車中
あの、皺が深い恐ろしい顔。動かない死体に手を伸ばして――。
「園田さん!」
パッと、急に目覚めた。北川さんが怒ったような心配しているような表情で、私の肩を揺らしている。
「顔色が良くありませんわ。悪い夢でも見ましたの?」
「あれ……わ、私、寝てたんですか?」
「寝ていましたわよ。もうお店に入りますから、出てくださいまし」
シートベルトを外されてだるい体を持ち上げる。車の外に出ると、皆が揃っていた。
「じゃあ行こっか」
車の鍵をかけた田中先生が歩き出す。お店の外観は何やら上品な和食屋さんっぽくて、不思議な感じだった。空はすっかり暗くなっている。
「もう札田さん達席についてるらしいから」
田中先生はこちらを向いてそう言うと、くるっと前を向いて扉を開ける。何か店員さんに言っているらしい……。
「こちらにどうぞ」
案内されてぞろぞろと入った部屋は、掘りごたつ式の個室だった。奥に崇さんと咲さんが座っている。
「すみません、遅くなりましたわ」
「いいのよ、二人はこっち座って」
片側の列には咲さん、北川さん、私の並び。向こうは崇さん、秀さん、田中先生、西園寺さん。
メニューを手渡されて、色々と話してから注文をしたのだった。
「北川、調査に来てるのに精進料理じゃねえんだな」
帰りの車内で秀さんがぽつりと言った。特に皮肉っぽい口調ではなく、淡々としている。
「意味がありませんもの」
「ふーん……。別にあたしもそこまで影響はないと思ってるが……お前みたいなのが食べないって言うのは意外だな」
北川さんは、
「あたくし以前検証をしましたの。その結果、精進料理を食べるのと普通の食事を食べるのとでは除霊の変化はありませんでしたわ。それならより栄養価の高い方にします」
この現実的な答え、まさに北川さんって感じ。ほんとにどうして拝み屋をやってるのか分からない。幽霊が好きという感じでもないしね。
「随分現実的だな」
ちょっとからかった風に秀さんは笑う。北川さんは気にしていない様子だ。
「信仰だけでは生きていけませんもの」
「ま、お前も年取ればあれぐらいが丁度良くなるぜ」
「大変ですのね」
「憐れむなよ!」
忙しい人だなあ……。心の中で苦笑する。とにかく秀さんが怒るのには多少慣れてきた。秀さんさんの怒りは北川さんとは違ってストレートだから、かわしやすい。それに結局そんなに怒ってないし。
運転席で田中先生があくびをした。やけに静かな助手席では、多分西園寺さんが寝てる。なんだか私も眠たくなってきた。暗い景色も若干不安な気持ちも、睡魔の前では無意味である。両隣の二人が言い争っているのですら、心地いい子守唄に聞こえてきた……。あー、寝ちゃいそう……。
「おい園田、今寝たら寝れなくなるぞ」
「なんですか、急に……」
頭がキーンとして目が覚める。
「我慢しとけ」
「眠いんだから仕方ありません」
再び瞼を閉じようとした時、北川さんに「何かお話しましょうか」と言われ覚醒する。
「園田さんが見た老人の霊ですが……」
なーんだ、仕事の話かあ。がっかり。いやそりゃ当たり前なんだけどさあ……そんな風にお話とか言われたから、私的な話だと思っちゃった。
「聞いていますの?」
半分聞き流しているとそう突っ込まれる。顔は凄く綺麗なんだよなー、この人。果たして私は北川さんと友達になれるのだろうか。メールで約束を取り付けて、一緒にお出かけしたりしたい。できたらエイプリルも一緒に……。そもそも私エイプリル以外に友達いないし、年上のお姉さんとの繋がりができて嬉しかったのに。
「……あっ、すみません、聞いてませんでした」
後ろで秀さんが笑う。いーもん、この際何言われても。
睨みつけるような切長の目をじっと見つめる。この人の元で働くのに気迫負けしてできるかって話だ。北川さんはため息を吐いてそっぽを向く。
「なんかくだらない話ししませんか? 1日中考えるの疲れちゃいますって」
「あたくしがせっかく眠気覚ましに話そうとしましたのに」
「それもお仕事の話でしょう。今もバイト中ですけど、ちょっとぐらいいいじゃないですか」
「あたくしはそういうことが分かりませんの。それにこんな所で何かを話して聞かれたくありませんわ」
「ちょっと、俺の車だよ!」
田中先生の指摘はガン無視された。秀さんはすこぶる機嫌がいいらしく、笑いながら「お前度胸あるな」と言う始末だ。
「わ、私だって友達エイプリルしかいませんよ」
「自慢することですの?」
「狭く深くタイプですから」
北川さんは一切表情を緩めない。埒があかないので秀さん側を向いた。
「そういえば、秀さんも連絡先交換してください」
「な、なんだよ急に」
「この前も今回も調査で一緒になったし……次もなるかもしれないじゃないですか。私からも連絡できるようにしたいので」
「まあいいけどよ……後でな、車の中じゃ酔うから」
秀さん結構車酔いするんだな。ハーイと返事しながらちょっと口角が上がる。
「ついでに仲良くしたいっていうのは……ダメですかね?」
「なんも楽しいことないと思うぞ」
「卑下しますね」
北川さんの視線を背中で感じる。
「いいなー、俺とも交換しようよ」
「後でしましょう」
「了解っ」
田中先生と連絡先交換してるのはなんとなくエイプリルの特権な気がして、ちょっと申し訳ないけど。でもいいか、エイプリルのことだから何か手を打つはず。
「――なんか、長くないですか?」
「うん、ちょっと遠い所だったんだ。行きは寝てたから気づかなかったんだと思うよ。まあそれでもそんなに時間はかからないんだけど……暗いから余計にそう感じるのかな」
「ほんっと、暗くてやんなるな」
秀さんが呟いた。途中街灯があったり車とすれ違ったりするけど、とにかく暗い。家の明かりもほとんど点いていないし、この辺も別荘地なんだろうか。とにかく一定の間隔である光が窓の外を走るだけ。車のライトは変わり映えしないコンクリートの道路をただただ照らしている。運転してる田中先生は私ほど暇じゃないんだろうけど、それでもどこかつまらなさそうな様子だった。
「北川さん、起きてます?」
「寝ているように見えまして?」
「何か話しましょう」
「あたくしが話しかけても聞いていなかったじゃありませんの」
「それはすみません……。でもあの言い方じゃ普通にお喋りするのかなって……それが仕事の話だったからちょっぴりがっかりしただけです」
「ここには仕事で来ていますのよ?」
「……知ってますよ」
はあ……、と何度目かのため息を吐かれる。そっぽを向かれてはどんな顔をしているのかわからない。窓ガラスの外を見たままスマホを開いて、反射で北川さんの青白い顔がガラスに浮かんだ。
酔うぞー、あんなの。
ぼーっとしてるとポケットの中のスマホが振動した。誰だろ、エイプリル?
そう思ってアプリを開くとまさかの北川さんで。
――ここでは個人的な話をしない代わりに、また今度話す機会を作るから、今は仕事の話をさせてほしい――そんな感じの内容だった。秘密の暗号でやりとりしてるみたいで、なんかドキドキする。
北川さんをちらりと見ると、軽く睨まれた。
「北川さん、さっき夢に昔の山が出てきたんです」
「昔の山……ですか?」
「はい。多分色々聞いたから脳内で勝手に組み合わされただけだと思うんですけどね。本当にどうだったかは別にして、物凄くリアルでした。そして捨てられた子供が山で死ぬんです。体温が残っているほど新鮮な死体に、あの幽霊のボス――老人が出てきました。そこで目が覚めたんですけど……なんか、思い当たることがありまして」
「なんですの?」
「まさか食べたんじゃないよなって……」