第9話 慰安旅行
このところ忙しく働いていたから、そろそろ皆をねぎらいたいと思っていた。
そこで、南斗司と鏢局の仕事が落ち着く頃を見計らい、西湖へ遊びに行くことにした。
遠出することも考えたが、両方の仕事が谷間になる機会はそうそうないから、近場で我慢することにしたのだ。
「さあ、皆準備はできたか?」
趙景と竹琴たち四人、それから俺の六人で出掛けることにした。
楊宣娘も誘ったが、皆が留守にしては、いざと言う時に困るから残ると聞かなかった。
今となっては、そんな彼女無しで鏢局の仕事は回らないだろう。
「ちょっと菊笛!」
「お菓子ばかりじゃなくて、若様がお好きな羊肉や酒を積みなさいよ!」
馬車に詰める荷には限りがあるのに、自分の好きな物ばかり持って行こうとするため、竹琴が叱っているのだ。
「そうよ、私だって知恵を絞ったんだから!」
そう言うのは梅舞だ。
蘭歌が馬車をのぞき込むと、端の方に積み上げるように縛り付けられていた。
「確かに邪魔ではないけど、あなたもお菓子ばかりなのね。」
天真爛漫な菊笛と梅舞。どちらも微笑ましく、可愛らしい。
趙景も、そんな光景を楽しそうに見ている。
そんなほっこりした心持ちのまま、俺たちは西湖へ向かった。
到着すると、分担して調理に取り掛かる。
竹琴が言う通り、俺の好きな羊肉を中心とした料理だ。
「今回は皆をねぎらうために来たんだ。」
「俺には気を遣わず、楽しんでくれ。」
微笑を浮かべながら、趙景が答える。
「李海を世話したいなら、甘えたら良いんじゃないの?」
「沢山の女子から好かれて、男冥利に尽きるわね。」
どこか棘のある物言いだが、皆が楽しんでくれれば、それで良いか。
次々と運ばれる料理に箸を伸ばす。
羊肉の焼いたものやスープを口に運ぶと、何とも幸せな気分になる。
肉の臭みなど、全く感じない。
彼女たちは料理上手だが、特に蘭歌は蒙古の出身であるため、羊肉の調理に長けているのだ。
調理がひと段落すると、竹琴と菊笛が楽器を手に取り、演奏を始めた。
蘭歌が歌い、梅舞が舞いを披露する。
興行すれば、ひと儲けできる実力だ。
なかなか鑑賞する機会もないため、感動もひとしおである。
あまり楽しいものだから、盃でちびちび飲むのやめ、瓶から口へ直接流し込むように酒を浴びる。
「さあ、皆も食べて飲んでくれ。」
そう言うと、彼女たちは席につき食事を始める。
今度は、俺が李家剣の舞を披露する。
趙景も剣舞を披露し、皆が思い思いに楽しんだ。
日が暮れると、鏢局に戻るのも面倒だからと近くに宿をとった。
町から離れており立派な宿とは言えないが、ここは我慢してもらおう。
まだもう少し飲みたかった俺は、酒瓶を持ち庭に出て、椅子に腰かける。
庭と言っても風流な庭園ではなく、机と椅子が置かれているだけだ。
そこへ、一人趙景がやってきた。
同じく酒瓶を持っている。
「どうだ、一緒に飲まないか?」
声を掛けると彼女は頷き、向かいの椅子に腰かけた。
互いの酒瓶を重ねて乾杯すると、ぐいっとひと口飲んだ。
思い返せば、二人きりで飲むのは初めてだ。
趙景に命を救われた時、彼女に特別な感情があることを確信した。
それは趙景も同じ、ではないかと思っている。
二人きりで飲むなど滅多にないのだから、この機会を活かさなければ。
そう考えていると、彼女の方が先に話し出した。
「知ってる?」
「あんた、江湖では李大侠と呼ばれているのよ。」
最近、耳にはしている。
崑崙派や峨嵋派の事件を解決したことで英雄扱いされているのだ。
どちらも林掌門がいたから解決できた訳だが、どうもその林掌門が俺の手柄にしている様子なのだ。
英雄などに興味はないが、こうなってしまったからには軽率な行動は控えねばならないだろう。
「虎門鏢局も再建できたから、目的は果たしたわよね。」
「これから、どうするつもりなの?」
彼女は、真っすぐにこちらを見つめている。
しばらくしても視線を外さない。
酒が入っていると言えばそうだ。
しかし、これほど見つめ合うことなど、そうはないだろう。
ただ、彼女の問いは難しいものではなかった。
「再建では終わらないさ。」
「開封府の頃より、もっと繁栄させる。」
これは、本物の李海に誓ったことだ。
「それも終わったら、もっと人のためになることがしたいと思っている。」
「具体的な目標はないけど、十分な銀子もあるし、君たちもいるから何でもできるさ。」
そう言うと、趙景は理解した様子を見せて頷き、部屋へと戻っていった。
…しまった、またとない機会を逃してしまった。
望まぬ英雄編 完




