総愛されだなんて聞いてません!~照れ屋な私と双子の王子~
「リリス嬢、ぜひ僕とダンスのペアに……」
「お断りします」
「え、あ、そ、そうか……」
公爵令嬢リリスに、にべもなく即答された男性は、恥ずかしそうにその場から逃げ出した。
そんな彼の背中を、リリスは悪びれる様子もなく無表情で見つめる。
氷のような瞳に、光り輝く金色の髪が特徴的だ。
それを見ていた学生たちは思い思いにコソコソと話し出す。
「またリリス様に振られた方が増えましたね」
「未だに、微笑んでもらえた男性すらいないのよ」
下は男爵から上は侯爵まで。名だたる家柄の息子たちが、リリスにダンスの申し込みをする。
そのたびに断られる、というのが学生たちにとってここ最近の名物風景であった。
「リリス様……誰とダンスを踊られる気なのかしら……」
誰かの心配そうな声に、周囲の面々は首をすくめた。
ここは王侯貴族学園の中庭、一週間後、卒業パーティと表して大舞踏会が開催される。
そのため、今は学生たちが浮足立ってペアを探している真っ最中だった。
リリスはクールな表情をそのままに、誰もいない場所までゆっくりと歩いた。
校舎内の壁から少しだけ顔を出し、キョロキョロと誰もいないか周囲を見渡す。
「はあ……ドキドキした……もー! 大舞踏会なんて誰が決めたのよ!? 男性と手を繋ぐなんて、考えただけでも恥ずかしい。一体どうしたらいいの~!?」
触れたら溶けてしまいそうな雪の肌を赤らめ、心臓の鼓動は速くなっていた。
リリスは――極度の恥ずかしがり屋だった。
何度も深呼吸をして心拍数を整えていると、真っ赤な髪がちらりとリリスの視界に入る。
「ソ、ソフィア!?」
「見ーてーまーしーたーよー!」
エイプリル公爵令嬢、ソフィア。リリスの幼馴染で、唯一心を許せる相手だ。
おっとりとした表情をしているが、性格は赤髪と同じく明るい。
「どこから……?」
「最初からです。恥ずかしいのは知ってますが、あれでは誰からも冷たく思われてしまいますよ」
「ええー!? 私としては精一杯、微笑んだつもりだったのに……」
「足りません! 顔をくしゃっとするのです!」
「うう……」
リリスの水晶のような瞳から涙がこぼれそうになり、ソフィアは優しく頭をなでなでする。
「よしよし、まあいいのです! それよりも、エリオット様との進展はありました? ペアに誘うと決めてからもう随分立ちましたよね」
「一言も話せてない……」
「わかりました。行きましょう!」
「え、どこに!?」
リリスは、ソフィアに手を引っ張られ、校内をずるずると引きずられていく。
桜の並木が見える渡り廊下を通って、一階の図書室に辿り着いた。
入口に足を踏み入れる瞬間、ソフィアが小声で話しかける
「ほらリリス様、いますよ」
風がよく入る窓際の一席、うずたかく積まれた本の前には、ふわりとやわらかそうな黒髪で、眼鏡をかけた男性生徒がいた。
リリスが密かに恋心を抱いている第二王子、エリオット・ハヴィラントである。
魔法の才に優れており、学業においては、歴代でも最高だと言われている。
二人は、少し離れた席に腰を掛ける。
「ほんとエリオット様は本が好きですね」
「あれはサンケンブルグの第二版。二日前からずっと読んでるみたい。その前は東リンネル共和国の魔術学を――」
「あら、ダンスに誘えていないのにお詳しいですね」
「た、たまたまです!」
うんうんと頷いていたリリスだが、ソフィアに笑顔でツッコミをいれられ、椅子から転げ落ちそうになる。
「のんびりしていると、エリオット様のお相手が決まってしまいますよ」
「だけど……女性が男性を誘うなんて変じゃない?」
「そんなことないです。それとも七日後、エリオット様が他の女子と手を繋いでダンスしてもいいんですか?」
「それは……いや……」
涙目になるリリス。
わたしがいますから、と何度も声をかけられ、リリスは覚悟を決めて椅子から立ち上がった。
「ふぁいとです!」
背中越しから小さく聞こえるソフィアの後押しを受けながら、リリスはエリオットの元に歩み寄る。
「おはよう、エリオット、空いてる? おはようエリオット、一週間後、どう? おはよう、エリオット……」
十文字程度の言葉を復唱しながら、心臓の鼓動は早まっていく。
「えっと……」
隣に来ても、エリオットは本に夢中で気づかない。リリスは後ろを振り向いてソフィアに助けを求めたが、口パクで頑張れと叫ばれる。
逃げ出したくなる気持ちを押し殺して、勇気を振り絞り、少しだけ声の音量をあげた。
「あの、エリオット」
「あ、おはようリリス。もしかして俺、気づいてなかった?」
「いえ、大丈夫です」
「良かった。夢中になってると周りが見れなくて」
「私もそういうときがありますよ」
「座る?」
「はい」
ぎこちない受け答えをしながら、リリスの頭は真っ白になっていく。
二人はまったくの他人というわけではなく、むしろ幼いころ、ソフィアも含めてよく遊ぶ仲だった。入学当初も仲良くしていたのだが、成長するにつれて話せなくなってしまったのである。
「…………」
「…………」
本を捲る彼の姿を見ながら、リリスはこれ以上ないほど微笑ましい表情を浮かべる。朝早くということで三人しかいないが、誰かが見ていれば一発でリリスの恋心がわかってしまうだろう。
しかし、リリスはハッと本当の目的を思い出す。
卒業すればもう会えなくなるかもしれない、そう考えてしまったときの悲しい気持ちを勇気に変換させる。
小さく深呼吸して、リリスは口を開く。
「七日後ですね、大舞踏会」
「ああ、それが終われば卒業か……」
「ペアの――」
「ペアの相手は決まってる?」
同タイミングで、エリオットが言葉を被せた。
思わず頬を赤らめてしまい、リリスは絶好のチャンスを冷たく返してしまう。
「いえ……まだです」
「そうなんだ、もう決まってるかと思ってた」
どういう意味なのか解釈しようとしたが、今の状態では到底不可能だと思い諦める。
エリオットは? という言葉が出ずに、長い時間、リリスは戸惑っていた。
窓の外の景色を見ながら、エリオットが口を開く。
「やっぱり、桜は綺麗だね。――今でも好き?」
突然の問いに、リリスの心臓がドクンと鳴る。
なぜなら、リリスは小さい頃から桜が大好きだった。
そのことをエリオットは覚えててくれたのかと、嬉しくなった。
「う、うん。好きだよ」
取り留めもない話しは続けることができたが、どうしてもダンスに誘うことができず、今日は諦めようと思ったとき、金髪の男子がエリオットの隣に腰かける。
「やあ、めずらしいな。というより、懐かしい光景か」
「兄さんが図書室に来るなんて、今日は雨が降りそうだな」
エリオットの二卵性双生児の兄、第一王子レオ・ハヴィランド。
目鼻立ちの整った顔と、堂々とした態度が女子生徒に人気がある。
華奢な見た目からは想像もできないほど、剣術、武道の才に恵まれていた。
そのままレオはまじめな表情で、リリスに話しかける。
「実はリリスに話しがあって来たんだ」
「え?」
首を傾げるリリス。ソフィアとエリオットが見ている中、レオが続ける。
「リリス、七日後の大舞踏会、俺とペアを組んでくれないか?」
――――――
――――
――
「ええ……それじゃあ親同士はすでに了承済みってことですか?」
翌日の朝、登校中。大舞踏会まで――あと六日。
リリスとソフィアは、昨日の図書室での出来事を話していた。
レオが、リリスをダンスに誘ったのである。
聞けばその理由には、政治的な意味合いが込められていた。
大舞踏会の相手は基本的に自由となっているが、婚約者と踊るペアも少なくはない。
第一王子のレオはまだ婚約者がおらず、そのためペアを決めた相手は、王妃候補で間違いないと世間に知らしめる結果になりかねない。
ともすれば、相手方に迷惑がかかる可能性がある。
しかし、王家とリリスの家系は昔から付き合いが深く、それもあってお願いしたのだという。
「そう……父上と母上も知っていた……」
それでもリリスは断ろうとしたのだが、始業ベルが鳴ってしまい、タイミングを逃してしまった。
放課後も話せず、さらに自宅に帰ったところ、両親からもレオとペアを組んでほしいと頼まれたのである。
「でも、本当にそれでいいんですか……?」
リリスの顔色を覗き込むように、ソフィアが静かに訊ねる。
「いや……ハッキリと断るよ」
「え? 大丈夫なんですか?」
「……わからない。だけど、私はエリオットとペアになりたい。ソフィアに応援されてる気持ちの分まで、勇気を出したい」
「リリス様! 素晴らしいです!」
「ありがとうソフィア、私がんばるよ!」
ソフィアはぎゅっとリリスの手を握りしめ、二人は満面の笑みで学校に到着した。
◇
「どうしよう……」
時間が過ぎて放課後、リリスは今朝の笑顔はどこへやら、項垂れるように教室でソフィアと話していた。
「まさかここまで噂が回っているとは思いませんでしたね」
リリスとレオが大舞踏会でペアを組んだという話が、学生はおろか、先生たちにもなぜか周知の事実になっていたのである。
婚約者候補とハッキリと思われているわけではなさそうだったが、ひときわ注目度が高い二人ということで、大勢から楽しみですと声をかけられたりしていた。
今さら断るという話になれば、レオの顔、ひいては王家の顔に泥を塗りかねない。
さらに、レオは王家の用事でもう帰っていたので、話すことすらできなかった。
「図書室に誰もいなかったはずなのに、どうして……」
「もしかしたら、誰かに見られてたかもしれませんね」
二人が頭を悩ませていると、入口の扉がガラッと開く。
忘れ物でもしたのかなと、二人が視線を向けると、立っていたのはエリオットだった。
なぜここに来たのかわからないが、教室にはリリスとソフィアしかいない。
間違えたのかと思ったら、エリオットがリリスの名を呼んだ。
「は、はい!?」
ゆっくりと歩いて来て、目の前で止まる。
ソフィアが目を見開いて驚いている中、エリオットは言う。
「リリス、ダンスだけど……僕で大丈夫かな?」
◇
「リリス、腰が引けてるわ。もっとエリオットに体を預けて」
「は、はい!」
それから数十分後、リリスは空き教室で先生指導の下、エリオットとダンスの練習をしていた。
「エリオット、リリスの手をしっかりと握りなさい。女性の美しさを引き立たせるためには、あなたが堂々としてなきゃダメよ」
「わかりました」
今まで恥ずかしさのあまり男性と手を繋ぐことができず、リリスは何かと理由をつけてダンスの練習を怠っていた。
どこからかそのことを聞きつけた先生が危惧して、大舞踏会に向けて特訓だと連れて来られたのである。
レオはすでに帰っていたので、その代わりにエリオットが現れたのであった。
「よし、今日は終わり! レオは当分忙しいみたいだから、明日も引き続きエリオットとリリスで特訓よ! それじゃあ!」
鍛えがいがあるのが嬉しいのか、先生はウキウキで教室を後にした。
ゴクゴクと水分補給を済ませたエリオットが、リリスに声をかける。
「下手でごめんね、兄さんにお前も練習しとけって言われて」
「う、ううん! 私も全然ダメだから……」
ソフィアは用事があったとのことで、すぐに帰ってしまった。
ダンスのペアを誘われたのかと思ってリリスはびっくりしていたが、とはいえ幸せな時間を過ごしていた。
「だけど、嬉しいんだ、またこうやってリリスと話せて。実は、恥ずかしくてなかなか声をかけられなかった……」
「え! わ、わたしもだよ! ずっと、話したかった!」
エリオットは、頬をぽりぽりと欠いて、恥ずかしそうに言った。
思わずリリスもいつもより声を張ってしまい、同じように頬を赤らめる。
そんな様子がおかしくてか、二人はいつのまにか笑い出す。
「なんか変だね。お互いにそう思ってただなんて」
「うん、もっと早くに……わかっていたら」
嬉しい反面、リリスは寂しい気持ちが溢れてしまい肩を落とす。卒業してしまうと、エリオットと会う機会が格段と減ってしまう。
それもあって、大舞踏会に誘おうとしていたのである。
「ありがとう、まだ時間あるなら、二人で練習しない?」
「もちろん、私も同じこと考えてた!」
翌日、そのまた翌日も、リリスとエリオットはダンスの練習に勤しんだ。
◇
大舞踏会まで――あと三日。
いつもの練習が終わり、エリオットとリリスは、下校を共にするようになっていた。
「買い食いなんて久しぶりかも、怒られないかな……?」
「リリスは心配しすぎだよ。このストロベリージュースおいしいね」
当初のぎこちなさはどこにもなく、リリスは、ほがらかな表情で会話していた。
レオにペアの解消は伝えきれていないが、そもそも了承もまだしていない。
罪悪感もあるが、エリオットとペアになりたいと打ち明ける決心をしていた。
「そういえば覚えてる? 取り壊しが決定しちゃったけど、北の展望台に二人で行ったこと」
そんなことを考えていると、エリオットが突然、リリスに訊ねた。
リリスは少しびっくりしてから、心の奥で大切にしまっている記憶を引き出す。
「……夜遅くにこっそり抜け出して、星を眺めたときのことだよね。エリオットがおやつをくすねてきたって嬉しそうにポケットから出したけど、クッキーが全部粉々になってて」
「そう、こんなの見られたら絶対怒られるよねって言いながら、手を汚しながら食べた。良かった……覚えててくれたんだ」
「忘れるわけないよ。とっても……綺麗だったし」
しかし、リリスはふと気づいてしまう。そういえば、エリオットのペアはどうなっているのだろうと。
婚約者がいないことは知っているが、すでにペアが決まっている可能性もある。
おそるおそる、リリスは様子を伺うように訊ねる。
「エリオットは……ペアのお相手って決まってるの?」
予想外の質問だったのか、エリオットはどこか困った顔で、話しづらそうにした。
もしかして……と、リリスの心臓がきゅっとなる。エリオットは、「えっと」と前置きして口を開く。
「それがまだなんだ。誘いたい子は……いるんだけどね」
「え、あ……そうなんだ……」
リリスは力のない声で返事をして、そのあとの練習は散々に終わった。
◇
大舞踏会まで――あと一日。
学園校内で、リリスは、久しぶりにソフィアと話していた。
家の用事が忙しく、なかなか会えなかったのである。
リリスは、昨日のことを話したが、なぜかソフィアに嬉しそうな笑みを浮かべられてしまう。
「リリス様、それはもう間違いないです!」
「え、どういうこと? 何が?」
「誘いたい相手は、リリス様ですよ! 言いづらそうにしていたのも、レオ様とペアを組んでると勘違いしているからです!」
「そんなわけないと思うけど……」
「いいえ、今日の練習のあとにでも、絶対言うべきです! ペアになりたいと! エリオット様も喜ぶはずです!」
「……そうかな」
「はい! 絶対成功します!」
段々と表情が明るくなるリリスだったが、目の前から歩いてくる二人を見た瞬間、身も心も固まってしまう。
「ソフィア……あれは……」
渡り廊下で、エリオットが親し気に女子とお話をしながら歩いてきたのである。
その相手はエリオットと同じく、魔法、魔術において優秀な成績を収め、さらには本好きで有名な女子生徒であった。
二人は思わず隠れていると、唐突にエリオットが女子生徒を抱き寄せる。
「そんな、ええ、うそ、まさか、ありえない」
「…………」
そんな中、ソフィアがリリスよりも困惑した様子を見せていた。リリスはすぐに目を反らしてしゃがみ込む。
「もしかして、あの子が……」
「いえ、リリス様! これは何かの間違いで――」
リリスは、静かに首を横に振る。
「ありがとうソフィア……今まで、応援してくれて」
「そ、そんな……」
茫然とするソフィアに、リリスは感謝を伝えながら、笑みを浮かべる。
「勘違いしないで。ソフィアのおかげで、自分に自信を持つことができた。次に好きな人ができたら、きっと心の想いを伝えれるはずだわ。本当に……ありがとう」
放課後、リリスは明らかに落ち込んだ表情で、悲し気にエリオットとダンスを踊っていた。
様子が違うことに気づいているのか、エリオットはそれに戸惑いを見せているようだった。
「あわわわ、まずいまずいです。どうしましょう――レオ様」
「ああ……完全に裏目に出てしまったようだ……」
教室の窓から顔を出し、ソフィアとレオが、慌てた様子で二人の姿を眺めていた。
◆
一週間ほど前――。
ソフィアとレオは、図書室である作戦を練っていた。
「リリス様が、その場で誘えればよし、ダメそうならレオ様が登場、ペアに誘ってエリオット様にやきもちを妬かせる! ってことですね!」
「できれば男らしく、エリオットから誘わせたいんだけどな……。ほら、リリスをペアに誘った男子が、軒並み断られてるだろう。自分なんかじゃダメだと、誘う前から意気消沈してるんだ。昔からリリスのことが好きでたまらないくせに」
「たしかにこれなら、ほかの男子がリリス様を誘うこともなくなるはずです。……だけど、エリオット様がそれで完全に諦めてしまったらどうするんですか?」
ソフィアは、少し不安そうな表情を浮かべて質問し、レオは真剣な表情で返す。
「好きな子を目の前で奪われ、それで黙って身を引くならその程度ってことだよ。大舞踏会までにエリオットが行動を起こさなかったら、そもそもリリスを幸せにできるとも思えない」
「優しいような、厳しいような……。けど、いいんですか? 無事に成功した場合、レオ様は誰とペアを組むんですか?」
「それは後で考えるよ。それよりも、始業ベルのタイミングを頼んだよ、僕はそれに合わせるから」
「任せてください! 私がバレないように後ろから合図を送ります!」
「よし、うまくいけば二人は昔のよう仲良くなれるはずだ」
◆
「レオ様とリリス様がペアになったと、こっそり噂を広めておきました! これで、リリス様に告白する男子はもう現れないはずです!」
「ああ、俺も両親と先生にうまく話しをしておいた。放課後、リリスとエリオットはダンスの練習をすることになるはずだ」
学校の裏庭で、ソフィアとレオが嬉しそうに話している。
「しかし、レオ様は本当に素敵です! わたし一人では到底考えられないことばかりでした。まさに恋のキューピットです!」
「そんなことないよ。だけど、最低限の手助けじゃないと二人のためにならない。ソフィアも気をつけてくれ」
「なるほど……わかりました!」
うんうんと頷くソフィアに、レオは微笑みながらふっと笑う。
「ん? どうしました? 」
その様子に気づいたソフィアが首を傾げる。
「いや、自分のことのように嬉しそうだなと思って」
「嬉しいです! これがきっかけで二人の距離が縮まってくれたら、わたしは最高です!」
「そうだな、俺もそう思うよ」
◆
「ほら、見てください! 凄い楽しそうです! リリス様が笑顔で、エリオット様と話してます!」
「そうだな、エリオットのあんな嬉しそうな顔も久しぶりに見た」
ソフィアとレオは、空き教室の窓から、リリスとエリオットがダンスの練習をしているのをこっそりと眺めていた。
踊っている二人より、眺めている二人のほうが、幸せそうな顔をしている。
「後は二人に任せるとしよう、大舞踏会まで、見守るとするか」
「はい! わたしもそうします!」
その場から離れてからすぐ、レオがソフィアに訊ねる。
「ところでなんだけど、この後、予定ある?」
「予定ですか? いえ、帰るだけです!」
「ストロベリージュースが飲みたいんだけど、そのお店、男一人だと気まずくてさ」
「? はい」
「よかったら、一緒に行ってほしいと思って。もちろん、迷惑じゃなければ……」
「え、行きたいです! ストロベリー大好きです!」
「よかった」
嬉しそうな表情を浮かべるソフィアに、レオも表情をほころばせるのであった。
◆
「――ということです……。リリス様はすっかり落ち込んで、もう諦めると言っていました……」
「そうか……俺がしたことは、余計なことだったのかな」
お昼休み、ソフィアは、エリオットが親し気に女子生徒と歩いていたことをレオに伝えた。
レオは、まさかそんなと驚いてショックを受けてしまっている。
「……放課後、二人の練習を見に行きませんか?」
「ああ……わかった」
◇
そして、話は現在に戻る。
二人は、リリスとエリオットのダンスの練習を眺めていた。
急接近していたはずが、リリスの表情が淡々としてしまっている。
レオは、余計なことをしたなとすっかり落ち込んでしまっていた。
「絶対……上手くいくと思ったんだけどな」
きっかけを与えて、見守るだけと言っていたが、レオの中では確信があったらしく、項垂れるように廊下に座った。
ソフィアは、そんなレオを見て心が痛んだ。
元々この話は、ソフィアがレオに頼んだことからはじまったのである。
ソフィアは幼いころ、些細なきっかけからいじめに遭い、リリスに助けてもらった。
芯が強く、ハッキリとした物言いをするリリスだが、男性に対しては極度の恥ずかしがり屋で、いつも目線でエリオットを追うだけだった。
ソフィアはそんな彼女に幸せになってほしいと、ずっと思っていた。
嬉しいことに、エリオットも昔からリリスに恋心を抱いていたことを、レオから教えてもらった。
それならきっかけを作ってあげようと、二人は一致団結したのだった。
「わたし、聞いてきます」
「え、どこに行くんだ? ソフィア!?」
レオが驚いて声をあげるが、ソフィアはかまわずに廊下を駆けていく。エリオットがリリスを見つめる表情は、リリスがエリオットを眺めているときと同じだった。
ソフィアからしても、とても信じられなかったのだ。
本当にエリオットが女子生徒を誘ったのかどうか、知りたかった。
明日は大舞踏会当日で、もう時間がない。
まだ校内に残っているかもしれないと、学生たちに手あたり次第に声をかけ、校内を回った。
しかし、女子生徒の姿はどこにもなかった。
◇
大舞踏会――当日。
学園の近くの大きな会場が貸し切られ、絢爛華麗に装飾された外装が、ライトアップにより綺麗に光り輝いている。
月夜に照らされた学生たちが、豪華なドレスに身にまといながら会場に入っていく。
ほとんどの人はペアの相手が決まっているが、そうではない男女は、当日、自動的に相手を決められてしまう。
貴族の中でそれは大きな恥だとされているので、今日のこの日まで、みんな必死に相手を探していたのだ。
それゆえに当日を迎えたことが嬉しいのか、ホッとした表情をしている学生が多い中、ソフィアは真っ赤なドレスを身につけながら、会場前で不安そうにしていた。
「あ、レオ様!」
ソフィアの前に、黒いタキシードを着込んだレオが現れる。
金髪の髪がふわっとなびいて、長身の脚がスラリと目立つ。
しかし、ソフィアを見るやいなや、まるで銅像のように固まってしまう。
「レオ様?」
「……あ、ああ。……月並みだけど、とてもよく似合ってる。綺麗だよ」
「え? ん、あ、え、わたしのことですか!?」
突然の賛美に驚いたソフィアは、誰のことだろうと後ろを振り向くが、レオの視線が自分に固定されていることに気づく。
存分にあわてふためいた後、「あ、ありがとうございます」と頬を赤らめ、首を横に振って真剣な表情に戻した。
「実は、リリス様がまだ来てなくて。それに、エリオット様も……」
ソフィアは、もしかしたらリリスが欠席するかもしれないと不安を抱えていた。実際、リリスはまだ現れていない。それはエリオットもだったが。
しかし、レオが「大丈夫だよ」と優しいを声を、ソフィアにかける。
「そのことだけど、もう心配ないよ。どうやらエリオットは、俺が思ってたより真剣だったみたいだ」
「え、どういうことですか?」
レオは、会場へ来る前にエリオットと話しをしていた。
今まで、エリオットが何を考えていたのか、何を思っていたのか。
そして――すべてを知ったソフィアはとても嬉しそうに笑みを浮かべた。
「そうだったんですね……これでもう、何も心配はありませんね」
「ああ、すべては君のおかげだよ。ソフィア」
「いえ、レオ様です! 一安心どころか、百安心しました! あ、でも……レオ様、ペアはどうす――」
レオは、ソフィアの手を優しく握ると、大勢の学生たちが周囲にいるにもかかわらず片膝をついた。
当然のようにざわめきはじめたが、レオはソフィアから目を離さない。
「リリスのために奮闘する君を見ているうちに、段々と心が惹かれていった。いつも笑顔で、明るくて、清らか心を持つ君が好きだ。ソフィア、俺と踊ってくれないか」
その真剣なまなざしは、一点の曇りもなくソフィアに向けられている。
嬉しさなのか、恥ずかしさなのか、驚きなのか、ソフィアは初めての感情に身を任せながら、満面の笑みを浮かべた。
「喜んで、レオ・ハヴィラント様」
そして、国中が光に包まれた。
――――
――
―
「気をつけてね。あらかじめ魔法で補強してるから、大丈夫なのは間違いないけど」
「ええ、だけど、突然着いて来てほしいってどういうこと? 大舞踏会まで、もう時間があまりないし……ペアの相手が待ってるんじゃないの?」
エリオットは黒のタキシードに身を包み、リリスは、桜色のドレスを身に纏っていた。
ここは、二人の思い出の場所。すでに取り壊しが決まっている、北の展望台だった。
服が汚れないように、エリオットが魔法を付与している。
「ペアの相手? 前にも言ったけど、決まってないよ」
その言葉に、リリスはエリオットが廊下で親し気に女子生徒と歩いていた記憶を思い返す。
さすがにそのことは言葉にしないが、疑問を抱いているうちに、展望台のてっぺんまで辿り着いた。
一瞬、すべてを忘れてしまうほど、心が奪われてしまう。
「凄い……久しぶりに来たけど、やっぱり綺麗だね」
「ああ、本当にここから見える景色は、いつみても素晴らしい」
あたり一面が家の光で輝き、空気が澄んだ夜空には星がきらめいている。
しかし、リリスはわけがわからなかった。レオが迎えに来るはずだったのに、現れたのはエリオットだったからだ。
「前に『覚えてる?』って質問したとき、忘れてたらどうしようと思ってたんだ
「……忘れるわけないよ。あの夜は特別な日だったしね」
二人で星空を眺め、クッキーを食べた。そして――最高の瞬間を共有した。
「……ねえ、どうしてずっと、時計を眺めてるの?」
ここに来てから、エリオットは胸に下げている時計を何度も確認していた。
大舞踏会の時間を気にしているのかと思っていたが、それにしては回数が多かったのである。
エリオットは、深呼吸してからリリスの瞳を見つめる。
「最高の瞬間を、リリスにもう一度見せたいからだよ」
次の瞬間、国中のいたるところから、口笛のような乾いた音が聞こえはじめた。
驚いて振り向くと、光が竜のように空高く登っていく。
そして――リリスの大好きな桜色の光が、夜空一面に広がった。
続いて、色とりどりの小さな光や、大きな光が、ドカンと音を響かせながら、空が煌びやかなな色に包まれていく。
「……これ、エリオットが?」
過去の記憶、クッキーを食べながら、二人で花火を眺めた思い出が蘇る。
リリスが桜を好きになったきっかけは、エリオットと二人で見た花火の色が、桜色だったからだ。
もう一度見たいと思っていたが、花火は異国の技術ということもあり、諦めていたのだ。
「どうにかして魔法で作ろうと思って調べたり、魔術に詳しい友達に聞いたりしてたんだ」
「もしかして、図書室にいたのって……」
「そう、リリスが現れて驚いたよ……。平然を装ってたけど、すっごいドキドキしててさ」
「え? そうだったの……!? でも、女の子と廊下で抱き合っ――あ……」
思わず廊下での出来事を言ってしまい、リリスは申し訳なくなる。
エリオットは「あ、見てたの?」と軽く答えた。
「地面につまづいて倒れそうだったのを僕が支えただけだよ。ただの友達さ」
「そうだったんだ……」
早とちりしていたと、リリスは自分を恥じて申し訳なそうに下を向いた。
しかし、エリオットが今まで見せたことがないほど真剣な瞳で、リリスの名を呼ぶ。
「リリス、ずっとあなたが好きでした。本当はもっと早くに誘おうと思ってたんだけど、この花火を一緒に見ながら、言いたかったんだ。――僕の婚約者として、大舞踏会で踊ってほしい」
予想外の出来事に、リリスは涙を流してしまう。
今までの想いや不安、すべての感情が溢れたあとに、嬉しさがこみあげてくる。
「リ、リリス……?」
あたふたするエリオットに、リリスは優しく微笑みかける。
「もちろんです、エリオット。――私も、あなたが好きです」
そして――二人は静かに唇を重ねた。
王侯貴族学園の大舞踏会では、審査・判定をした上で、さまざまな分野に優れている一組だけに、最優秀賞が贈られることになっている。
しかしこの日、最優秀賞を授賞したのは、二組だったという。
◇
「リリス様、とってもお似合いです!」
「そんなことないわ、ソフィアのほうが綺麗よ」
それから時が経ち、二人はお揃いの純白のドレスに身を包んでいた。
髪は綺麗にセットアップされ、煌びやかな装飾品を着けている。
そのとき、二人がいる部屋の扉が開いた。
「すごい……綺麗だね。リリス」
エリオットが現れ、リリスに視線を向けて嬉しそうに笑みを浮かべた。
その隣にはレオが立っている。
「ソフィア、君はいつも可愛いが、今日は一段と可愛くて綺麗だ」
エリオットとレオは、黒いタキシードに身を包んでいた。
胸元には、桜色のハンカチと、赤いハンカチが挟まれている。
「さて、もう時間だ。行こうか、リリス」
「はい、エリオット」
「ソフィア、手を」
「はい! レオ様!」
前代未聞、二組同時の結婚式の参列者は、過去最高を記録した。
【大事なお願い】
この物語が少しでも面白と思ったり、いい余韻があったと感じていただけましたら
ブックマークや↓の高評価
【★★★★★】でぜひ応援お願いします。
感想もお待ちしております。
こんなに長文にもかかわらず、最後まで見て頂きありがとうございました!