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機材の設置

 微妙な空気になった私達は、室内に機材を運び込み、床にブルーシートを引いて設置して、まず一仕事終えたのだった。


 結局カメラとマイクを設置したのは2箇所。洋室の窓際と、和室の外。畳が傷んだら嫌なので、和室だけカメラを外に設置したのだ。私と北川さんが泊まる部屋には板の間があって、そこに機材を設置して遠隔で様子が確認できるようになっている。この部屋はリビングと廊下の両方につながっているから、何かあってもすぐに駆けつけられるという点でベストな部屋かもしれない。


 ふと、北川さんがなにかを持ってじっとしているのに気がついた。

「あれ、室温測ってるんですか?」

「そうですわ。あまり意味があるとは思えませんが、念の為です」

「手伝います」

「残念ながら温度計をひとつしか持って来ていませんの。園田さんは休んでいてくださいまし」

「……はあい」

「こんなことで疲れられて、機材の運搬ができないと言われても困りますもの」

 し、辛辣ー……。

「……まあ、話し相手ぐらいなら構いませんが」

「じゃあ最初からそう言ってくださいよ!」

 別の場所に向かう北川さんの後を追う。薄暗いお風呂場に着くと、まるで私の背後を気にするような素振りを見せた。


「どうかしましたか?」

「いえ。誰もいませんわね」

「誰もって……それ、心霊系ですか、それとも札田さん達ですか?」

 なんか怖いからやめてくださいよ――と付け足す前に、

「札田さん達です。この家を建てさせた人が行方不明になったという話……あたくしは良からぬものを感じましたわ」

「良からぬもの……? なんか気持ち悪い話でしたけど」

「もちろんあたくしも、札田さんが心配されているような、失踪者が()()()()()()()場合はないと思っていますわ。ただ札田さんが心配されているのは、失踪した人が屋根裏で何かをやっている可能性であって、失踪そのものではありません。そもそも住宅街に囲まれているのに、ここだけ少しも家が無いというのはおかしな話でしょう。よっぽど環境が悪いのならともかく……さほど条件が悪いとも思えませんし」


 ちょうど、北川さんの持つ室温計がピピピと音を鳴らした。

「ここの土地に何かあるってことですか」

「当然そう思ってしまいますわね。そして、ここが偶然山の中というだけで、周りは一面家ですわ。山の中の捜索はされたことでしょうし、そこにいないのなら逃げ出したことになります。しかしなんの目撃情報もなくこの住宅街を抜けられるでしょうか? 一番可能性が高いのは、この山の中で既に死んでいて、その遺体が見つかっていないだけ……だと思いますの」

「札田さんにはその人の霊が見えているとか……ないですかね」

 北川さんは首を捻る。何かを考えた様子のままメモを畳むと、浴室を見たまま固まった。

「どうしたんですか?」

 思わず口にすると、北川さんは人差し指を口に当てて「しーっ」のポーズをする。何か音がするの……?



 その時、頭上からゴトッと重い音が鳴った。

「もういいですわよ」

「え……い、今のは……」

「鏡に手が映っていましたの。屋根裏に何かいるのでしょう」

 あっさり言い切られて愕然とする。行方不明になった人はいないんじゃないの? 死んでる可能性がって……もしかして、その人の霊が屋根裏にいるってこと?

「園田さん、ポーチを取ってくださいまし」

 視線の先を追うと、洗面台の上にさっきのポーチがあった。あれ、いつの間に。

「……どうぞ」

 渡したはいいけど、これがどういうことなのか検討もつかない。別に何も関係ないんだろうか。

「まだ盗られていませんのね」

「さっきのあ……えーっと、盗られてないってどういうことですか」

 今は飴って言っていいのかダメなのか分からないから、ここは安全に言わない選択をしておく。ジッパーの開く音がして中身を見せられた。いちごミルクの飴が大半を占めていて、つい微笑ましくなる。その表情を見て北川さんは一瞬怪訝な顔をした。

「先ほどあたくしの非常食が盗られた際は姿が見えませんでしたが……今回はハッキリと腕を目にしましたわ。いるのは一体ではないのかもしれません。本来見えるはずのないあたくしにも見えたということは、相当強い霊ということで間違いはないでしょう」

 なんとこの北川さん、拝み屋であるのに霊が見えない。見えることと祓えることは別物だそうな。

「危ないんですか?」

「はい」


 躊躇う様子もなく言われても実感が湧かない。北川さんは「後で屋根裏も見せてもらいましょう」と言って私の隣を通る――かと思ったら、止まった。

 また何か見たとかじゃないよね?

 思わず身構えたけど、すぐに違うと分かる。明らかに私の方を見ているのだ。

「えーと、北川さん?」

 呼びかけるとハッとして、少し困惑したような表情を浮かべる。ど、どうしたんですか。

「……一つどうぞ」

 まるで親戚にこっそりお金をもらう時みたいに飴を持たされた。

「あ、ありがとうございます」

 そのまま颯爽と通り過ぎていく北川さん。その背中からは、どんな感情も感じられない。ホントにどういうことなんだ……。照れとも緊張とも違うあの感じ、本当に困惑しているように見えた。そりゃあ人間だから他人が何を考えてるかは分からないもんだけど、北川さんは感情を推し量るのが特に難しい。頭のいい動物を観察しているような(ごめんなさい)不可解さ。

 手渡されたいちごミルクの飴を、指の隙間から覗き見る。どういう意図でくれたのか分からないけど、嬉しいな。食べるのはもうちょっとだけ後にしよ。あっちにバレてなきゃいいんだもんねー。

 ポケットにしまって、北川さんの背中を追いかけた。


 追いかけて入った和室で、室温を測っていた北川さんと目が合う。無表情に「まだ食べていませんの?」と呟かれた。

「嬉しかったんで……食べるの後にしようかと」

「欲しかったらまたあげますのに」

「そういうことじゃないんですよ」

 軽く首を傾げているけど気にしない。ぬか喜びだっていいもん。

「その室温計って今日は一本しか持って来てないんですよね?」

 冷たい視線の後に「先程言ったことをもうお忘れになりまして?」と小言をひとつ。確認したかっただけなんだよ……もう。北川さんはふーっとため息を吐くと、

「残念ながらそうですわ。荷物を少なくする為に最低限の物しか持ってきていませんの。ですから、二人で一部屋ずつ測るなどという非効率的な事をするしかありませんのよ」

「非効率的だけど、私は安全ですね」

 軽い冗談の気持ちで言ってみたら、そっぽを向いてしまった。やべ、怒らせちゃったかも。


 ……っていうかこの前までは北川さん一人だったわけで、つまり荷物を少なくせざるを得ないのは私のせいじゃん!

「す、すみません……」

「何を謝っていますの?」

 北川さんは思いの外きょとんとしている。「私がいるから車のスペース減ったんじゃないですか?」

「元から助手席には何も乗せていませんでしたわ」

「スーツケースの分は」

「あの程度のスペースに何か機材が入るとでも?」

「えっ、じゃあどうして荷物を少なく……」

「不要でしたから」

「不要?」

 北川さんは急に黙ると、測り終えた室温をメモし始めた。え、え? どういうこと?

「次の部屋に行きますわよ」

「えっ、さ、さっきの話終わりですか?」

「終わりですわ」

 またしても私を置いて部屋を出てしまう。当然どういう順番で室温を測っているのか分からない私には、その後を追いかけるという選択肢しかないのだ。

 リビングに出ると、キッチンで咲さんが浮かない顔で頬杖をついているのが目に入った。

「あらやだ、ごめんなさいね」

「咲さんが緊張される必要はありませんわ。楽にされていてくださいまし」

「ありがとう。……そうだ、今日のお夕飯は何がいいかしら? どうせある程度遠くに行くから、主人が車を出すわよ。4人なら全員乗れるしね。リクエストはある? やっぱりご神職の方だから精進料理かしら」

 北川さんはちらっと私の方を見る。咲さんもにっこり笑って返事を待っている。

「高いものでもいいのよ、奢るからね」

「あ……私、ファミレス行きたいです」

 咲さんは目をまん丸にした。

「遠慮しなくてもいいのよ?」

「うち滅多に外食しなくて、全然ファミレスに行ったことがないんです。だからたまには……」

「そういうことなら分かったわ。近所のを調べておくわね。北川さんはどうなさるの?」

 北川さんは人の良さそうな愛想笑いをうっすら浮かべると、「特にこだわりはありませんから、どこでも大丈夫です」と言った。

 仕事の時は、笑うんだよなあ……。

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