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どこにでもいる

「続きを話しましょう。崇さんは最初、その失踪した九条さんが天井裏にいるんじゃないかと怯えていたそうです。まあでも、違うんでしょうけど……」

「うん、そうだね。もしもその九条さんがここに来てたとして、灯ちゃんが見たっていう幽霊に襲われてるんじゃないかな」

 そう言い終えてから、田中先生はあっと声を上げた。

「そっか、もしかしたら、灯ちゃんを狙ったのには理由があったのかも」

「理由ですか?」

 私達の会話を聞きつけて、少し不機嫌な様子の秀さんと西園寺さんも戻ってくる。

「結局、人間も肉だから」

 ……それはつまり、私は食用として襲われそうになったってこと?

「まあ確かに、人肉も病気だの法だのを無視すれば、結局ただの肉だしな」

「そうそう、それに相手は幽霊なんだからね。もし邪魔な人間を襲う目的なら美保ちゃんが最初に狙われるはずだし」

「こいつは手頃なサイズで美味そうだったってことか」

「まあ幽霊視点だとそうかな。……でも、腹水が溜まるほど栄養失調の子供達が、食べ物の選り好みをするかって話だけど」

 その時、やたら神妙な顔をしている西園寺さんが声を上げた。

「最初から、選り好みなんてしてなかったんじゃないですか? 九条さんの体が無くなる頃に女児を食べて、それも無くなったから新しいのを狩ることにした……とか」

「その時に美保ちゃん達が来たんじゃ、そりゃ狙うのは灯ちゃんだよね」

 自分で言っててアレだけど、きっと若くて美味しそうだったんだろう。だって向こうからしたら北川さんは天敵なわけで、そしたら若くて小さい私を狙うのは頷ける。

「結局危険なことに変わりはねえんだろ」

「まあそうだけどお。ね、まだ秀さん見える?」

「見えるぜ。でもそんなにいない。園田が見たっつー老人は見えないな……。もしかしたら、この嫌な感じがそいつの気配なのかもしれないが」

「……もしかしたら、そいつが出てくる時、また私の時みたいに取り押さえられるかもしれないです。だから黒い影が一斉に動き出したら危ないんじゃないですかね?」

 秀さんは「そうだな」と頷いて、急に立ち上がった。

「じゃあ西園寺、明久、お前ら聞き込みして来い。こっち側じゃなく向こうの住宅街の方だ。園田はボスが口うるさいから、起きてくるまで待つんだな」

「俺図書館見てくるよ。うたちゃんの方が聞き込みは上手いし」

「分かりました。聞き込みですね、最近の行方不明事件とか、この山の話とかで大丈夫ですか?」

「ああ。……じゃ、行ってくるんだな」

 あまり乗り気じゃない様子で西園寺さんは席を立つ。田中先生は結構乗り気だけど。

 西園寺さんでもこういうことあるんだなあ。ちょっと面白いかも。

「じゃあね!」

「行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」

「い、行ってらっしゃい」

 田中先生がひらひら手を振って出て行った。……二人もいなくなると、流石に静かになる。

「秀さんは何を?」

「まだ札田さん達いるだろ。北川は寝てるし、常にどっちかが見れる状態じゃないとな」

「じゃあ札田さん達のとこ行ったらどうですか。私は北川さんのとこいますから」

「んー、まあ、一応行ってみるか。お前はホントに一人になるんじゃねえぞ」

「はい、分かってます」

 秀さんの背中を見届ける前に隣の部屋に入った。北川さんの寝顔をちょっと見てみたくなったって言うのもあるけど。

 すー、すー、と気持ちよさそうな寝息が聞こえる。目を瞑って横になってるだけみたいな、綺麗な寝顔。私からしたら信じられない。寝相も綺麗だし、いいなあ、羨まし。

 隣に腰を下ろしてリュックを漁る。スマホにはエイプリルからのメッセージが。それと、北川さんからもらったいちごミルクの飴。リュックの中でかさかさと包みを開いて、手で隠しながら口へ運んだ。

 んー、これは舌にダイレクトに来る甘さ。

 ここに来て間食を一切してないし、レストランの食事はお上品な量だしで、1日にして体から何かが不足した気がする。そういえば崇さん、今日車で「医者には褒められるようになったんですよ」なんて言ってたっけ……。

 しばらくここにいたら痩せるかもなあ。いや、やつれるのが正解か。スマホを開いてエイプリルのメッセージを読む。そこには「頑張ってくださいね」の一言。……あ、これ、間違えてるだろ。田中先生に送ろうとしてたやつでしょ絶対! うわっ、友達のこういうやつ見ちゃった時の感じ、複雑だ。なんか気持ち悪いような、可愛いような、罪悪感もあるし……。ちょっと嬉しかったんだけど、残念。エイプリルには「間違えてるよ」の一文だけ送っておくとしよう。

 スマホをしまって宙を見る。あの忌々しい天井も、すっかり元通りになって……。

 室内は日の光で照らされ、木材はきらきらと輝いている。畳はどこも痛んでない。うちのとは大違い。

 あー、やめやめ。悲しくなる……。


 ふと機材を見ると、洋室の窓が映っている。窓には手形がふたつ。なんだか赤ちゃんの泣き声までしてきた気がして、気分が悪くなってきた。

 うーん、どうしよう。なんにもやることないし、室温測るにも、北川さんは寝てるから一人でやるわけにもいかないし。北川さんのスーツケースの上に乗っかった室温計を拝借し、手始めにこの部屋の室温を測ってみる。

 測定途中に扉をノックされた。

「あたしだ。入っても大丈夫か?」

「いいですけど、北川さん寝てますよ」

「見ねえよ」

 どうかなあ、北川さん怒ると思うけどなあ……。まあ、ノックして入ってもいいか聞いてくれるだけ良心的だろう。秀さんは堂々と中に入ってくると、私の向かいに胡座をかいて座った。

「言われなくとも測定か、仕事熱心だな」

「ありがとうございます。で、札田さん達はどうなったんですか?」

「ああ、どうせこんなとこいたって危ないだろ。とりあえず出かけさせたよ」

 賢明な判断な気がした。秀さんは急に苦々しい顔になると、

「まさかトランクに入ってるわけないだろと思いつつ、一応確認してみたんだ。そしたら真っ黒い赤ん坊が泣いてた」

 それは……さぞかし気持ち悪かっただろう。秀さんははあっと大きくため息を吐いて、後ろに寝転がった。

「ったく、多すぎなんだよ! ここは結界かなんかが張られてるな。なんもいねえし、あの臭いもない。あーあ、なんで臭いまでするんだか」

「人肉の腐る臭いだと思いと……薄気味悪いですね」

「恐ろしいさ。あたしなんて除霊ができるだけで非力だから、こんなイカれ野郎が幽霊で良かった」

「もし幽霊じゃなかったら、もう今頃大変なことになってますよ。ニュースとか何やら」

 秀さんは適当な相槌を打ってゴロゴロしている。いいな、私もやりたい。

 手元の室温計がピピピと計測終了を告げてくれる。特に問題はない室温だった。

 静かな室内、規則正しい北川さんの寝息に眠くなってくる。ついうとうとしてしまって、飛び起きた時には北川さんのアラームが鳴っていた。秀さんはうつ伏せてすーすー寝ている。

「北川さん、おはようございます。すみません、特に室温とかは測れなかったんですけど……」

「園田さん……。西園寺さんと田中先生は……」

「今は聞き込み中です」

「そうですの。それなら大丈夫ですわ。それより」

 じろりとした視線が秀さんへ向く。無防備な背中。どうなるかは、まあ、想像の通りだった。

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