第4話 鏢局のご法度
成都からの輸送を終え戻ると、すぐに次の厄介ごとが舞い込んできた。
「李鏢頭、困ったことになったわ。」
楊宣娘が疲れ切った様子で話しかける。
戻ったばかりと言うのに、苦労をかける。
「先ほど小耳に挟みましたが、仙谷鏢局で騒ぎがあったとか。」
仙谷鏢局とは、劉凱という男がまとめている鏢局だ。
俺の言葉に頷くと、詳しい説明を始めた。
「知っての通り、鏢局は安定しない仕事。」
「私たちのように後ろ盾がなければ、苦しい時期もあるでしょうね。」
楊宣娘は知らないが、実は我々には塩の経路がある。
もちろん、仕事は岳飛将軍が工面してくれるから潤っている。
それは間違いないが、実はもうすぐ挙兵できるほどの財力、つまり取り潰される前の虎門鏢局に戻れるまでに立ち直っていたのだ。
「しかし、困窮した彼らは方臘の反乱軍に輸送の手を貸してしまったの。」
「この業界ではご法度、今や臨安で随一の虎門鏢局が黙っている訳にはいかないでしょう。」
方臘は江南一帯で反乱を起こした男だ。
反乱は宋の大軍により鎮圧されていたが、臨安府に遷都してから、またくすぶり始めたのだ。
農民が主体の反乱だから、政治に不満があれば簡単に再起してしまうのかもしれない。
それはそうと、彼女の発言は正しい。
面倒だから放っておきたいが、明るみになってしまった以上は出向くしかない。
楊宣娘、趙景を連れて仙谷鏢局へ行くと、そこには驚くべき人物がいた。
「林掌門、雪梅夫人、どうしてここに?」
俺の問いに微笑むと、林掌門が答える。
「鏢局の問題に首を突っ込みたくはないが、反乱軍が関わっているとなれば話は別だ。」
「民の生活を守るためここへ来たが、李鏢頭が出向かれたのならば、俺は控えておこう。」
なるほど。
彼が来てくれたのなら安心だが、頼ってばかりもいられない。
劉凱に面会すると、まずは俺が話しを始める。
「これは劉鏢頭、虎門鏢局の李海です。」
同じ鏢局を営む者同士なのだ。
顔見知りではあるが、相手も鏢頭だし40代と目上だから、まずはしっかり挨拶しておく。
「李鏢頭か、用件は分かっている。」
「しかし、これがやむを得ないことも理解されているだろう。」
俺は首を横に振り答える。
「心中はお察ししますが、理解はしかねます。」
「どのような理由があろうとも、ご法度なのです。」
「鏢局として、相応の罰は受けて頂かねば。」
彼は怒り心頭の様子だ。
「どうしてだ?」
「反乱軍とは言え、民が決起しているのだぞ。」
「官軍は助けても、民は見放せと言うのか?」
それは詭弁だ。
だが、何を言っても解決しないように思えた。
「…分かってはもらえないか。」
「ならば、力ずくでもお帰り頂こう。」
劉凱の言葉には、俺も楊宣娘も驚いた。
あまりにも短絡的な考え方だからだ。
「ちょっと待ってください。」
「劉鏢頭、話し合いましょう。」
「必ず良い解決策があるはずです。」
俺の説得にも応じず、彼は手下に声を掛ける。
「飛児!」
呼ばれて前に出たのは、剣を手にした女鏢師だ。
いや、正確には鏢師ではない。
鏢局は女人禁制だが、彼女は劉凱の娘、劉飛飛なのである。
「仕方がない、私が相手しよう。」
そう言って相対したのは、趙景である。
そうなると…
「では参る!」
劉凱が刀を手に俺へ向かってくる。
やはりそうなるか。
「まったく、力で制しようとは下策ですね。」
そう言いながら、俺も刀で相手をすることにした。
相手が鏢頭と言えど、こちらは李家刀法、負けるはずがない。
趙景の方も、さすがの武芸で圧倒している。
「パキーン!」
鋭い音が響くと、俺の刀が折れてしまった。
「李鏢頭、彼の獲物は宝刀だ。」
「俺の碧蛇剣を使いなさい。」
そう言って、林掌門が剣を投げる。
持ってみれば、その刃は深い青緑色で、怪しげに鈍い光を放っている。
「これは…名に恥じない名剣だ。」
向かってきた劉凱の刀に碧蛇剣をあてると、刀をこするように剣を走らせる。
そして、刀の鍔に刃をあてると、そのまま劉凱を吹き飛ばした。
「凄まじい剣だ。」
「李家の剣法にも驚かされた。」
「殺そうと思えばできたはず、手加減に感謝する。」
そう言うと、劉凱は役所へ出頭することを約束した。




