第9話 権力との戦い
臨安府に戻ると、落ち着く暇もなく岳飛将軍からの知らせが届いた。
斬魔剣功を盗んだ高衙内から、奥義書を取り戻す任務だ。
「奥義書を取り戻すには、高衙内の屋敷に潜入する必要がある。」
「しかし、屋敷の見取り図が必要な上に、警備も厳重だろう。」
皆、言葉に詰まってしまった。
そして、静寂を破ったのは、趙景だった。
「開封府の妓楼にいた楊宣娘を覚えているか?」
「彼女の弟、楊文広を頼ってみてはどうだろうか。」
少し考え込んだが、他に上策があるはずもない。
「そうだな、趙景の言う通りにしょう。」
竹琴たちも異論ないようだ。
楊文広に会ってみると、気さくな性格で、曲がったことが許せない公明正大な男だった。
高衙内を成敗したいが、強大な権力を持っており、裏社会にも精通しているため、手を出すことは難しいのだと言う。
「見取り図に加えて、少しだが警備の情報も得ることができた。」
「潜入の手筈はどうする?」
趙景が言う通り、楊文広から見取り図は得たが、警備の情報は不十分だった。
人数は分かっても、配置が分からないのだ。
それに、高衙内が裏社会に精通しているという点も気になる。
「もう少し情報を集めたいところだが、そうも言っていられない。」
「早速、明日の夜更けに決行しよう。」
「人数は少ない方が良い、俺と趙景の二人で向かう。」
戦う訳じゃないから俺だけでも良いが、趙景は念のための護衛だ。
高衙内の屋敷に着くと、庭園の池がある塀から侵入することにした。
警備の配置が分からないから、人のいそうな建物を避けたのだ。
俺は飛雲功があるから、簡単に空中を飛び池の端に着地した。
趙景も見事な軽功で水面を走るように、同じく池の端に着地した。
「さすがに兵は多いが、問題ない。」
「手筈通りに頼むぞ。」
俺は金華猫の能力で、ここによく通っている役人に化けた。
趙景は妓女の衣服に身を包んでいる。
奥義書は、蔵ではなく奴の書斎にあるとふんだ。
まだ入手して間もないからだ。
そして、高衙内は好色で有名な男だから、奴が不在でも妓女を連れて行けば侵入することは可能と考えたのだ。
「それにしても、なぜ私が妓女に…下策だな。」
趙景は不満そうに言うが、この作戦が功を奏し簡単に書斎へ侵入できた。
「しばらくすれば奴が戻ってくる、あまり時間はないぞ。」
俺の言葉に頷くと、早速彼女は奥の棚を調べ始める。
俺は手前から探していく。
「あったぞ、不用心な奴だな。」
見つけたのは趙景だ。
意外にも、見事な細工が施された机の上に置かれていたのだ。
厳重に警備されているとは言え、愚かとしか言いようがない。
「よし、すぐに撤収だ。」
俺を先頭に書斎を出て軽功で塀へ飛び上がると、そこへ趙景目掛けて暗器の匕首が飛んできた。
何とか身を翻してかわし、放たれた方角に視線を移す。
「華林九か!」
趙景は驚きを隠せない様子だ。
それは俺も同じ、またもや奴と相まみえるとは。
「目的は果たした、全力で逃げるんだ!」
俺の言葉に不満そうな表情を見せつつも、奴の武芸が卓越していることは周知の事実。
仕方なく、軽功全開でこの場を離れる。
しかし、どういう訳か華林九は追ってこなかった。
「ここまで来れば大丈夫か…」
廃寺の前まで来たところで立ち止まり、趙景に声を掛ける。
その時だった。
「危ない!」
振り向いてみれば、趙景の背には矢が刺さっていた。
立ち止まった俺が狙われ、そこを彼女が身代わりになったのだ。
遠目には数十人の兵が見える。
奴らは屋敷にいた者ではないから、別の場所にいた兵を動員したということになる。
それだけ、高衙内は手勢が多いということか。
「どうして、どうしてかばったりしたんだ!」
心臓が止まりそうなほどの衝撃を受けたが、とにかく傷の具合と彼女の様子を確認する。
傷は深い、これは命に関わるだろう。
趙景は俺に向けて微笑むと、そのまま気を失った。
秘密組織編 完




