休息
「疲れたーっ」
ホテルのチェックインを済ませ、部屋のベッドに弾みをつけて腰をかける。ううう、思ったより硬い。
すぐ後から北川さんと咲さんが入ってきて、北川さんは呆れた様子で前を通り過ぎる。
「そこが園田さんのになりますわよ」
「はーい。あっ、すみません先に場所決めちゃって……」
北川さんは汚れた服でベッドに入らないタイプなのかな? とは思ったけど、普通に腰掛けてるし、多分私が真っ先に場所を決めちゃったからだ。
さっき私達は山にある札田家まで車で行って、荷物を回収してからホテルに来たのだった。今のところ何も被害は出ていない。ただ真っ暗な竹林が不気味で怖かったけど……。
「お風呂、先に入るわね」
「もちろんですわ。どうぞ」
咲さんが着替えを持って脱衣所に入っていく。北川さんと2人きりになった。
「あたくしは朝入りますから、咲さんが出てきたら園田さんが入ってください」
「はい、了解です」
お互い話すこともなくなって黙り込んでしまった。北川さんが視線を漂わせるのと、私の目が合う。弾かれたように北川さんが口を開いた。
「園田さん、……あたくしは雑談で何をお話したらいいか分かりませんの。それに個人的な会話を他の方がいる場でするというのは、あまり気が進みませんわ」
それは、単純に嫌なのか、別の理由なのか……。
「まあ、からかわれたりしたら嫌ですよね」
「当たり前ですわ。それにあたくし仕事ばかりですから、特に話すこともありませんし」
だからメールを使ったんだな。その時の葛藤を思うと微笑ましくなる。
「家でテレビ見たりとかは?」
「しますが……」
「そういうことが知りたいですっ。普段何見るんですか?」
「普段はニュースです。たまにバラエティ番組を流し見しますが……あと、心霊特集の日は一応目を通しておきますわね」
心霊特集に関しては職業病みたいなもんだろうか。北川さんは心霊現象が気になるのか、そこに出てくる霊能者の方が気になってるのか、どっちだろう。
「あれって結局どうなんですか? 私は胡散臭いなーって思ってますけど」
「あたくしも幽霊は見えませんから、明確な判断はできません。ただ、飽くまでも『心霊現象と思われるもの』をろくに調査もしないで心霊現象と謳っているものが多すぎですわ。ちゃんと調査をすれば分かることですのに」
「まあ、あれは雰囲気を楽しむ感じになってますからねー。胡散臭いと思いつつ、送られてきた体験談が意外と怖かったりして」
「…………これは、あくまでもあたくしの感覚ですが……、話を聞いた時すでに怖かった現象よりも、なんてことないとタカを括っていたら、裏には恐ろしい真相が隠されていた――という話の方が怖いと思いますの。ですから、派手な心霊現象らしい現象ばかり大きく扱うのは納得がいきませんわ。例えそれがテレビの事情として仕方がないことでも、です」
「北川さんでもそういうのあるんですね。私はあれだなあ、少女漫画に乗ってるホラー系のを読み漁ったり、ちゃっちい体験談集を買ったりとかだけでしたから、本当にゾッとする話っていうのには出会ったことないんです」
「今話してさしあげたいところですが、調査に支障が出ては困るので今度にしましょう」
「そ、それほどですか……」
気になるじゃん。いや、でも洒落にならないくらい怖かったら困るか。
「というか北川さん、テレビ番組から声がかかったことはないんですか?」
「ありませんわ。おそらくあたくしのような機械を使うタイプよりも、古くからある霊能者らしい方達の方が受けるのでしょう。例え来たところでお断りしますが」
「結局断るんじゃないですか!」
「仕方ありませんもの。目立って誤解をされると厄介ですわ」
「誤解って……」
「大して困ってもいない学生になけなしのお小遣いで依頼をされても困ります。一応、何が何でもお祓いだけして欲しいと来られる方もいますし、地鎮祭の依頼も受けていますが――いずれもそれなりの金額が必要ですわ。あたくしも無駄なことに労力を使いたくありせんの。帰って悪評を書き込まれても困りますし」
ひっそりとではあるけど、北川相談所はネットでサイトも開いてある。これまたお洒落なセンスのいいトップページに、依頼の際の金額やらプラン(的なもの)やら色々と。今はSNSも発達してるから誰でも見れる訳である。そりゃあ北川さんは生活がかかってるんだから、悪評が広まってしまえば大変だろう。
……結局また仕事の話になってるし。
「休日とか何してるんです?」
強引に話題を変えちゃったけど、特に困惑した様子はない。
「特に何もしていませんわ」
「ええー!」
「休日ですもの。休まなければ意味がありませんでしょう?」
「そうですけど、息抜きに趣味をどうこうとか……」
「仕事が趣味のようなものですわ」
信じられない……。私なんてバイトめちゃくちゃ嫌いだったのに。すると思い出したように、
「――たまに、旅行に行ったりもしますが」
「旅行⁉︎ え、どこに行くんですか」
「色々な所にです。日本はほぼ制覇しましたわ。……でも、これも仕事の一環ですし、趣味とも言えます。あたくしにとっては同じようなものですの」
「私からすれば、それって学生が『勉強が趣味』って言ってるくらい凄いと思いますよ」
「そうでして? しかし……だからこそ休日は何もしていませんわ。仕事以外に趣味がありませんから、特にすることもありませんし」
そこでコロッと表情を変えて、少しムッとした感じになる。
「あたくしにばかり話させておいて、園田さんだけご自分の生活を話さないというのは不平等じゃありませんこと?」
「それは……確かに、聞いてばっかりでしたね」
私の休日かあ。ご飯食べてテレビ見て、バイトして勉強して。まあ、案外北川さんと変わらないのかもしれない。
「今考えてみたら、平日と同じようなことしてました。最近はそうでもありませんけど、バイトと勉強で忙しくて……。あ、たまにエイプリルと出かけます」
「……そうですの」
「うちは私とおばあちゃんしかいなくて、遠出したりしないんですよね。だから外食もしないし、どこかに泊まって来たりもしなくて」
「それは、調査でお祖母様に寂しい思いをさせているでしょうか」
「そんなことないですよ。おばあちゃん、車は運転できないけど全然元気ですからっ」
外の世界と関わりを持つことはいいことだとおばあちゃんは言っていた。以前一度だけ北川さんが挨拶に来たことがあって、その時におばあちゃんは、なんの判断基準か知らないけど「この人は信頼できる」と思ったらしい。危険な目に遭うかもしれないと言っても私を行かせてくれた。もちろん給料がいいという理由もあったけど。
「そうだ、あと一個聞きたいんですけど」
「なんですの?」
「秀さんと喧嘩するの……もうちょっとだけなんとかなりませんかね?」
「なりません」
即答。そこまで言うかな。
機嫌良さそうだったから今ならなにか聞けるかと思ったけど、ダメかあ。私が肩を落としたのを見てか、北川さんは小さくため息を吐く。
「そもそも喧嘩じゃありませんわ」
「それ、皆そう言うんですよ」
「あたくしは秀さんとはただ反りが合いませんの。別に嫌いというわけではありませんわ」
北川さんはそう言うと、しれっと荷物を開け始めた。まあ、北川さんみたいな人がほんとに誰かを嫌っていたら、話しかけもしない気がする。喧嘩するほど仲がいいってやつなのかなあ。本人は喧嘩じゃないって言ってるけど。




