翌朝
「おはようございます……」
「ちゃんと眠れたようですわね」
布団から出てふらふらと立ち上がる。北川さんはもうとっくに着替えていて、隣に寝ていた2人も既に起きていた。
「はい、……今何時ですか?」
「10時ですわ」
「じゅっ、10時⁉︎ えっ、私めちゃくちゃ寝てたじゃないですか」
「後で倒れられるよりはマシです。もう今夜のホテルは取りましたから、今日はそちらで泊まりますわよ」
「はい……。北川さんは……」
「秀さん達が到着したら一度仮眠を取ります。それより早く着替えて支度をしてくださいまし」
「う、すみません……」
「秀さん達は田中先生の車で12時半頃に着くそうですから、それまでにブランチを済ませますわよ」
ブランチって……あ。そっか、食べ物がないから、わざわざ車で出て行かなきゃいけないんだった! ってことは私が中々起きなかったせいで、皆の朝ごはんが犠牲になったってことじゃん。
「落ち込む暇があったら準備してくださいまし」
「ハイ……」
部屋に入って服達を出す。特に今着てたのと変わらないような、動きやすい服に袖を通した。
パジャマ(私服だけど)は畳んでスーツケースに戻す。昨日だか今夜だか分からないけど、あの忌々しいことがあったわりには何も感じなかった。暗かった室内が朝日でくっきりと照らされて、どこにも影がない。これじゃ素敵な旅館みたいだ。昨日の処刑場みたいな雰囲気はどこへやら。
顔を洗って髪を整えたり歯を磨いたりして、全ての支度を終えたのは30分頃だった。咲さんに昨日のハーブティーの残りを貰ったのでいただく。
「そういえば、これは盗られなかったんですね」
思わずそう呟くと、咲さんも「そうねえ」と不思議そうな様子だ。
「食器棚の所に缶で入れていたからかしら。最初あそこにみかんを隠した時も盗られなかったのよ」
見つけられなかったのかな。なんて思いながら駄弁って、11時になった途端食事に行くと車に乗せられた。そうしてなんだか小綺麗なレストランに連れられて、お洒落なモノを出されたのである……。
「は、初めて行きました、ああいう店」
北川さんは相変わらずの無表情のまま、
「大人になる前に色々と経験した方がいいですわよ」
「いやあ、そうなんですけど……」
お金がないんだよなあ。まあいいもん、安上がりな材料で美味しいもの作れるスキルは絶対役立つし、将来成り上がって金稼いで、お高いお店に行ってやるし。
ふと隣を見ると、北川さんはちらちらと腕時計を気にしている様子だ。
「そろそろ来る頃なんですが……。園田さんの方には何も?」
「私、田中先生と連絡先交換してませんよ。してるのはエイプリルの方です」
小さく「そうでしたか」と呟くと、手持ち無沙汰な時間が流れる。その時、ちょうどいいタイミングで北川さんのスマホが鳴った。
「田中先生からですわ」
そう言って電話を取ると、しばらく相槌を打ったり何か話したりしてから電話が切られる。
「西園寺さんでした。秀さんが車酔いして気分が悪いと……それで途中止まって遅くなったそうですわ。もうすぐ着くようです。……ただ」
「ただ?」
うわ……秀さん可哀想。途中で止まってもらうとかよっぽど気持ち悪かったんだろうな。っていうのはひとまず置いといて、北川さんは神妙な面持ちになる。
「『うじゃうじゃいる』……と」
「う、うじゃうじゃって、ここにですか? 幽霊が……?」
「そうらしいですわ。麓で秀さんが声を上げて、人かと思ったら幽霊だったようです。それがとにかく沢山いるらしいんですの」
「たくさんって……」
私を取り押さえていた黒い影を思い出して、気分が悪くなる。あれがたくさん、山の中に?
「来ましたわ」
言われて振り向くと、窓の外にミントグリーンの可愛い車が見えた。あれ田中先生の車⁉︎
なんか、合ってないような納得するような……。車が止まって少しするとドアが開き、中から人が出てきた。
まず運転席から田中先生。とにかくデカイからよく目立つ。助手席から西園寺さんが出てくると、後ろに回って何かをやっている。
と、気分の悪そうな秀さんを支えて出てきた。秀さんは相変わらず和服を着ていて背が小さい。ふらふらした足取りで西園寺さんについて行く。
「咲さんと崇さんを呼んできてくださいまし」
「は、はいっ」
玄関に向かう北川さんを横目で見て、私はまず2人の寝室へと向かうことにした。念の為なるべく普段は2人でいてほしいと伝えてあるから、きっとそこにいるはず。
「すみませーん」
ノックして声をかけると、中から「なんですか?」と崇さんの落ち着いた声がした。
「今新しい人達が着いたので、ご挨拶をと……」
「開けていいわよ」
「失礼します」
昨日も見たけど、やっぱり綺麗な部屋。クローゼットと箪笥が右側に配置されて、真ん中にベッド、左側には本棚がある。
「すみませんね、今行きます」
「あ、焦らなくても大丈夫ですから」
2人はベッドの上でアルバムのようなものを広げていた。何を見ていたのか分からないけど楽しそうだ。素敵だなあ。
2人を引き連れて廊下を歩いていると、ぱっと扉が開いて誰かが飛び出してきた。揺れる黒髪のポニーテール、飛び抜けて高い身長、整った顔立ち。というか、もう入って来てるよ……。
「やっほ灯ちゃん、久しぶり! ええっと、崇さんと咲さんですよね。助手で来ました、田中明久です」
「よろしくお願い致します」
崇さんは恭しく頭を下げる。
「まあ綺麗な子ねえ。よろしくお願いしますね」
田中先生って敬語使えたんだな。
田中先生は2人をリビングに押しやりながら、私の方を一瞬振り向いてにこっと笑った。おーおー、こういうことするからエイプリルが惚れるんだぞ。
リビングに出て、秀さんと西園寺さんが簡単に挨拶をする(秀さんの物凄い猫被りっぷり)。なんかこの感じ、久しぶりだ。
札田さん達が寝室に戻って、エイプリルを除くいつものメンバーになった時、秀さんは大きくため息を吐いた。
「あたしこんなとこ泊まりたくねえよ……」
個人的にはちょっと意外だった。秀さんがこういう弱音を吐くなんて。私とは違って見えて祓える凄い人なのに、そんなにここのは酷いの……?
「そのことですが、実は昨晩園田さんが寝ている間に被害に遭いまして、今夜はホテルを予約してあります。それより、そんなに沢山見えますの?」
「見えるだけじゃねえ。なんか、気持ち悪い臭いがすんだよ……こう、腐ったみたいな……、あと血の臭いだ。山に入ってからずっとだよ。ここ来るまでははなんもなかったくせに、山に入った途端にこれだから吐くかと思った」
「影の数はいくらほどですか」
「もはや影じゃねえんだけど……もう、木ぐらいいる。いや、もしかしたら全体量はそこまで多くないのかもしれないが、部外者に注目してんのか、めちゃくちゃ道沿いにいるんだよ。それがあたしらの車を見てるわけだ。あー、気持ちわりい」
「かなりハッキリと見えますのね?」
「ああ。色は全体的に黒っぽくて影と言ってもおかしくはない。でもシルエットははっきりしてて、陰影もあるんだ。皆頭がデカくて、腹がスイカみてえに膨らんでて、手足はガリガリに細い。ありゃ栄養失調だな。大きさは赤ん坊、3歳児から10歳、大人ぐらいのまで色々だった。……ここにいるのは3歳ぐらいの奴らだな」
秀さんは睨みつけるような視線で辺りを見回すと、はあっと息を吐いてソファに座った。
「あぁあー、きもちわりー! 完全に酔った」
秀さんは体をソファに預けて天を仰いでいる。
「ここじゃ食事も外に出てですよね? 一応僕達もいくらか……」
西園寺さんが言い切る前に、北川さんが被せる。
「それ以上は言わない方がいいですわ。もし何か持ってきているのなら、車の中にでも入れて護符を貼って隠してくださいまし。もし何かあった時の備えになります」
「分かりました。秀さん、護符持ってきてますよね?」
「そう言われると思ってもう貼ってる」
「ホントですかっ、流石秀さん」
「だろー」
2人が茶番を繰り広げている隙に、北川さんは予定を立てているようだった。




