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飢える幽霊

 急に車内が静まり返る。あれ……なんだ、この空気。

「……筋は通るな」

「え? な、なんの話ですか」

 秀さんも北川さんも考え込んだ素振りを見せている。なになに、なんか二人がピンとくることだったの?

「園田さん、行きの車であたくし達は、どうして子供の幽霊達が山から出ないのかを検討しましたわね?」

「はい」

「その時『()()()()()()()』か、『()()()()()()()()』かのどちらかだという結論に達したことも覚えていますわね?」

「はい……一応」

「しっかり覚えていてくださいまし。あの山は結界ではありませんから、幽霊があそこにいる理由は、地縛霊か、何かに縛り付けられて出られないかだと思われます。今のところ新しい情報はありませんから、結局何を考えたところで推測でしかありませんが――園田さんは今もう一つの有力な説を出しましたの」

 有力な説……? 意味が分からず唸っていると、北川さんが説明してくれる。

「あたくし達は、捨てられた子供が山で死んで幽霊になったと思っていますわ」

「はい」

「そして、噂されている鬼とは、園田さんが見た老人の霊だと解釈しています」

「はい」

 ここまでは分かる。

「その老人が山に捨てられた子供を食べていたから、子供が山から出られないのかもしれませんわ」

「えええ、でも、どうして……。別の個体っていうか、要は他人じゃないですか。それなのにあの黒い影は協力しているみたいでしたよ。自分を食った幽霊をボスにして人を襲うなんてこと、人間だったらあり得ないんじゃありませんか?」

「人間として捉えるからですわ。あくまでも幽霊として捉えるんですの。例えば覗き込むと引きずり込まれる井戸があったとして――最初にその幽霊ができてから、まずは一人目の犠牲者が出ます。すると井戸から伸びる腕が2本から4本になった――これなら、違和感は感じませんでしょう?」

「まあ確かに……怪談ってそういうの多いですもんね」

「ええ。そもそも幽霊にも、人間のように意志を持った者と、なんらかの信念によってパターン化されたような行動だけをとる者がいます。テレビ番組で、よく亡くなった親や祖父母の幽霊を降ろすことがありますでしょう? それと比べて怪談に出てくる幽霊は『いついつに何が起きる』なんてこと言いませんわ。同じ幽霊でも()()()()()()()()()機械のように動く幽霊との違いが分かると思います」

「ああいうので降ろされる幽霊は、面白いくらい受け答えとかしてくれますよねえ……。確かにそう言われてみると、いろんな幽霊がいるのかもしれませんけど」

「ですから子供達の霊は、おそらく『飢え』という強烈な欲望だけを軸に動く、機械のようなものです。そういう幽霊なのですわ。そういう幽霊であるが為に、いくら食べ物を食べても飢えは消えません。成仏するか除霊されるまで永久に飢えに苦しみ続けますわ。そして、そんな彼らを縛り付けていいように利用しているのがあの老人の霊です」

「ここまでは前から分かってたことだろ?」


 秀さんが茶々を入れる。凍える様な冷たさで「黙っていてください」と一言。

「子供達が生前、老人に襲われて肉を食べられたなら――幽霊になるのも頷けますし、山から出られないのも頷けますわ。彼らは『あの老人』に憑いているからこそ、外に出られない……そう思えませんこと? そして()()()()こそが鬼です。生前は飢えに苦しむ子供達を食べ、死後は山を縄張りに人間を食べ……それが本当なら、鬼という呼び名は何も誇張されていませんわね」

 鬼……。赤くてツノが生えたアレではないけど、見た目ではなく内容はまさに鬼だ。人を食べて生きて、そのまま死ぬ。もしかしたらあの老人は、死んで初めて完成したのかもしれない。そう、鬼として……。


「もしかしたら、最初はさほど子供の霊は多くなかったのかもしれません。長い年月をかけて犠牲者を増やし、今の規模にまでなったのかもしれませんわ」

「じゃあそん時食われた奴はどうなるんだよ? 最近食われた奴なんかは最初から飢えてないし、食われた所で霊になるとも思えないんだが」

「そもそもあの子供の霊達は、個別の霊ではなく、ただひとかたまりの『()()()()()()()()()()()』なんだと思います。だから被害に遭った時点で無理矢理あの集団に組み込まれ、自我を失い、自身も飢えた子供の霊の一部となる……その可能性はありますわ。しかし結局決まったことではありませんから確定はできませんが」

 取り込まれちゃうんだ……。もし私があのまま食べられてたら、あの影の仲間入りしてたかもしれない。それに九条さんも、行方不明になった女児もあの中にいたかもと思うと気持ち悪い。

 あんな幽霊に食べられるなんて……。

 今夜は悪い夢を見そうだ。それに今から山に向かってるっていうのにこんなこと言われちゃ、怖くなってくるじゃん。

「あーあ、結局それかよ! やめたやめた、なんか明るい話しようぜ」

「明るい話ではありませんが……今夜のホテル、ふた部屋しか取れませんでしたの。ですから男性陣と女性陣で別れて眠ることになりますが、よろしいですか?」

「安全に寝れんならなんでもいい」

「俺も大丈夫だよ」

 北川さんが私の方を見る。

「園田さんは――」

「大丈夫です」

「なら良かったです。それともう一つ。両部屋ともベッドが3台ずつしかありませんの。あたくし達の部屋は大丈夫ですが、男性陣の方々は、どなたかが二人で寝てくださいまし」

「はあ⁉︎ そ、ソファは」

「あるわけないでしょう」

「ウッソだろ……まさか崇さんに添い寝させる訳にもいかねえし、そうなったら絶対あたしと西園寺じゃねえか!」

「申し訳ありませんが、1日だけ我慢してくださいまし」

「嘘だろ……」

 やむを得ない事情だから、秀さんも怒るに怒れないんだろう。やりどころのない感情をどうするでもなく、項垂れている。

「じゃあ秀さん俺と寝る?」

「もっと狭いだろ」

「いやー、さすがに俺とうたちゃんじゃ収まり切らないからね」

 ホテルのベッドがどのぐらいのサイズか分からないけど、とにかく秀さんと西園寺さんならそこまでキツキツではないだろう。多少は寝苦しいだろうけど。

「そりゃあ……サイズ的には……あたしだとは思うけどよ……」

「床で寝ますか?」

「……車は?」

「ダメだよー、凍死しちゃうよ。狭いの嫌なのは分かるけど、そんなに嫌がることないでしょっ。うたちゃん可哀想じゃん」

「わあったよ、別に西園寺とが嫌なわけじゃねえんだよ! はいはい、二人で寝ますー」

 秀さんは不貞腐れて話を終わらせてしまった。話がひと段落ついたところでスマホを開く。

 どうもエイプリルから着信が来ていたようだ。通知から直接画面を開くと、どーんといきなりトーク画面が表示される。そこにはエイプリルの吹き出しがひとつ。たった一言、短い言葉。

「わざとよ」

 ……。

 なっ、なんだこれ! 私に向かって田中先生へのメールを誤信したかと思ったら、それがわざと? 一体どういう神経してるんだ、こいつは。エイプリルのことだからただの冗談ではないだろうし、てことは本気……何かの策なの?

「酔いますわよ」

「北川さんだって」

「あたくしはメモを見ていますの」

「えっ、手帳にもメモしてスマホにもメモするんですか?」

「それの何がいけませんの?」

「多いですって……」

「ちゃんと必要なことを書こうと思えばこれだけ必要になります。多くありませんわ。……それに、見返さずとも書き込むだけで案外覚えますわよ」

 そりゃ、それはいいでしょうけども。それにしても何をそんなにメモすることがあるって言うんだろう。必要なことをまとめることすらできない私には、全くもって理解できないのだった。

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