第6話 失意の英雄(後半)
「江湖の者はこれだから困る。」
「宋の民ならば、自国のために働け。」
そう言うのは、斧を持った屈強な男。
少なくとも雑兵ではないだろう。
「冥土の土産に教えてやろう。」
「俺の名は楊存中。」
「そう、この反乱には宋も一枚噛んでいるのだ。」
「義侠だかなんだか知らんが、余計なことに首を突っ込むから命を落とすことになる。」
楊存中が上げていた片手を下げると、それが合図となり反乱兵が襲い掛かってきた。
「飛雲功!」
大理兵を抱えたまま飛び上がり、四方八方から突かれた槍をかわす。
しかし、そこへいくつもの鎖が放たれる。
動きを封じる目的だろう。
「キーン!」
俺は、ひと薙ぎで鎖を斬り払った。
宝剣「水月」だからこそ成せる技だろう。
とは言え、これは絶体絶命だ。
「げほっ!」
背後から聞こえた声に振り返れば、何とそこには吐血した趙景がいた。
背中には、斧が刺さっている。
彼女は俺を守るため、代わりに楊存中の攻撃を受けたのだ。
「趙景!」
「どうして?なんて馬鹿なことを…」
趙景を抱える俺の手は、瞬く間に赤く染まっていく。
「痛みを感じないわ。」
「…こ、今度は駄目みたいね。」
話しながらも出血は酷く、顔面蒼白だ。
考えたくはないが、どう見てももう持たないだろう。
「結婚するんだろう?」
「こんなところで死ぬんじゃない!」
彼女を座らせ、俺の内功を注ごうとする。
「やめて…手遅れよ。」
「それに、あなたまでやられたら意味がない。」
「夢を、夢を叶えて…ね。」
そう言うと、彼女は絶命した。
そんな…
そんなことがあって良いはずがない。
「よくも趙景を!」
俺は狂ったように水月を振り、囲いを突破した。
だが、そんな状況でも冷静さはわずかに残っていた。
目的は大将の首、仇の楊存中は後回しにしたのだ。
「大分遠いが、やっと大将の本陣が見えた。」
「全力でいけば、ここからでも何とか届くか。」
敵陣深く入り込めたのだ、今さら引けない。
しかも、周辺に竹琴たちの姿は見えないから、一人で突っ込むしかない。
内力をめぐらせる、これが最後なら全力でいくべきだろう。
「李家十剣!」
突き、払い、第五の剣を放つ頃には、五十人以上を倒した。
相手は雑兵だし、こちらは全力なのだから、これでも足りないくらいだ。
もう少しで手が届く、そんなところで重装備の兵に行く手を阻まれた。
二百名といったところか。
「これは特別な鎧だ、剣は通らないぞ。」
指揮しているのは楊存中だ。
回り込んだか。
それにしても、先ほどの宋兵といい、よく調練されている。
この重装備兵など、どうやって手配したのか。
まさか、宋が国としてこれほど関与するとは。
「第六の剣!」
こいつらに構っている暇はない。
無視して、そのまま李家十剣を放っていく。
「そんな馬鹿な。」
楊存中が驚くのも無理はない。
剣を通さないところか、俺が進んだ後には重装備兵の死体が山のように築かれていくのだ。
しかし、さすがは重装備兵。
思うようには進めない。
第八の剣を放った時、このままでは大将に届かないと認めざるを得ない状況だった。
「よし、ようやく来たか!」
そう言う楊存中は、援軍を待っていた。
本陣の後方を見れば、大軍が押し寄せていた。
少なく見ても二万はいるだろう。
「大理がこの援軍も見抜けないとは、宋との実力差はそれほどあるということか。」
俺の手が止まった。
これ以上の進撃は意味がないからだ。
引き返そうにも退路はないが、だからと言って趙景が守ったこの命を無駄にする訳にはいかない。
「くそっ、もうこれ以上は…」
活路を求め戦い続けたが、全身傷だらけで満身創痍の状態。
ついに力尽きると思ったその時、
「若様、ご無事ですか!」
竹琴たちが現れた。
「ようやく見つけてくれたか、すまないが頼む。」
そう言うと、段々と意識が薄れていく。
「天地真功!」
竹琴たちは、互いの片手を合わせ、竹琴、蘭歌が空いた片手を前へ向ける。
すると、彼女たちの発頚で面白いくらいに反乱兵が吹き飛んでいく。
以前に蘭歌と梅舞が見せた技だが、四人だと比べ物にならない威力だ。
こうして、どうにか戦場から退却することができた。




