第6話 鏢局大会(三)
「さて、無双鏢局へ向かう準備をしよう。」
俺がそう言うや否や、竹琴たちは忙しそうに部屋を出て行く。
「竹琴、蘭歌、どうした?」
呼んでも戻って来ないどころか、返事すらない。
考えてみれば、以前に無双鏢局の奴らがなめ回すように見たから、同行するはずはなかったのだ。
となると、薛雷は鏢局を避けているし、楊宣娘は副鏢頭だから、俺もいない中で鏢局を留守にする訳にはいかない。
「趙景、二人でご馳走になろうか。」
彼女は事情を知らないから、二つ返事で付いてくる。
それに、どういう訳かどことなく嬉しそうだ。
「これは李鏢頭、よく来たな。」
「精一杯、上等な酒と肉を用意させてもらったぞ。」
宋牛は馴れ馴れしく俺の肩へ手を回すと、部屋へ案内していく。
怪しいぞ。
酔っ払ったところを襲ってくる算段かもしれない。
やれるものならやってみろ、俺には李家の内功がある。
しかも、代謝を促進すれば、奴らなど足元にも及ばないほどの酒を飲めるのだ。
しかし、飲み始めてから30分とたたず、机に突っ伏すことになった。
「…ここはどこだ?」
薄暗い部屋に、寝台と机、椅子、それに木桶が置いてある。
ここは洞窟の中に作られた部屋のようだ。
さらに、出入口には鉄格子が付いている。
「趙景、目を覚ましてくれ。」
「大丈夫か?」
声を掛けると、彼女も気が付き体を起こす。
「私たち、宴にいたはずよね。」
「ここは無双鏢局なの?」
それは俺にも分からない。
「おや、気が付かれましたか。」
「俺の眠り薬、なかなか効いたでしょう?」
「さあさあ、お食事をご用意しましたので、どうぞ召し上がって下さい。」
壁の低い位置にある小窓から、饅頭、それに野菜の炒め物が盛られた皿が差し出された。
声の主は金鼠だ。
「あの連中に騙されるはずはないと思ったが、お前の策だったか。」
彼は立ち上がると、見下しながら話し出す。
「李鏢頭、あなたは囚われの身だ。」
「しかも、年上の俺に対してその口の利き方、あらためた方が良いですよ。」
正体を現したな。
「だが、ご心配には及びません。」
「武芸勝負が終わったら、開放して差し上げます。」
「それまで、ごゆっくりお楽しみください。」
「俺も楽しみです。」
意味ありげにそう言うと、ニヤリと笑みを浮かべ立ち去った。
「腹が減っては何とやらだ。」
「食べながら考えよう。」
趙景へ饅頭を差し出すと、俺も食べながら状況を整理する。
「何はともあれ、二人だけで来てよかった。」
「武芸勝負の方は、俺たちが間に合わなかったとしても、竹琴たちが進めてくれるだろう。」
続けて趙景が話し出す。
「無双鏢局の連中は、李海を閉じ込めておくことで武芸勝負に勝つという策よね。」
「でも、それだと引っ掛かる…と言うより解せない。」
「虎門鏢局には、李海より腕の立つ竹琴たちが控えていると言うのに、愚かすぎるわ。」
ちょっと、それを真顔では言わないで欲しい。
激しく傷ついたぞ。
何と言っても、今の俺には李家十剣がある。
この技を軽く見ているのなら、君は恥をかくことになるぞ。
「竹琴と宋牛が一対一で戦うとしたら、勝つのは宋牛。」
「そして、俺が戻る前に盟主になってしまえば、あとはやりたい放題という筋書きだろう。」
趙景は、野菜の炒め物を口に運びながら頷く。
「となると、一刻も早くここから出なければならな…い…」
彼女は何かに気付いた様子を見せ、話しを中断した。
俺もすぐに体の異変に気付き、急いで内力をめぐらせる。
どういう訳か、体中が火照っているのだ。
「この食事か!」
「しまった、また同じ手にやられた。」
俺と趙景が揃って策にかかるとは、受け入れがたい事実だ。
彼女の方を見れば、既に汗ばんでいる。




