第9話 盟主の初仕事(前半)
宋牛と呂熊の命に別状はない。急所は外したからだ。
もちろん、斬ったことは後悔していない。
しかし、もし殺害していたら、一部で非難の声が起こることは避けられなかっただろう。
「勝敗は決しました。」
「第一位は、虎門鏢局です。」
「それでは続いて、人気投票で第一位の臨安鏢局と虎門鏢局の対戦です。」
「対戦は、各鏢局による投票で決します。」
蘭歌の案内で投票が始まる。
臨安鏢局は、武芸勝負で大敗を喫している。
勝負の行方は火を見るより明らかで、投票は形式だけのものとなった。
「それでは皆様、今後は虎門鏢局が盟主を務めさせて頂きます。」
「鏢局同士助け合いながら、盛り上げていきましょう!」
俺の言葉に、至る所から「いいぞ!」「やろう!」と声が上がる。
「もう一つ、先ほどの武芸勝負では卑怯な行為がありました。」
「残念ですが、こうなってしまった以上、無双鏢局は追放とさせて頂きたい。」
これは、事実上の廃業を意味する発言だ。
各鏢局から反論がないことを確認すると、これにて鏢局大会は閉幕となった。
それからというもの、大きな問題もなく平和な日々を過ごしていた。
「若様、臨安鏢局の馬鏢頭がお越しになりました。」
仕事のことで相談があるからと、馬雲から相談を受けていたのだ。
盟主としての初仕事だ。
「鏢局大会以来だな。」
「それで、早速相談の件だが…」
菊笛が茶を持ってくると、馬雲と二人できゃっきゃっと楽しそうに雑談を始めた。
普段なら茶を出すのは竹琴か蘭歌の役目だが、面白いおじさんが来たからと彼女が率先して行動したのだろう。
この二人は親子ほど歳が離れているのにどうも気が合うようで、はしゃぎだしたら止まらない。
「コホン!」
俺が咳払いをすると、揃ってきょとんとした表情でこちらを見つめる。
「馬鏢頭、話しがあるのでは?」
ようやく、我に返ったおじさんが話しを再開する。
「そう、そうだったな。」
「実は最近、荷を奪われる事件が多発しているのだ。」
「しかも相手を選んでいるようで、臨安鏢局ばかりを狙ってくる。」
「これでは商売上がったりだ。」
それは問題だ。
確かに、盟主が対応する事案だろう。
「なるほど。」
「それで、相手は?」
俺の問いに、彼は待ってましたとばかりに答える。
「江湖の者ならば、誰でも知っている神鷹教だ。」
「この状況では、泉州に近寄れやしない。」
神鷹教と言えば、あの曹无求が教主を務める邪教の一派だ。
曹教主は元の時代へタイムスリップさせてくれた訳だが、邪魔という理由だけで李空を殺害した悪人である。
「分かりました。」
「では、退治するのが一番ですね。」
ここまで黙って聞いていた楊宣娘が口を開く。
「我らが泉州へ荷を運びましょう。」
「臨安鏢局の旗を掲げれば襲ってくるでしょう。」
俺が頷くより先に馬雲が答える。
「正直複雑な気分だが、楊副鏢頭のご提案に従おう。」
さらに、なるべく神鷹教の本拠地である九鬼宮に近づくため、わざわざ泉州の山中へ出掛けることになった。
泉州に着くと、白衣を着た連中に囲まれた。
神鷹教のお出ましだ。
思ったよりも簡単に餌に食いついたな。
「俺は神鷹教の黒玄だ。」
「命が惜しければ、荷を置いていけ。」
「それにしても、荷を奪われたばかりなのに懲りない奴らだな。」
「これだから、お前らはどこまでいっても愚鈍なのだ。」
愚鈍なのはお前の方だ。
「それは残念だったな。」
「我らは虎門鏢局の一行だ。」
「お前たちが現れるのを待っていたのだ。」
「果たして、愚鈍なのはどちらかな?」
俺の言葉に、黒玄は怒り心頭の様子だ。
「だましたか、卑怯者め。」
「だからと言って、荷を諦めると思うなよ。」
「皆、構うことはない、やってしまえ!」
奴が雑魚のようなセリフを吐くと、神鷹教の信者が一斉に襲い掛かってきた。




