中の人(5)
すべての非リア充、陰キャ、ボッチ気質、インセルに捧ぐ
俺がハマったことがあるファンタジーは、小学生の頃、学校の図書館で読んだ『アーサー王と円卓の騎士』くらいだ。『指輪物語』も『ゲド戦記』も『ハリーポッター』も読んだことがない。
だから、ライトノベルの世界観は、ヨーロッパ中世の騎士物語風にした。アーサー王の伝説をファンタジーと呼んでいいのかどうかわからないが、当時の俺はそれとして受け止めていた。遠い過去の異国の土地で活躍する騎士たちの物語を読んでる間、俺の意識は現実を離れて、異世界を彷徨っていた。剣と魔法と姫君の世界に、俺は陶然としていた。図書館の窓から見下ろす校庭すら、騎士たちが馬上槍試合を繰り広げる競技場に重なって見えた。
それは、後にサラリーマンになって、パワハラと顧客の無理難題に苦しむようになった俺が、現実逃避の世界をレイモンド・チャンドラーが描く「卑しい街をゆく高潔の騎士」の物語に求めたことへと繋がっていたことに、今気づいた。
異世界ファンタジー要素を入れるため、この世界では、ユニコーンの夢が汎用エネルギーとして使われていることにした。
俺の夢は何だったろう?、とふと考えた。
学校の勉強もスポーツも得意じゃなかったので、小さな頃から、特に夢や目標を持つことはなかった。大学を卒業した時の目標は、普通に仕事して、稼いだ金で、余暇に本を読んだり、映画を観るくらいの余裕のある生活をすることだったが果たせなかった。ノルマとパワハラで精神をやられて最初の会社を退職して、人材派遣会社の契約社員になったが、給与も待遇もバイトレベルなので、余裕のある生活とはほど遠い。手取りから家賃を引くと、ぎりぎり生活できるレベルなので、本はできるだけ図書館で借りて読むし、映画はたいてい割引日に観る。
もっとも、今の仕事は人間関係がないから気楽だ。PCに向かって一日中入力するだけなので、他人と話すこともない。働いているのは主婦や中年女性が多い。二十代、三十代のフリーターは一割くらいだ。一年で半分くらい人が入れ替わったが、送別会も歓迎会もない。いつの間にか誰かがいなくなり、代わりの誰かが補充されている。ここでは、誰もが交換可能な部品のような存在なので、互いに関心を持つこともない。日本全国どこのコールセンター、入力センターも同じようなものなのだろう。ただ、荒れた茶髪に、派手なロゴの入ったトレーナーやジャンパー姿の元ヤン風の中年女性の多さが、ここが北九州であることを思い出させる。