中の人(3)
すべての非リア充、陰キャ、ボッチ気質、インセルに捧ぐ
小説を書き始めたのは、データ入力の仕事に飽き飽きしているからだ。エクセルファイルに表示された数値や文字をひたすらインフラ会社の社内システムに打ち込む。業務にアレンジや改善の余地はないし、そもそも人材派遣会社から雇われた入力要員がクライアントの業務に改善提案する資格はない。自分の労働が、何らかの価値を生んでいる気がしないし、何かを創造している喜びもない。会社員をやっていた時のように、面倒な人間関係も人事評価も気にする必要もないので楽なもんだろうと思っていたが、一日八時間PCに向かってひたすら入力するのは、意外なほど消耗した。作業スペースに私物持ち込みは禁止なので、単調な作業に倦んでも、スマホなどで気を紛らすこともできない。
いい加減、単純作業以外のことがしたくなってきたので、小説を書くことにした。
今書いているのはライトノベルだが、実は俺はこのジャンルの熱心な読者ではない。今まで一冊しか読んでない。いや正直に言うと文体がしょぼ過ぎて、途中で読む気が萎えて、投げ出した。本当に好きなのは、チママンダ・ンゴズィ・アディーチェやジュノ・ディアスみたいな現代世界文学だ。
ただ、自分が好きなタイプの作品は、書けそうな気がしないので、とりあえずテンプレートのあるライトノベルを選んだ。
このジャンルのテンプレートは、現実世界でぱっとしない男が、異世界に転生して、転生先の世界では最高・最強の存在となって、ハーレムのスルタンのようにモテまくるというものだ。
しょぼい現実を生きていて、才能も能力も欠いているためそこから抜け出すこともかなわない、俺のような男が現実逃避するためのフォーマットだから、自分にしっくりするライトノベルがなければ、自分で書けばいい。
俺が満足するような作品も探せばあるのかもしれないが、とにかくライトノベルは作品数は多くて、探し当てるのも容易ではない。