第7話 鏢局大会(四)
「これは媚薬ね。」
「しかも、これほど効き目が早いものは聞いたことがないわ。」
ここで、趙景はハッとした表情に変わる。
「駄目よ、内力は使わないで!」
「毒の効き目が強くなってしまうわ。」
せっかくの忠告だが、既に手遅れだった。
俺は体を小刻みに震わせながら、趙景の肩へ手を回していた。
そして、そのまま彼女に近づいていく。
「李海…」
彼女も俺に近づく。
互いの唇は、求めあうようにして触れ合った。
しかし、媚薬がなくとも、本当はこうなることを望んでいたような気がする。
「ドンッ!」
俺のみぞおちに、彼女が渾身の突きを放った。
「げほっ!」
あまりの痛みに、そのままうずくまる。
その時、一瞬冷静になり次の行動が定まった。
「趙景、情花曲剣法を修練してみないか?」
彼女は顔を赤らめて答える。
「夫婦の情が必要だと言ったでしょ。」
「…それで良いの?」
俺は彼女を抱き寄せ、もう一度口づけする。
それは、趙景の問いに対する返事の代わりだった。
「情花は、その部位によって毒にも薬にもなる植物。」
「奥義書によれば、その毒は媚薬のことで、毒に侵された時に修練すれば至高の内功を得られると書いてあるの。」
「つまり、毒薬変じて薬となる、というところかしら。」
「こんな時だけど、実は今こそ修練の時と言うわけね。」
修練を始めてみれば、不思議なことに少しずつ媚薬の効果が薄れていった。
全て消える頃には、彼女の言う通り内力に満ち溢れていた。
林掌門の易筋経に匹敵するのではないか、とさえ思うほどだが、一つだけ問題がある。
それは、二人一緒である必要があるのだ。
技そのものは、互いが目まぐるしく入れ替わるような類まれな剣法。
しかし、内力を全開にするなら、二人の掌を合わせて戦う必要がある。
こんな内功は聞いたことがない。
いや違う、俺は見たことがある。
そう、華林九と戦った時、蘭歌と梅舞が使った天地真功だ。
もしかすると、情花曲剣法は霊宝派と何か関係があるのかもしれない。
何はともあれ、絶技を会得できたのだ。
こんなところは、さっさと出よう。
「シュッ! シュシュッ!」
懐から匕首を抜き、鉄格子を壊した。
聶隠娘の宝剣だから、鉄であろうと容易に斬り裂くのだ。
「ちょっと、李海。」
「初めから、こうすれば良かったんじゃないの?」
「…まさか、わざと口づけを」
俺は、彼女の言葉を遮るように話し出す。
「違うよ、後で思いついたんだ。」
そう言うと、彼女の手を握り部屋を出る。
手をつながれ、趙景の顔は真っ赤に染まっている。
こんなことがあった訳だが、結局翌日から元通りの関係に戻ることになる。
恋というのは、なかなか難しいものである。
「武術勝負はどうなってる?」
会場に着くと、竹琴に尋ねた。
「若様!?」
「良かった、ご無事だったんですね。」
菊笛、梅舞も嬉しそうに駆け寄ってくる。
蘭歌は、舞台上で会場を仕切っていた。
「次が最終戦です。」
「ここまで、薛公子が出場して二勝、最後の相手は無双鏢局です。」
これには、驚きを隠せない。
「薛雷が!?どうして?」
趙景も目を丸くしている。
「分かりません。」
「突然現れて、困っているだろうからと。」
彼を探すが、もうここにはいなかった。
恐らく、俺たちの姿を見て帰ったのだろう。
意外に良い奴なんだな。
「それから順位ですが、虎門鏢局、無双鏢局、蛇頭鏢局が三勝で並んでいます。」
「ですが残りは一戦、次の勝負に勝った鏢局が第一位となります。」




