第10話 天地幇の再興(下)
「武芸の出来ないものを痛めつけて、どうしようと言うのですか?」
「それが五大門派のやり方だと言うなら、黙っていることはできません。」
「五悪鬼の筆頭、簫飛敵を倒したのは桜梅小侠、ならば五悪鬼の処遇は狐山派が決めるべきですよね。」
「林掌門とは旧知の仲ですので、一度相談することにしましょう。」
顔虎たちは、一様に恐怖ともとれる表情へ変わっていく。
これで退いてくれれば良いと思っていたが、そう甘くはなかった。
「林掌門と知り合いだと?本当かどうかも怪しいものだ。」
「もし本当だったとしても、死人に口なしだ。」
思った以上に性根が腐っている。
これでは、どちらが悪人か分からない。
「如来百剣斬!」
顔虎、司明が同じ技を繰り出して襲い掛かる。
「飛雲功!」
青城派の技は、美しく舞うものが多いと聞く。
その通り二人の技は繊細だが、全ての斬撃を見切ってかわしていく。
陳家十掌を身に付けたことで、彼らでは相手にならないほど桁違いに内功が充実しているのだ。
そして、俺は内力で鞘から剣を飛ばす。
「李家十剣!」
飛び上がって剣を手に取ると、第一の剣である突きを繰り出す。
もちろん命を取るつもりはない。
驚かせるために、顔虎と司明の間に全力の発頚を放った。
「ドドォン!」
地面に大きな穴が開くほどの威力だ。
二人は腰を抜かし、戦意を消失した。
「馬鹿な、これほどの武芸を持っているとは。」
「もしかすると、林掌門と互角の腕前ではないのか…」
地面に降り立つと、俺は第二の剣を放つ構えをとる。
「ちっ、皆退くぞ!」
顔虎の号令で、青城派が撤退していく。
「李大侠、どうして私などをお救いに…」
話しかけた広南隠剣は驚き、言葉に詰まった。
涙を流している俺を見たからだ。
「私は、生きていても良いとおっしゃるのですか?」
彼女の問いに頷くと、その後も二人は泣き続けた。
これは同情などではなく、ただただ悲しかったからだ。
それから怪我の応急処置をすると、広南隠剣と別れた。
集落へ急がなければ。
「な、なんてことだ…」
帰ってみれば、怪我をしている者、息絶えている者たちが出迎えたのだ。
建物も好き放題に荒らされている。
「しっかりするんだ。」
「敵はどこへ行った?」
息のある者に聞くと、竹琴たちが迎え撃ったが、次第に押され集落の中心へ追い込まれたらしい。
集落の中心と言えば、幇主である俺の屋敷があるから、きっとそこだろう。
「ようやく見つけたぞ!」
飛雲功で空中を走り、屋敷に降り立てば、女子供を守る竹琴たちがいた。
史書賢が言う通り、敵は宋兵だった。
ざっと100名程度、これでも竹琴たちの奮闘で数は減らされているはずだ。
「ようやく来たか。」
「待っていたぞ、李幇主。」
「この私が高衙内様だ。」
「曲がりなりにも、南斗司のお前が宋に盾突くとは。」
その男は丸々と太っていて、女のように花の髪飾りをつけている。
ちょっと気味の悪い奴だ。
それにしても、俺がいつ反旗を翻したと言うのだ?
「ずっと邪魔ばかりしてくれたな。」
「大人しくここで死んでもらうぞ。」
事実など関係ない、俺が目障りなのだろう。
「呼延鈺将軍、後は頼む。」
そう言うと、奴の背後から見覚えのある男が現れた。
「李幇主、お久し振りです。」
「右手の親指を失ったという噂は、本当だったのですね。」
「このような形で再開したくはなかったが、これも任務。」
「決着をつけましょう。」
どうやら、戦いは避けられないようだ。
ここまで飛雲功全開で来たから、内力を消耗している。
一気に決着をつけたとしても、宋兵まで倒す力が残っているかどうか…
いや、それを考えても仕方ない。
「いいだろう。」
「だが、俺が勝ったら一つ願いを聞いてくれ。」
彼は答えず、鉄鞭を握る手に力を入れる。
「シュッ!」
俺は内力で鞘から剣を飛ばす。
呼延鈺はそれを軽くかわすが、既に彼の背後へ飛雲功で回り込んでいる。
飛ばした剣を握ると、素早く斬り込む。
「キン!キン!キン!」
三度剣を合わせると、鉄鞭がただの鉄でないことに気が付いた。
何しろこちらは宝剣。
普通ならば、断ち切っているはずだったからだ。
これは甘く見ていたと、内力をめぐらせる。
「李家十剣!」
李家の奥義を受け、呼延鈺の鉄鞭が宙を舞う。
結果的に、彼は一歩も動けないまま勝敗が決した。
なにしろ、今の俺は陳家十拳の内功を得ているのだから当然であろう。
今となっては利き腕など関係ないのだが、そう言う意味で呼延鈺の油断が招いた結果とも言える。




