第6話 少林寺の盗難事件(上)
「前にも言ったように、俺は武林の制覇を目指している。」
「そのためには、どんな汚い手でも手段は選ばない。」
それは知っている。
「どうして、それほどこだわる。」
「自分の手を汚してまで名声が欲しいのか?」
曹教主は焼き明太子を頬張ると、芋焼酎で流し込む。
「そうだ。」
「こんなぬるい時代の恵まれた国に生まれたお前には分からないだろうが、宋の貧しい田舎に生まれた俺は、生きるだけで精一杯だった。」
「武林を制したその時には、俺を頂点として、民は全員平等の世界を作る。」
言っていることはまともなようにも聞こえるが、もう少し話しを聞いてみる。
「正派の連中など、民のためと言いながら、富と名声を追い求めているではないか。」
「やっていることは、正派も邪派も大差はない。」
「その結果、俺のような者が生まれたのだよ。」
神鷹教は、邪魔という理由だけで天地幇を潰した。
これは、邪派と呼ぶに相応しい行為であり、許せるものではない。
しかし、俺は自分の言い分を飲み込みながら、邪教の教主と酒を酌み交わす。
そして、宋の時代へ戻るのであった。
「張掌門、事の真相が分かりました。」
宋に戻るなり、趙景と張掌門の屋敷を訪れていた。
「真犯人は神鷹教の曹教主でした。」
「これは、本人から聞いたことですので間違いありません。」
張掌門と林掌門は顔を見合わせる。
「そう言うなら信じよう。」
「どうしてそれを李鏢頭が知り得たのか…」
林掌門もうなずいているところを見ると、同じことを考えているようだ。
もしかすると、疑念を抱かせてしまったか。
と、そこへ竹琴がやってきた。
「若様、岳飛将軍より任務の知らせが届きました。」
「少林寺へ向かって欲しいとのことです。」
これを聞いた張掌門、林掌門は、共に驚いた様子を見せる。
「任務とはどういうことだ?」
「俺たちは、開封で岳飛将軍と共に戦った仲間だから、隠さずとも良い。」
張掌門の問いに、これまでの経緯をつぶさに話した。
岳飛将軍の信頼を受けていると知って、俺に対する疑念は消えたようだ。
「少林寺の問題となれば、俺たちも蚊帳の外ではないな。」
「俺は曹教主を追う。」
「ニ弟、代わりに行ってくれるか?」
張掌門の呼びかけに応じると、林掌門は少林寺へ同行することとなった。
竹琴の話しでは、少林派の絶技である斬魔剣功の奥義書が盗まれたと言う。
今回は、その奥義書を取り戻すのだ。
「林掌門夫妻と趙景の四人で向かう。」
「竹琴、留守を頼む。」
今回は林掌門が同行するのだ。
俺一人でも良いくらいだが、念のため趙景を連れて行くことにした。
少林寺に着くと、心燈大師が出迎えてくれた。
「南斗司の方、それに林掌門まで、ご助力かたじけない。」
話しを聞いてみると、犯人に心当たりは全くないと言う。
「少林寺は外部の者が簡単に入れるような場所ではありません。」
「しかも、奥義書は厳重に蔵で保管していたのです。」
「何の痕跡も残さず盗み出すなど、出来るはずがない。」
なるほど、奇怪な事件だ。
「大師には申し訳ありませんが、状況から見て、まずは内部の犯行を疑うべきでしょう。」
俺の言葉に、彼は何も言わず小さく頷いた。
初めに、蔵の番をしている者に話しを聞く。
ここを任されている正智という僧だ。
「事件の日は、拙僧たち二人で見張りをしていました。」
「用を足す時以外、一人になることはありません。」
「それから、怪しい者も見かけませんでした。」
問題はなさそうだ。
次に向かったのは、ここから近くにある炊事場だ。
ここを任されているのは正定という僧だ。
「ここには何人もの僧がいますから、怪しい者がいれば気付きます。」
「実は、こんなことを言いたくはないですが、正智が慌てた様子で走り去るところを見ました。」
「少林寺の弟子は誰も信じないでしょうが、残念ながら犯人は正智だと思います。」




