第3話 山賊 三峡寨
「鏢局は女人禁制。」
「これは先代が決めたことで、他の鏢局も同じだ。」
小声で注意すると、趙景は驚くべき答えを持っていた。
「あなたが規律を変えれば良いでしょう。」
「それに、他って言うほど鏢局はいくつもないわ。」
最近、女子っぽい口調に変わってきたことが気になるが、それどころではない。
無茶ではあるものの、考えてみればその意見は一理ある。
「しかし、妓楼を仕切るのとはまるで勝手が違うぞ。」
俺の意見にも即答して見せる。
「分かってるわ。」
「でも、彼女の武芸は李海も知るところ。」
「そして何より、智謀に優れている。」
「そうでなくては、高俅の妓楼など任されるはずがない。」
しばらく考え込んだ後、頷くと再び口を開いた。
「うん、趙景の言う通りだな。」
「どうでしょう、お願いできませんか。」
「副鏢頭と言っても、俺は南斗司の仕事があるから、鏢局の実務は全て任せることになりますが。」
良い返事を聞けるか不安だったが、楊宣娘は意外にも即答で受け入れた。
「良いわよ。」
「これからどうしようかと考えていたところだし、お飾りじゃないと言うなら望むところだわ。」
きっと、この勝気な性格も向いているだろう。
副鏢頭が決まると、俺は皆に隠れて武芸の修練を始めることにした。
鏢師と同等の武芸では、これまでのように迷惑をかけてしまう。
何より、趙景にかばわれたことが情けなかった。
林掌門が言う通り、彼女を守れるくらいに強くなりたい。
李家の奥義書の修練に励み、剣術、刀術、内功を会得できた頃には、虎門鏢局は楊宣娘を中心に仕事が回るようになっていた。
「それにしても、李家の奥義を会得できたと言うのに、まだ李空には及ばない。」
「何が足りないのか、まだまだ未熟な俺には見当もつかないな。」
そんな時、楊宣娘から相談を持ち掛けられた。
「李鏢頭、最近は山賊の三峡寨が威勢をふるっているそうよ。」
三峡寨か、確か役人の荷だけを狙う義賊だったな。
「実は、次の仕事では彼らの縄張りを通るの。」
「戦いは避けられないかもしれない。」
「念のため、武芸者を揃えておきたいんだけど…」
そういうことなら、身内から出そう。
「分かりました。」
「では、趙景と竹琴たち、それに俺も加わりましょう。」
鏢頭が出向くことはないと言われたが、どうしても腕試ししたい。
まだ今は趙景に敵わないだろう。
それでも、俺には実戦経験が必要だったからだ。
仕事は、宋軍の物資を成都から臨安府へ輸送するというものだった。
宋軍の仕事と言えば、普段は戦のある場所を行き来する危険な仕事が多い。
しかし、今回は珍しく安全なのだ。
途中に山賊がいる、と言うこと以外は。
荷を運び、鄖陽の手前まで来た時だった。
「李鏢頭、山賊が現れました!」
やはり姿を見せたか。
「よし、皆迎え撃て。」
「積荷に指一本触れさせるな!」
俺の号令に、皆が剣を抜く。
趙景や竹琴たちも、敵の中へ飛び込んでいく。
すると、戦いの中にひときわ目立つ男がいた。
見事に槍を扱い、一度に三人を相手にしながら、こちらに突き進んでくる。
「殺すには惜しいな。」
俺は一度持った弓を置き、剣に持ち替える。
「李海と申す、鏢頭だ。」
「積荷は諦めてもらおう。」
迫ってきた男にそう言うと、答えるように名乗る。
「俺は墨小風、副寨主だ。」
「それは勝ってから言うんだな。」
まるで風が吹き抜けるように突きが放たれる。
それを剣で受けた瞬間に理解した。
彼を殺さず、かつ一撃を与えることは、簡単ではないだろう。
「飛雲功!」
続け様に放たれた二突きを内力全開でかわす。
軽やかにかわしてみせたことに、墨は驚きを隠せない様子だ。
「見事な軽功だ。」
「どうやら、無理はしない方が良さそうだな。」
そう言うと、ゆっくりと後ずさる。
「墨殿こそ、見事な槍さばきだ。」
「どうだ、山賊などではなく、虎門鏢局に来ないか?」
そばにいた楊宣娘は、何を言い出すのかと呆れた表情だ。
「悪いが、俺は誰のことも信用しない。」
そう言うなり、墨は去って行った。
同時に、山賊も引き上げていく。




