第3話 父親殺しの容疑(上)
盛大な宴会も終わり、翌日を迎えた。
沈澄からもらった絵画は、趙景へ贈ることにした。
絶技など、俺は必要としていないからだ。
「本当に貰っていいの?」
そう言う彼女は、凛とした大人っぽい顔立ちからは想像できないほど、無邪気で可愛らしく感じた。
絵画は情花曲剣法という絶技だが、沈澄が言うには武芸者に見せても理解が難しく、会得できるとは限らないそうだ。
しかし、趙景ほど聡明ならば、いずれは物にするだろう。
それから数日後、信じ難い事件が起こった。
「鏢頭、大変です!」
「李空様が…御父上が殺害されました。」
息を切らしてやってきた元竹の言葉に、居合わせた全員に衝撃が走る。
竹琴、菊笛は、膝から崩れ落ち泣きじゃくる。
「父上が!?なぜそんなことに?」
急いで水を一気に飲むと、元竹が続けて話し出す。
「それだけではありません。」
「鏢頭に下手人の容疑がかかっています。」
「すぐに対策を考えましょう。」
彼の言うことは、寝耳に水だし全てが急な話しである。
「もっと理解できない。」
「どうして俺に容疑が?」
元竹は紙と筆を用意し、事の次第をまとめ始めた。
「先日、御父上と張掌門の屋敷で会いましたね。」
「役人の調べでは、最後に面会した人物が鏢頭だと言うのです。」
そんなこと、どうやって調べたんだ。
…そうか、使用人のおばさんがいたな。
「場所が場所なだけに、下手人探しには張掌門が指揮をとっています。」
「さらに不味いことに、江湖でも指折りの諜報能力を持つ梅家荘も動き出しています。」
「つまり、狐山派の林掌門まで、鏢頭を疑ってかかってくるということです。」
何と言うことだ。
役人だけでなく、武当派に加え狐山派までも俺を疑っているのか。
潔白を証明するべきだろうが、相手が悪い。
逃げた方が良いかな。
「犯人を見つけよう!」
しばらく沈黙が流れたが、口火を切ったのは趙景だ。
俺は思わず、困惑した表情を彼女へ向ける。
「李海、やってないんでしょ。」
「あんたがそんなこと、出来るわけがない。」
「だったら、私が何とかしてやろう。」
任務に忠実な女子だが、思ったより正義感も強いんだな。
だが、そう言われたら逃げるわけにはいかなくなった。
「ありがとう。」
「しかし、下手人の証拠もなければ、逆に俺がやっていないという証拠もない。」
「どうしたものか。」
こんな時、いつもなら元竹が提案してくれるのだが、万策尽きたといった表情だ。
「私は以前、臨安府にいたことがあります。」
「張掌門は、公明正大な人物だと聞きました。」
「狐山派はできたばかりの門派ですので、林掌門のことは分かりませんが、張掌門と義兄弟の間柄と聞きますので、やはり信頼できそうです。」
「ここはまず、お二人に会ってみては如何でしょうか。」
提案してくれたのは蘭歌だ。
蘭歌と梅舞は、臨安府から開封府へ来たそうだ。
きっとこの二人にも、色々とつらい事情があるのだろう。
「そうだな、まずは会ってみよう。」
「もし疑ってかかられて戦いになれば、俺たちが束になっても勝てやしない。」
「万が一に備えて身軽に動けるよう、少数で動こう。」
「元竹さんと趙景だけ、一緒に来てくれ。」
張掌門の屋敷に着くと、ちょうど死体の状態を確認しているところだった。
確認作業を終えると、40代の男がこちらに振り返る。
浅黒く背は低いが、英雄の風格。
この人が張掌門だろう。
隣には、俺よりは年上だが20代の男と、俺と同い年くらいの女子が控えている。
男の方は、白を基調として、梅の花と龍が刺繍された衣服に身を包んでいる。
同性の俺でも、格好良いと見とれてしまう。
「色黒の方が張掌門、派手な衣服の男が林掌門だ。」
趙景が耳打ちして教えてくれた。
それでは、あの女子は誰なんだろう。
クリクリの目にサラリと腰まで伸びた美しい髪、活発そうで…
「何を見つめている?彼女は林掌門の奥方、雪梅夫人だ。」
趙景の耳打ちは、まだ続いていた。
俺の心の声は最後まで言わせてもらえなかったが、これほど可愛い女子と結婚できるなんて、林掌門は何と幸せ者なのだ。




