台所
「もう昼食は食べて来ていますのね?」
「おう」
「それではあたくしは仮眠を取らせていただきます。園田さん、皆さんに説明を」
「えっ! せ、説明って何をですか?」
「昨日予定を立てましたでしょう。まずは昨日園田さんが体験したことと、今日何をするか、最後に札田さん達の体験談をお願いしますわ。それぐらいやってくださらないと、わざわざあたくしが園田さんへの説明に時間を取った意味がなくなってしまいますわ」
な……っ、んて失礼な……。はいはい、やってやりますよ。
「……分かりました」
「それではおやすみなさい」
当てつけのように爽やかな笑顔を作ると、颯爽と部屋に入っていった。
「昨日なにかあったの?」
田中先生が心配そうにしている。秀さんと西園寺さんも私が話すのを待っていたので、私はあの体験を語り始めた。
「夜中、寒いと思って起きたら、布団が剥ぎ取られてたんです。更に黒い影達に体を押さえつけられていました。……で、叫ぼうとしたら口を塞がれて……、首をぐいっと仰け反らされたんです。そして天井から音がすると思ったら、板がずれてそこから顔が……」
「待て、そこから出て来たのは、お前を押さえてた黒い影とは違ったんだな?」
秀さんが確認をするように聞いてくる。頷くと、少し考え込む様子で「続けろ」と一言。あーあ、どうしてこの人達(北川さんと秀さんだけか)はこんなに横暴なんでしょう。
「鎌を持った老人でした。……皺が深くて、私を見つけたら、笑って……。どうやって降りて来たのかはよく分からないんですが、蛇みたいににゅるにゅる降りて来て、私の上に乗っかって来たんです」
早くも田中先生は同情の声を出す。
「顔の方まで来るかと思ったんですけど、なぜか胸のあたりから先に来れないみたいでした。そうこうしているうちに北川さんが起きて、助けてもらって――」
ん? 確かあの時、アラームのような音が聞こえたんじゃなかったか。ってことはアラームを仕掛けてたってことで、何かを危惧してたのかな。
「で、なんでそいつは止まったんだ?」
「寝る前に北川さんから貰ったお守りを首からかけていたので、それのおかげだって言ってました」
「ふーん、お守りか……。ま、幽霊側としてはきっとお前が一番狙いやすかったんだろうな」
「秀さん」
西園寺さんが秀さんを怒るように睨みつける。秀さんはちょっと気圧されて、「だってそうだろ」と言っている。
「灯ちゃん、怖かったね……。怪我はしてないの?」
「はい、無傷です」
あんなに押さえられてたのに痣のひとつもできてないんだから、タフな体に感謝である。田中先生は瞳をうるうるとさせ、ちょっと遠慮がちに私の頭を撫でた。
「ボディーガードぐらいならなるからね」
「あ、ありがとうございます」
この前はガバッと抱きつかれたことを考えると、多分西園寺さんに怒られて加減してるんだろう。頭を撫でるのも知らない人なら嫌だろうけど、もう田中先生がそういう人って分かってるから嫌にもならない。
「本当に災難でしたね。前回から続いて……。何かあったら言ってください」
「バカ、確かに可哀想なのはそうだが、こいつだって分かってて来てんだぞ」
「そりゃあそうですけど、まだ子供じゃないですか! 秀さんはそういう所冷めすぎですよ」
「仕事に子供も何もねーだろ!」
珍しく西園寺さんと言い争いを始めてしまって輪に入れない。田中先生は困ったように笑うと、「無視していいよ」と言ったのだった。
「美保ちゃん今日の予定がどうとか言ってたよね? 続き話してよ」
「あ……はい。ええっと、確か昨日はここら辺の途中の値段が安いとか――」
「高級住宅街なのに?」
「いえ、安いのは山の中だけです。それに加えて最近女児の失踪事件があったそうで、それを西園寺さん達に調べさせるって言ってました」
これを聞いたら「人聞きの悪い」と怒られるんだろう。
「秀さん、北川さんが依頼されてここに来たいきさつとかってどのくらい知ってますか」
しれっと私達の話を聞いていた秀さんに、念の為確認をしておく。もし色々聞いてるんだったら手間が省けるかと思ったけど、首を振って「泊まりの準備して、この前と同じメンバーだけ連れて来いって」と。
「そうですか。まずこの家の話なんですけど――家を建てたのは札田さんご夫妻の親戚で、九条豊さんと言うそうです。九条さんがここを別荘として建てて、出来上がって間もなく、この家の前に車を残して失踪しました」
秀さんは眉を顰める。
「九条さんはまだ見つかっていません。管理する人がいなくなったので札田さんご夫妻が住むことになって、異常がで始めたのはそれからです。なんでも最初はお仏壇のお供物がなくなるとか、あると思ってた食べ物がなくなるとかだったらしく、お二人は自分達が呆けたのかと思っていました。しかし段々とエスカレートしてきて、二人でテレビを見ながらみんかんを食べていると――ふと目を離した隙に、無くなっていたそうです。その頃から空き巣を疑い始め、防犯砂利を撒いたり人感センサー付きライトを設置したりしましたが、どれも音がするのに人がいなかったり、光は点くけど人はいなかったりするらしいんです。庭の桜の木になった苦い実もなぜか無くなっていて……」
「動物とかじゃねえのか?」
「崇さん曰くここら辺は動物が全くいないようで、子供もいないようです」
「うーん、確かに鳥とかも見かけないしね」
「はい。それで、最近息子さん夫婦が来訪して、決定的な出来事が起こりました。買ってきた寿司をテーブルに置いて、ほんの一瞬目を離した瞬間、忽然と消えてしまったんです」
秀さんはふーっと息を吐くと、頭を押さえた。西園寺さんは少しだけ暗い顔をして、田中先生は怪談話を聞く子供みたいなわくわくした表情だ。
「後日山の中で寿司が入っていた容器が見つかったそうです。もちろん、空で。……と、まあ、これがいきさつといいますか……」
「飢えた子供の霊が大量にいるってんなら、食い物が無くなるのも当然だわな。ただお前が見た老人の霊が気になるが……鎌を持ってたらしいが」
「あっ、鎌はですね、物置にあった物を盗られただけっぽいです。幽霊と鎌は別物って言ってました」
「あいつがか」
「はい」
「んじゃ、次は台所の包丁かもな」
秀さんは乾いた笑いを発した。こんな冗談に笑えるはずもなく、空気は沈み込む。唯一西園寺さんが「縁起でもないこと言わないでください」と言ってくれたおかげでその場が持った。
「でも冗談じゃねえぞ。可能性としては十分あり得る。夜中の奇襲が無理なら昼間に……って、一人になった瞬間刺されるかもな」
「もー、それを阻止するのが仕事でしょ、秀さん頑張ってね」
「他人事みたいに言うな」
田中先生はあっけらかんとした口調で、
「だってさあ、秀さんさっき、灯ちゃんが1番狙いやすかったみたいなこと言ったじゃん。多分そいつあんまり頭良くないんだよ。確かに灯ちゃんが泊まった4人の中で1番ちっちゃいけど、どう見たって力がないのは咲さんの方でしょ。単純にサイズで狙ってるなら次狙われるのは秀さんじゃん」
「そ……れはそう……だけど」
言い返せなくなっている。珍しいなあ、こういうのはてっきり西園寺さんの役目とばかり。
「……ちょっと見てくる」
「見てくるって、何を?」
「台所」
秀さんはいたたまれなくなったのか立ち上がり、台所の方は行ってしまった。勝手に引き出しを開けると、こちらから見える顔が明らかに引き攣っている。
「どうしましたか秀さん」
西園寺さんが行くと、同じく中を見た瞬間「あっ!」と声を上げた。
「なあにうたちゃん、中どーなってるの?」
「包丁とかナイフが全部抜かれて……、一纏めにされて布で巻かれてます。そこに護符が」
もう既に手を打ってあるってことか……。凄いな、流石北川さん。




