ミズガルズ王国(1)
すべての非リア充、陰キャ、ボッチ気質、インセルに捧ぐ
顎髭の老人と鞍を並べて進んだ。肩まで伸びた老人の白髪が風になびいている。
「父君アルフォズル王様の後、このミズガルズ王国を治めるのはオージン様なのですから、王子として自覚を持って自重していただきたいです」乗馬中も老人の小言は続いた。
「すまなかった。だが、私も息抜きして、遠出したくなるときもあるよ」
オレは、老人に答えた。オレの意識が乗り移ったこの肉体は、このいつの時代、どの場所とも知れぬ言語を理解し、話していた。難なく馬を乗りこなしているから、この世界で必要な動作も身に付いている。転生前のオレは、乗馬などしたことがない。
「口うるさくて申し訳ございませんが、王子に万一のことがあったら、このシーズケッグは、家臣としてアルフォズル王様に顔向けできません」
馬が高い柵で囲まれたエリアに突き当たると老人は、馬を降りてゲートを開いた。しばらく草原を進むと、頭に一本の長い角を生やした羊のような動物の群れが目に入った。ユニコーンの一種だろうか。
「ご存知のとおり、ユニコーン牧場の運営は、王国の生命線です。サーベルタイガーは、ユニコーンを狙って柵を乗り越えて入って来ますし、空からいつもゾピロテスがユニコーンを捕らえるチャンスを窺ってますから目を離せません」老人は空を指差した。空には広げた翼が五メートルはあろう巨大な翼竜が二頭旋回していた。あれがゾピロテスか。あの大きさなら鉤爪でユニコーンを捕まえて、さらっていくことも可能だろう。
「王国のユニコーン・キャバリアたちの尽力によって、猛獣の危険からユニコーンは守られています」老人は、ユニコーンを馬で追う
数人の甲冑姿の騎士を目で追った。
「つい先日、われらの牧場の迷いユニコーンをバンコ王国のユニコーン・キャバリアが持ち去ろうととして、小競り合いがありました」ユニコーンをめぐるトラブルが戦争のきっかけになることはよくあります。遊牧民のランギ族とわれわれと国境を接したバンコ王国は現在係争中ですが、それもユニコーンをめぐるトラブルが発端でした。
いくつかの尖塔が空を突き上げている石造りの城が見えてきた。中世ヨーロッパの古城を思わせるが、奇妙なハイテク感がある。尖塔のいくつかはヘリポートのように使われていて、プロペラもジェットエンジンもない飛行艇が頻繁に離着陸していた。無音でホバリングして飛行し、自由自在に空中で方向を変えている。どうやらこの世界は、オレの元いた世界とは別種のテクノロジーが発達しているようだ。
「ドリーム・ホバーの運行は通常通りです。ドリーム・ホバーの動力源であるユニコーンの夢の生産・管理は安定しています」老人は尖塔から発着する飛行体を指した。
「先日、ユニコーンのドリームキャッチャーの定期メインテナンスを実施しました」老人は、天文台にありそうな巨大なパラボラアンテナの前に馬を止めて言った。直径三〇メーターはある巨大なパラボラアンテナが、草原にそそり立っている。傍らには厩舎のような建物がある。ユニコーンたちは、夜になると
ここで眠るのだろう。
馬が堀に渡された跳ね橋を渡ると、城門が開かれた。城内に着いて馬から降りると、馬丁が馬を厩に連れ去った。
「オージン王子、シーズケッグ家老、お帰りなさいませ」そう言って、城の前に立つ警備兵の騎士が敬礼した。