第5話 崑崙派の掌門争い
劉凱との戦いで、俺の武芸が鏢頭にふさわしい水準にあると確認できた。
李空の域には達していないが、ひとつ嬉しい出来事だった。
「若様、新しい任務が届きました。」
知らせに来たのは竹琴だ。
最近気付いたが、彼女は天真爛漫な菊笛を含め、三人をよくまとめてくれている。
「五大門派の崑崙派で、掌門争いが激化しているそうです。」
「大事にならないよう、手助けするようにとのご指示です。」
「また、林掌門夫妻も同行されるそうです。」
次は江湖に関わる任務か。
岳飛将軍は武林の英雄を大切に思っているから、放っておけないのだろう。
「崑崙…吐蕃の北か、随分と遠出になるな。」
「だが、任務だから仕方がない。」
「長旅で鏢局を留守にするだろうし、林掌門もいることだから、今回は趙景と俺だけで向かおう。」
崑崙派の本拠地は崑崙山脈にある。
着いてみれば、標高が高いせいか空気が薄い。
崑崙派の軽功が優れていると言われる理由も頷ける。
「玉虚道長、はじめてお目にかかります。」
「南斗司の李海と申します。」
「武林では、崑崙派の掌門争いが流血騒ぎになると噂されていますが、どのような状況でしょうか?」
玉虚道長は、崑崙派の掌門である。
彼は温厚な表情で答えた。
「南斗司とは、聞かぬ名。」
「もしや、岳飛将軍の差し金ですかな。」
さすがは掌門、察しが良い。
「その通りです。」
「余計なお世話とは存じますが、手伝える人間は多い方が良いかと。」
玉虚道長は少し考え込むと、表情ひとつ変えず答える。
「おせっかいな人たちですな。」
「しかし、そちらの林掌門も知らぬ仲ではない。」
「ここはご助力頂こう。」
またも林掌門に助けられたか。
と言うより、このために岳飛将軍が同行させたのではないだろうか。
「掌門の座は、霊宝道長と乾一刀で争われています。」
「乾一刀の刀術は崑崙派で随一と言って良いが、霊宝道長は年長者ですし崑崙派正統の剣術を会得しているため、人気では霊宝道長に軍配が上がるでしょう。」
実力と本家本元のどちらを選ぶか、そういうことかもしれないな。
「乾一刀は、掌門を選ぶのだから武芸で決めるべきだと主張しています。」
「初めは霊宝道長も彼の意見を否定していましたが、逃げるつもりだと指摘を受けたことで、腕を競う運びとなった次第です。」
乾一刀の口車に乗ってしまったか。
まぁ、実力で決めるというのも良いだろう。
林掌門も口を挟まないところを見ると、否定的な意見はないようだ。
「分かりました。」
「それでは、我々も同席させて頂きます。」
そして、腕比べの時がやってきた。
「霊宝道長、勝負を受けて頂き感謝します。」
「乾一刀、まだまだ若い者には負けぬことを証明しよう。」
互いが一言述べ、それが開始の合図になった。
霊宝道長の剣法、乾一刀の刀法、どちらも達人の域だ。
十手ほど斬り合った頃、
「乾殿が押しているようだが、簡単に勝負はつかないだろう。」
横で趙景がささやくと、信じ難い光景を目にすることとなった。
「もらった!三乾飛刀!!」
乾一刀が三本の短刀を投げつける。
短刀は別々の方向から、弧を描いて霊宝道長へ向かっていく。
そう、乾一刀は飛刀の達人だったのだ。
しかし、腕試しに暗器は正道を軽んじた行為、武林ではご法度と言って良い。
「卑怯だぞ、乾一刀!」
弟子たちが叫んだその時、林掌門が割って入り、三本の短刀を全てはじき返した。
「これが易筋経の真の力か…」
今度は感嘆したように趙景が声を上げた。
「そのまま戦っても勝てたかもしれないのに、早く決着をつけようと焦りましたね。」
「玉虚道長、どのように裁かれますか?」
林掌門が問いかける背後では、霊宝道長が礼をしている。
「林掌門、命を救われました。」
「感謝申し上げますぞ。」
その言葉に、林掌門も礼を返す。
玉虚道長は、しばらく悩むような仕草を見せ、意を決したように話し出した。
「掌門の選出は見送りとする。」
「乾一刀は、あまりにも悪辣な手段を用いた。」
「従って階級はく奪とする。」
「しかし、霊宝道長を傷つけた訳ではないため、在家として崑崙派を名乗ることは許そう。」
この判断には甘いと言う声も聞こえたが、しばらくすると収まっていった。
乾一刀を支えた者も多く、その気持ちも汲んだ取り計らいだったからだ。
彼はどういう算段で暗器を使ったのか。
霊宝道長を殺害するつもりはなかったのかもしれない。
殺害を狙っていたとしたら、その後どうするつもりだったのか。
俺には想像も出来なかった。
それにしても、今回は林掌門が操っていたようにさえ感じる事件だった。
任務は完了したが、結局、俺たちは何もせずに臨安府へ帰ることになった。




