロイスナーは苛立たしげに学長室の高価そうな机に蹴りを入れる。
学院において教師として働いている彼は武芸祭での巡回をしており、ちょうど一息ついて紅茶を嗜んでいたところだった。
不死者出現の報はその直後……。
騎士や警護、戦闘に心得のある教師を指揮して現場に放り込んだところで彼は件の不死者を討伐した何者かの名前を聞く。
初めその名前を聞いた時、彼は悪質な冗談を聞いたと不機嫌になり、次に容姿を聞いて、顔を顰めた。
かつて陥れて殺したはずのあの男……奴で間違いない。
「厄介な……」
それは地獄より亡者が蘇ったことによる恐怖ではない。
どちらかというと、不正がバレて処罰を待つ罪人のような表情であった。
悩み苦しみ、徒に時間を浪費した彼は、そのまま裁判の時を迎えたのだ。
「あからさまに殺し損ねたって顔をするんじゃねえよ……傷つくじゃないか」
荒々しい言葉遣いと共に貴賓室の扉が開かれる。
現れたのはエルネスト……そのままドカッと椅子に座る仕草は甚だ行儀が悪い。
学長室に連行されたエルネストはスヴェンに催促されて入室したが、そこには意外な人物がいたのだ。
アンヘル・ロイスナー。
エルネストと同じ親衛隊であり、彼を陥れた三人の一人。
あれから25年の月日がたち、同年代だった少年は今や品のいい初老となっていた。
柔和で穏やかな顔をしているが、今は心の葛藤がそんな表情に微妙な変化を見せている。
「てっきりお前は王宮にいると思ったんだがな」
「あそこはもはや魔界だ……息が詰まる」
「うちの姫様を見捨てたか……不忠者め」
「女王陛下と呼べ、女王陛下と……不忠者はどちらだ」
アンヘルの動揺は今や子供でも分かるほどに激しかった。
ちなみにエルネストを連れてきたスヴェンは部屋の外で待機している。
生徒であるため、教師に裁可を求めた模範的な行動だが、二人きりとなった学長室の空気を悪くすることに拍車をかける結果となった。
相手は自分を陥れた卑劣な裏切者……。
ここでばっさりやってもいいが、エルネストはあえてそれはしない。
しょせん、こいつは日和見主義者でジークルーネの言うことに従っただけ。
こんな小物を斬って何になる……と言うのが一応は理由であった。
「このままオロオロするお前を眺めるのもいいが……いい加減、趣味が悪いな……最初に言っておくが俺は何も復讐をしに来たわけではないぜ」
「……」
不審げに様子を伺うアンヘルにエルネストは苦笑する。
どうにも疑われたものだと笑いが込み上げてくるのだ。
「うちの姫さんに身内を粛清する度胸なんてあるわけがないしな……誑かした奴を知らないか、そいつに用がある……教えてくれたら、半殺しで勘弁してやってもいいぜ、アンヘル・ロイスナー」
「黒幕などいない……お前が単純に殺したいほど憎まれていた訳ではないのか?」
アンヘルが皮肉を飛ばす。
その目に敵意は消えていないが、顔色に血色が少し戻る。
エルネストがここで斬り合いを演じる訳ではないことに安堵したようだった。
「俺は特別だぜ……」
「そうそれよ……お前はとかく自分を特別扱いする傾向が強かった……親衛隊内部でもそれが元で顰蹙を買っていたことをまさか知らない訳ではあるまい」
「親衛隊はジークルーネの私兵団……姫さんの古参である俺が多少特別扱いされてもバチはあたるまい……そうだろう?」
諫めるようなその言い方にエルネストはまるで頓着しない。
ため息を吐く、アンヘルは説得を諦めたようだった。
「相変わらずだな……なぜ今になってお前が封印を破って出てきたかは知らないが、時代は変わった……お前はもう取り残された人間なのだぞ」
「それはなんとなく分かる……うちの姫さんは王家の改革に失敗したんだな」
「それどころか王室の廃止が随分前に決まったよ、正式発表はまだだが……王家関係者は私のように一生、冷や飯暮らしだ」
胸にたまった膿を吐き出す様にアンヘルが喋りだす。
大戦のあと、大多数の支持を得て女王として即位したジークルーネ。
その後、十年ほど善政を敷いたが年齢を理由にローベルトが引退したあたりから徐々に歯車が狂い始めた。
親族たる王族の勝手な振る舞いを抑えきれず、国政は混乱。
いつしか彼女は信望を失い、今では九剣聖の合同で政務が行われ、女王は書類に判を突くのが仕事とまで揶揄される有様。
「ま、良くやった方じゃないか、頭の先から爪先まで王家は腐りきっていた……不死王の復活がなければ、革命となってもおかしくなかった……それが平和裏に政権が移譲される程度に軟着陸できたのなら、少なくとも俺は手放しで褒めてやるぞ」
あくまで上から目線の言い分だが、内容自体はまるっきり的外れと言う訳ではない。
正直なところ、アンヘル自身も無理だと思っていたし、今の状況以上の事をできたとも思えない。
エルネストとアンヘルの差は、それを口に出すか否かといった個人の性格によるものだ。
「ともかく……お前が陥れられた件は本人に聞け、わしは知らん……なんとか陛下との面会の機会を作るが……大分、時間がかかる」
目元あたりを抑えながら、絞り出すようにアンヘルは言葉を紡ぐ。
王室廃止が決まって数年余り……ついに正式発表および女王退位まで秒読みとなっているが、案の定と言うべきか、「王党派」と呼ばれる王室擁護派が不穏な動きを見せていた。
これが女王の忠臣と言うならばまだいいのだが、その内実は権力争いに負けた敗北者が徒党を組んだというだけでしかない。
大きな変化に付け込み、万に一つの逆転に賭ける。
彼らが望むのは、自分たちより上位の者を引きずり落とし、その地位にとって代わること。
「馬鹿者が多くてな、陛下も関与の疑いがかけられて身動きが取れない……奴ら不死者すら利用しているようだ……グレイプニルの邪教徒がどうなったか知らぬわけでもあるまいに」
「武芸祭でのあれは、そいつらか……」
「ああ……だが潜伏先も戦力も何もおおむね調べがついている……数か月後の遠征で片が付く……これも何かの縁だ、バウムガルデン家所属として参加してはどうだ?」
上層部……言うなれば貴族連合「九剣聖」のご機嫌伺いを進めてくるその世知辛さ。
かつてジークルーネ配下として人々の称賛を浴びていた親衛隊の凋落を知り、エルネストは悲しくなる。
「……苦労したんだな」
「わしは悲しい……同じ親衛隊の仲であったのに、生まれや身分でこうも生涯が異なるというのか」
一気に年を取ったかのように気落ちするアンヘル。
その姿は、己の運命に絶望した中年男性の姿であった。
あと一歩で自殺しかねない……そんな危うさすら感じられる。
「ランドルフは……」
「あいつはローベルト様の息子だぞ……今は亡き英雄の後を継いでバウムガルデン家当主に、そして同時にこのバウムガルデン学院の学長を兼任している……いいご身分だよ」
「そうか……」
エルネストはそんな彼の肩に手を置く。
優しく一撫でし、次の瞬間には握りつぶすかのように掴みかかった。
「語るに落ちたな、アンヘル。王家から政権を簒奪する忙しい状況で学院経営をしている暇などない。他の九剣聖の牽制やら王党派への対処、やらなければならない事などいくらでもある……普通は、兼任じゃなくて代行を置くはずだ」
「何を……」
「何も知らないなんて白々しい顔はよせ。今、学長室でふんぞり返っている奴は誰だ……手前だろう?」
アンヘルが己の肩に置かれたエルネストの手を握る。
こちらもまた……穏やかとは言えない握力だった。
「腹芸は苦手だったはずだが……」
「そうだが、お前とは付き合いが長い……なんとなくだが嘘をついていることは分かった」
アンヘルの、先ほどの疲労した顔はいつの間にか、油ぎったふてぶてしい物に変わっていた。
恐らく、こちらが本性なのだろう。
先とは逆に40過ぎの実年齢より若く見える。
「先に言っておこう……「オレ」の手下になるのだったら歓迎しよう」
「同格だった奴の風下にか……冗談ではないぜ」
二人とも笑顔だったが、共に敵意を剝き出しにしていた。
ジークルーネがまだ没落王族だった時からこんな調子である。
心を許したことは一度もなかったが、奇妙な友情めいた関係は続いていた。




