進展?
「行方不明になった方は――崇さんに聞いたのですが、九条豊という40代の男性です。昔何度か会ったことがあるらしく、そこそこ親しかったとおっしゃっていましたわ。人物像としては、明るくて大雑把な人だそうです。まず九条さんがこの家を建て――別荘のつもりだったそうですが――出来上がってまもなく、行方不明になってしまいます。これが時系列順に並べると一番最初の出来事ですわね」
「は、はい」
「次に、捜索が行われました。結局見つかることはなく、九条さんは未だに行方不明のままです。そして札田さん夫婦が入居して、最初は食べ物が気づいたら無くなっている程度だったのが、次第にエスカレートしていきます。息子さん夫婦が来た際に起きた騒動以降、あたくしの所に来る決心をしました。崇さんが屋根裏に人がいるんじゃないかと思い始めたのもその頃ですわね。そして、その頃までは屋根裏に誰かはいなかったはずです。しかし確認したことによって中に引き入れてしまい、余計に面倒なことになったのですわ。これはそもそも霊が天井に入れなかったか、最初から入れたのにそこへ行く発想がなかったか、実在する人間の仕業か……の3択です」
「えっ、九条さんは死んでる可能性が高いんじゃ……」
「ええ。でも、全く見ず知らずの他人がいる可能性も捨てきれませんわ。まあ、ゼロに近いでしょうが」
「でも咲さんは、大人が腹這いになってようやく入れる広さって言ってませんでしたか?」
北川さんはあっさりと、
「入っているのが大人とは限りません」
「え……?」
「この山はやけに土地の値段が安いんですの。おかしいと思いませんこと? この山の中だけですのよ、ここだけ。不審に思って来る前にネットで調べてみた所、女児の行方不明事件がヒットしました。まあ、土地の値段とは関係ありませんが、結果的に面白い考察にができたのも事実です」
……まさか。
「その子が上にいる、とか……?」
そんなことってあり得るの? 北川さんは「そうとも考えられます」と、あくまでも可能性の話をしている。
「行方不明になったのは最近の話ですわ。冬の山にたった1人なんて、大人でも危険でしょう。助けを求めて彷徨って、偶然見つけたこの家に忍び込んだ……という可能性も、否定はできません」
「ちょっと待ってください。この辺り、子供がいないんじゃありませんでしたか?」
「それはこちら側の高級住宅街の方ですわ。そこから伸びる道路がこの札田家まで繋がって、後はただの砂利道です。ですから車で向こう側の住宅街に行くのは困難ですが、向こう側には子供も人も沢山いますの」
えええ、じゃあ屋根裏に行方不明の子供がいるかもしれないってこと?
信じかけた所で、「屋根裏にいるのは幽霊だと思いますが」と付け足される。
……ちょっと、じゃあこの推理はなんだったんですか!
「屋根裏の温度を測った時、外気温よりも低かったでしょう、これは明らかにおかしいのですわ。日が当たりませんから冷え切るのは仕方がないとして、あんなに薄っぺらい板で仕切られただけのリビングとあそこまで温度差があるのは納得できません。幽霊がいるので間違いはないでしょう」
「じゃあさっきの子供の話はなんだったんですか」
「屋根裏に入った時点では生きていたという解釈もできます」
「……結局、可能性は低いってことなんですね」
「そうですわね。おそらく幽霊が屋根裏にいて、更に別の幽霊もそこら辺にいるのでしょう。ただ、庭のさくらんぼが被害を受けていること、無くなった寿司の容器が山で見つかったこと、九条さんがこの家の前に車だけ残して忽然と消えたことを考えると、問題があるのは家ではなく山そのものですわ。だからこそ、ここの付近で行方不明になった女児の件は無視できません。まだ見つかっていないんですから……」
身体が妙に冷えて、私はお湯に肩を沈めた。北川さんはそのまま続ける。
「その件も踏まえて、明日は西園寺さんと田中先生に働いてもらいましょう。西園寺さんは探偵の才能がありますもの」
「へー、前回も色々やってましたよね」
「西園寺さんとは話しやすいんですわ」
そう明らかにうんざりした様子で言った。秀さんと田中先生は明らかにタイプを選びそうだしなあ。
会話が一息ついて、微妙な沈黙が流れる。少し足を動かしたら鳴るちゃぽんという水音が……気まずい。
北川さんの脚が軽く当たる。真っ白ではないものの色白で綺麗だ。
神様は不公平である。北川さんって美人だし、頭もいいし。
「……まだ出ませんの?」
北川さんが急に声を出した。あ、そういえば、心なしか顔が赤い……かも?
「のぼせちゃいましたか? すみません、出ます!」
「別にのぼせた訳ではありませんわ。ただ……誘った手前、あたくしからは出にくかっただけです」
「誘った?」
まるで仕方がないみたいな口ぶりだった気
がするんだけど……。
「口実、と言ったら伝わりますか」
「私と……お風呂に入るための?」
「そっちではありません! あの時の調査以降、2人で話す機会なんてほとんどなかったでしょう。ですから……。園田さんは積極的でもありませんし」
「そう……ですね」
「エイプリルさんは園田さんと違って話しかけてくれますが」
「うー……す、すみません。でも、嬉しいです。私からは特になんにもできなくて困ってたので……」
北川さんはよく分からない表情でこちらを見ると、さっと立ってしまった。そのまま浴槽を出て、私に背中を向けたまま喋る。
「あたくし、もう出ますから。まだ入っていたければご自由にどうぞ」
「いえ、もう出ます」
「……そうですか」
扉を開けて脱衣所からバスタオルを取ってくれたけど、相変わらず北川さんはこちらに背中を向けたまま。
「き、北川さん。じゃあ私、話しかけていいんですね?」
「勝手にしてくださいまし」
「はい! まあ、できるか分かりませんけど」
……これは照れてるってことでいいんだよね。耳、めっちゃ赤いし。
そう思うとなんだか可愛くて、自然と頬が緩んだ。
体を拭き終えて脱衣所でパジャマ(一応、ゆるめの私服にしてきた)を着る。北川さんも動けるような服装に着替えたので、ちょっと安心した。
先に風呂を上がった2人にお風呂を貸してくださったお礼をして、部屋に入る。……と、なんと咲さんによって布団が敷かれていて、もう何度も頭を下げて床に入った。本当に至れり尽くせりである。
――北川さんと同じ部屋で寝るなんて、新鮮。
もちろん修学旅行みたいにお喋りするわけもなく、「おやすみなさい」の一言を最後にあっけなく消灯された。ちなみに貰ったお守りは首にかけてあるし、飴玉はこっそりリュックにしまっている。
機材の「ジー……」という独特の機械音と光のせいで中々眠くならなかったけど、やっぱり体は疲れているらしい。ちょっと目を閉じるとうとうとし始めた。
……こんな所でも、寝れるもんなんだな……。
もちろん札田さん達は毎日ここで暮らしているんだけど、多少怖い感情を抱いているのに眠気には勝てないのが奇妙だった。横から規則正しい呼吸が聞こえる。
北川さんもう寝たのかな……。
私ももう限界かも。頭の中で何かプツンと切れたような感覚と共に、深く深く沈んでいく。
「ん……?」
寒い。お腹から足にかけて、何かに覆われているような圧迫感がある。寝返りをうとうとしたけどできない。
……なに、これ……?
うっすら目を開けても、暗いばかりで何も見えなかった。次第に闇に輪郭が浮かぶ。
丸くて黒い、でこぼこした何か……。