第6話 峨嵋派の誘拐事件(前半)
虎門鏢局に戻ると、既に次の事件が待ち受けていた。
「若様、峨嵋派の弟子が誘拐されたそうです。」
「岳飛将軍より、林掌門夫妻と共に捜索と救出をするように、とのご指示でしたが…」
「張掌門のお話しでは、邪教の対応に狐山派の力が必要なため、南斗司だけで何とかして欲しいと伝言を預かりました。」
また江湖に関わる任務か。
それにしても、人使いが荒いな。
だが、文句を言っていても仕方ない。
それに、今回は林掌門の手助けなしで対応しないと。
「よし、では皆で行こう。」
峨嵋派が総出で助け出せないのだから、達人クラスの武芸者が必要になるだろう。
ならば、竹琴たち四人と趙景、俺の六人で対応するべきだ。
「峨嵋派は確か、四川にあったな。」
「峨嵋山…また山か、どうして困難な道のりばかりなんだ。」
不満を言ってみるが、趙景は涼しい顔で旅支度をしている。
冷たい彼女に反して、竹琴たちは俺を取り囲んで慰めてくれた。
気を取り直して峨嵋山へ行ってみれば、緑こそ豊かな地ではあるが、やはり崑崙山脈に勝るとも劣らない険しい道のりだった。
「峨嵋派掌門の静玄と申します。」
「南斗司の方々ですね、この度はご助力に感謝します。」
「長旅でお疲れでしょう。」
「部屋を用意しておりますので、まずはお休み下さい。」
峨嵋派は男子禁制。
尼僧だけで構成される流派だ。
掌門の静玄師太は随分と礼儀正しいし、歓迎してくれているようだ。
それにしても、こんな時にも関わらず、これほど落ち着いていられるとは。
翌日、捜索にあたるため、まずは状況を聞くことにした。
「誘拐されたのは、入門してまだ日が浅い、王无悔という弟子です。」
「四方に弟子を放ち、いくつか居場所に当たりを付けました。」
「犯人は恐らく江南凶忌ですが、上手く痕跡を消されています。」
无悔とは、いくら尼僧と言っても変わった名前だな。
それに、静玄師太の言う江南凶忌とは何者だろうか…。
首をかしげていると、趙景が耳打ちで教えてくれた。
「五悪鬼と言って、五人の悪人がいる。」
「そのうちの一人、江南凶忌こと方不二のことよ。」
「相当な腕前を持つ、江湖では誰もが知っている達人ね。」
そんな奴が相手とは、正面からは当たれないな。
静玄師太が話を続ける。
「それでも何とか、東西南北の四カ所の拠点に絞り込みました。」
「北は奴の別邸。」
「東、西、南はどれも廃寺、このどこかを根城にしているでしょう。」
なるほど。
江南凶忌が武芸に自信を持っているなら…
「それでは、私と趙景で別邸を、竹琴たちは東へ。」
「西と南は、峨嵋派の方にお任せすると言うことで如何でしょうか。」
俺が言うと、趙景が不安そうな表情でこちらを見た。
しかし、峨嵋派は人材不足と聞いている。
静玄師太以外に腕が立つものと言えば、静空師太、静虚師太、どういう訳か男である雲中天の三人だけのはずだからだ。
「お気遣いに感謝します。」
「それでは、早速各自行動に移しましょう。」
静玄師太の返事が合図となり、皆それぞれの目的地へ散っていく。
北の別邸と言っても広大な地だ。
屋敷を見つけるまで、随分と時間がかかってしまった。
「江南凶忌、どこだ!」
屋敷へ向け、内力をこめて叫んだ。
しかし、どういう訳か返事がない。
屋敷の窓に近寄ってみると、話し声が聞こえてきた。
「奴め、声は届いていただろうに無視を決め込んだな。」
「取るに足らない相手ということか。」
少々苛立ちを感じながらも、それもそうかと納得する。
俺の横では、趙景が呆れた様子でこちらを見ている。
「へっへっへ。娘、お前には俺の嫁になってもらう。」
「それにしても美しいなぁ。」
その男は、髪がなくシミだらけの顔、背は低くずんぐりした体形。
歳は40代といったところだ。
「何なんだ、この男は。」
「気持ち悪いけど、武芸の腕は趙景が言う通りだ。」
「これは、二人がかりでも勝てそうにないぞ。」
さて、どうしたものか。
「やめてください!」
「私に手を出せば、静玄師太が黙っていませんよ。」
そう言う尼僧は、剃髪していても確かに美しい。
美しいと言うより、可愛いらしいと言う方が正しいくらい、俺には幼さが残っているように映った。




