第5話 失意の英雄(前半)
俺たちが結婚を約束した数日後、神鷹教から使者がやってきた。
火急の用件だと言う。
「神鷹教、長老の馬風笛と申します。」
「墨教主の使いで参りました。」
よほど急いで来たのだろう、竹琴が差し出した水を一気に飲み干す。
「大理国で反乱が起きています。」
「今は都の外で対峙しているそうですが、攻め入られるのも時間の問題。」
「そこで、大理国王より百仙派、神鷹教に協力要請が届いた次第です。」
「是非とも、親交が深い狐山派と李鏢頭にご助力頂けないか、とのご相談で参りました。」
答えは言うまでもなく決まっている。
ただ、虎門鏢局は戦のための組織ではないし、南斗司は勝手に動かせない。
もしもの場合に備えて、楊宣娘と薛雷を残し、俺と趙景、竹琴たち四人の合計六人で向かうことにした。
「これは、想像をはるかに超える戦いだな。」
大理国に入り墨教主と合流すると、そこには数えきれないほどの兵がぶつかり合う激しいが繰り広げられていた。
「状況はどうなっているんだ?」
俺の問いに、彼は難しい表情を浮かべながら答える。
「反乱軍の首謀者は高妙音。」
「兵は三万ほどだから、当然ながら大理軍が鎮圧すると思われた。」
「しかし、初めは一万の兵だったのだ。」
「それが、気が付けば減るどころか膨れ上がった。」
「ここからどれだけ増えるのか、想像もできない…」
すると今度は、墨教主の隣に立っている女子が話し出す。
「桜剣と申します。」
「梅家荘の弟子を率いて参りました。」
「林掌門は、狐山派の弟子と共に向かっているところです。」
優勢なのか劣勢なのか、それすら分からない状況のようだ。
「我らの兵力は、百仙派、神鷹教、梅家荘を合わせて千名足らず。」
「神鷹教の馬長老と狐山派が増援に来れば、二千名程度になるだろう。」
「これで戦況を変えるつもりだが、彼らを待つには時間の余裕がない。」
墨教主の言う通りだ。
一刻も早く打って出るべきだろう。
「俺には兵を動かす権限がない。」
「たった六人で申し訳ないが、その代わり大将の首はこの李海が取る。」
戦の経験もないのに危険すぎる、そう趙景が耳打ちした。
そうかもしれないが、これでも江湖で英雄と呼ばれている。
そんな、ちっぽけなプライドから発した言葉だった。
墨教主と桜剣の二手に兵力を分けると、大将の高妙音の首だけを狙い出撃した。
俺はまず、弓に矢を二本同時につがえる。
鏢局で培った技術により、その腕前は将兵と比べても抜きんでている。
「まずは目印を作るから、あとはそこを目掛けてひたすら前進だ。」
俺の言葉に、皆が頷く。
「シュッ!」
まずは二本を放つ。
矢は弧を描き、敵兵二人に命中した。
そして、立て続けに五十本を放った。
その全てが命中し、面白いように敵兵が倒れていく。
「よし、行くぞ!」
「一気に終わらせる必要があるから、俺と趙景は情花曲剣法で蹴散らす。」
「竹琴たちは背後を頼む。」
想定通りに事は進み、敵陣深くまで斬り込むことに成功した。
しかし、そこには残酷な光景が広がっていた。
大理兵の屍が至る所に転がっているのだ。
少し離れたところで、奮闘している大理兵を見つけた。
「こんな敵陣の真っ只中で、一人戦うとは勇敢な男だ。」
「だが、このままでは殺されるのも時間の問題だろう。」
そう言うと、飛雲功で彼の元へ向かった。
背後から、駄目だと止める趙景の声が聞こえる。
戦に不慣れな俺は冷静な判断を欠いていたから、忠告を軽視して進んだ。
この選択が悲劇の始まりになることを知らずに。
「ヒュン!」
「ヒュン!」
「ヒュン!」
俺が剣を三度振るえば、周辺の反乱兵が絶命した。
この剣は宝剣「水月」、雑兵には剣筋すら見えなかったはずだ。
「大丈夫か?」
大理兵を支えて励まそうとした時、既に数えきれないほどの反乱兵に囲まれていた。
趙景たちがどこにいるか、もはや確認することも叶わない。
瞬時にこれだけ囲まれるとは、考えが甘かった。




